【理絵子の小話】出会った頃の話-10-
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理絵子に罵られ、男は桜井優子に目を向けた。
「お前いつの間にこんな……」
こんな、と指さす先は理絵子。
「私が勝手に上がり込んだんだ。文句があるなら私に言いな。優子関係ない。でかい図体してそれで終わりかい?」
理絵子は挑発し続けた。
「いい気になりやがって!」
獲物が出てきた。ナイフであった。
しかし男がどう振り回し、突き刺そうにも理絵子には掠りもしないのであった。
それは計算され尽くした時代劇の殺陣を思わせた。無論そんなことは無く、理絵子が男の行動を先読みして必要最小限の移動回避を繰り返している、と書いた方が実態に合っていた。
「くそっ!」
果たして男は疲れ切り、頭髪から頤まで血と汗にまみれ、その血もあらかた固まって来ていた。
あきらめた風を装い、突如動く。
先読みされていると認識した故であろうか、男はそのように動き、ナイフを理絵子に投げつけた。しかし、既に力もスピードも無く、切っ先がよろめくのが目に見えるほど。
理絵子は頃合いと見、ナイフの側面に手刀を当て、叩き落とした。
ぐさっと音を立て、ナイフが畳に突き立った。
「もうやめろ」
桜井優子は男の肩に手をして制した。
呆れたような声音であった。
「お前じゃこいつに勝てないと思うぜ」
「っるせえ!(うるせえ)」
「きゃんきゃん吠えるな。自分でも良く判ってるんだろ?」
男は無言。
その背中に桜井優子が畳みかける。
「しかし小娘に大の男がナイフかよおめでてーな。見損なったぜ」
それは、男の矛先を変える言葉になったと理絵子は気付いた。
男の右手が拳を作り、ハンマー投げの要領で桜井優子に振り向けられる。
理絵子は手を伸ばす。
男の拳が、理絵子の両手の中に入る。
強い力が理絵子の腕に掛かり、引っ張り、姿勢を崩す。
理絵子は引きずられ畳から浮き上がった。文字通り投げられるハンマーの如くであった。
男の目が驚愕に見開かれ、
桜井優子が腰を浮かすのが見えた。
スローモーションのただ中に、自分だけ通常の再生速度で存在した。
男の手と、自分の手との接点に、桜井優子が身体をぶつけてくる。
体当たりであった。
(つづく)
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