【理絵子の小話】出会った頃の話-9-
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「おい、まだかよ」
野卑な声であった。
問いかけたにしては、しかし回答を待つでなく、ずかずかと上がり込んでくる。
母子の顔に緊張と恐怖がこわばる。萎縮が二人から行動力を奪っている。
野卑な足音はあちこち戸や襖を無遠慮に開けながら近づいてくる。勝手知ったる他人の……という言葉があるが、家人ですらそこまではと思われるほどの傍若無人ぶりと言って良かった。
果たして客間の襖が開いた。
「何だおめぇは」
野卑な男は理絵子を見るなり詰問した。破れたジーンズに汚れたジャンパー。その背中一面の竜の刺繍はいつの時代のセンスか。
「臭い男だね」
理絵子はそう返した。
母子の目が大きく見開かれたが理絵子は無視した。実際、臭い。風呂入ってるのか。
「なんだとこのガキャ」
「ガキをガキと呼べないような中途半端が偉そうに」
理絵子を見て13歳だと聞いて、それ未満と感じてもそれ以上と言う者はないであろう。
応じた背格好の少女であって、このどう見ても暴力に人生根ざした男に対して腕力で挑むとは思うまい。
「この……!」
結果、野卑な男は、その少女めがけて飛びかかってきた。
理絵子は正座しているので、彼女に飛びかかるという行為は、水面に飛び込むような動きを要する。
しかし、男が突進したのは杉の大木で出来た座卓であった。
腐敗物をコンクリートに落としたような冷たい、鈍い音。
頭部が裂けて出血する。
その裂けた部位から血液が盛り上がり溢れ出す有様はまるで火山の噴火を思わせた。
恥をかかされた。男の心理がその一点のみであることに理絵子は気付いた。
暴力で鳴らしてきた自分が小娘にあしらわれ、無様にも頭を割った。
「この……」
半身を起こして理絵子を睨む。
「自分から突っ込んできてバカじゃない?あんた」
「……!」
最早何を言っているのか判らない。
男は右腕を振り回したが、理絵子は僅かに頭を動かしてその拳をかわした。
腕は空を切り、その遠心力で男は再び体勢を崩して座卓に激突。
「くそ……」
「優子の彼氏ってこれ?彼氏とあろうものがこんなん?」
それ以上の侮辱は無かったであろう。
「穢れた血をポタポタ垂らすんじゃないよゴキブリ」
(つづく)
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