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2011年7月

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-050-

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「へ……」
「遠慮すんなよ。最低限、醜態晒さないってのがレディに対する礼儀だからな。外見キモいのはオタクの名折れ」(キモい=気持ち悪い)
 その瞬間、レムリアの中で何かが〝がちゃん〟と言った。
 壊れたのか、動いたのか、何かスイッチが入ったのか、それは判らぬ。
 ただ、一つ明らかなのは、
 この男に対して持っていた恐縮の気持ちは、
 年上、見ず知らずに近い人を面倒に巻き込んだという引け目は、
 気にせず捨て置いて良い。ごめんなさいとか、ありがとうとか、「言わなきゃいけない」と、カウントしてため込んでいた物、チャラにしていい。
 そういう余所余所しい他人関係、オトナとコドモのやりとり、必要ない。
 何故なら。
「なんか友達というか、従兄弟の兄ちゃんと話してるみたい」
 レムリアは、言った。そう、これは友達の始まりだ。
 10歳近く離れているのに。
 相原はフッと笑い、
「それだ、君の抑圧は」
「えっ……」
 言われてハッとする。無自覚への示唆……図星という奴だ。
 そんなことないもん……言い返そうと思ったが、かも知れないという分析が、その言葉を押し返す。
 通ってるフリースクール。フリースクールの故に登下校自由であり、級友と戯れてという感じではない。
 参加してるボランティア団体。医師や宗教関係者というオトナだらけの中にあって、コドモのスタッフは自分だけ。
 自分が話す子どもの多くはマジックショーの〝観客〟であって、殆どがその場限りの一期一会。
 自分に、年齢相応の友人関係、及びコミュニケーションが希薄なのは確かかも知れない。
「背伸びしてるとは言わないよ。ただ、歳の割に責任背負いすぎな気がする」
 看破、であった。
「魔法使いの心理を理解できるカウンセラーがいたとはね」
 レムリアは言い、力が抜け、相原の真似してカーペットの上にぺたりと座った。
「そうでもない、一般論だよ。どうせ誰も……そうやって無意識に抱え込んで行くんだよな。解決できるのは自分だけしかいない。ってね」
 そのセリフにレムリアはしゃちほこばった。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-049-

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「応急処置な。熱収縮があればよかったけど……」
 ケーブルをコンセントに差して電源オン。CDが回転を始め、女性ヴォーカル。
「あ、直った。すごい」
 ベッドから降りて覗き込む。ドジ娘の失敗を「しょうがないな」と特殊な技術で助けてくれる男の子。それはティーン向けの他愛もない物話で良く見るエピソード。
 なのだが、実際目の前でやられてみると何か不思議。いや、原理原則に則っているだけ、なのは理解するが。
 魔法みたい。魔女の自分が言うのもあれだが。
 何だろう、この面映ゆくて。
「別にすごくないです。普段から学校でこんなことしてます。鉛入りの有毒ガス吸ってます。自分にとって単なる日常です。で、これを子ども達にあげるから毒味しろって?」
 相原は話題を変え、再びクッキーをかじった。
「うん」
「味はいいんじゃね?ただ、もう少し大きめに作った方がいいように思う。このサイズだと直接喉まで行っちゃいそうだし、嚥下(えんげ)障害とかリスク怖いだろ」
 相原は幼児向けのビスケットを例に出し、そのくらいで作っては?と加えた。
「ああ、それはそうだね。普段から食べてないと飲み込む力も弱いし……」
 レムリアは応じた。嚥下障害とは飲み込んだ食べ物が胃に行かず肺の方へ入り込むこと。
 そこで気付いたこと一つ。この男の自分への対応は、年少者に対する配慮はあるが、コドモ扱いではない。
 アルゴのクルーは当然自分を一員として見てくれてはいるが、同時に庇護と制限を加えるべきコドモという扱いを感じる。明言されたわけではないが、その線引きはあくまで保持していると感じる。最も、コドモが己れに対するコドモ扱いを見抜くのはコドモの本能という説もあるが。
 すると。
「え?オレ鼻毛でてる?」
 見つめるレムリアの目線を捉えて、相原は自らを指さした。
 
(つづく)

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【理絵子の小話】出会った頃の話-13-

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 彼、の差し金か、彼、対策か。
 解錠されて彼女が出てくる。
 ただその引き戸のカラカラという音は、襖と言うよりアルミサッシ。
「大げさだろ?プライバシー保護のお歳でしょってオカンの仕業」
 そのオカン、母殿に送られて玄関から出ると、庭の向こう門扉は開けっ放し。
 そして、池には感じた通り吸い殻ひとつ。
 桜井優子が動くより先に理絵子が拾うと、桜井優子は庭に回ってちり取りを持ってきた。
「どうして、こんな風になっちまったんだろうな」
 呟くが、そこから先を言うわけでは無く。
 理絵子はただ彼女の手をそっと握った。
 女の子同士仲良しは手を繋いで……中学高校でもまま、見られる。
「忘れていたのを思い出した気持ち……自分、こんなことしたこと無いんだけどな」
 門扉から出ると、バイクは置いたままだ。
「イタリア製なんだぜ。信じられるか?」
 桜井優子は言うと、何と、そのバイクにまたがってジャージのポケットからキーを出し、イグニションに差した。
 スタータをキックしてエンジンを掛ける。
 え?
「乗れよ。無免許運転1年やってりゃうまくなるってな」
 違反がどうのは野暮というものだろう。心の破滅は命に直結。人命救助は法より優先する。
 はず。
「私の父親、警察官」
 理絵子は後席にひらりとまたがり、桜井優子に抱きつき、間に学生カバンを挟んで言った。
「そういや組織犯罪に黒野っているな。あれってお前のオトンか。スカートはケツの下にしまえ。巻き込まれて脱げて死ぬぞ」
 車輪付き原動機は風となり、住宅街を駆け下り、
 どこへ行くかと思ったら、学校に向かって坂を上り、前述喫茶店〝ロッキー〟の前に止まった。
 え?え?
「ここってウチのガッコ禁止だっけ。お前が入ったら大問題か。でもまぁいいよ。ガッコがお前にガタガタ言ってきたらオレがぶっ飛ばす」
 桜井優子のその言は目的地がここであることを意味した。すなわち友達として紹介したいというのは。
 喫茶店のドアが開いた。
「こいつは驚いた」
 マスターはバイクと二人を見て開口一番。
「ああ、マサさん、こいつは……」
 桜井優子が紹介しようとして、
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-048-

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「直すから待ってろ。……シュレーター博士。回路テスタとワイヤストリッパとはんだごてを借りたい。……え?マルチメータすか。テクトロとかフルークのハンディ?……ああ日置(ひおき:日本の測定機器メーカ)っすか、充分です。場所は?……銃器連中と同じですね。了解」
 相原はイヤホンマイクでシュレーターとやりとりしつつ、ベッドの上に上がり、CDコンポのプラグを抜いて棚から下ろした。
 そのまま部屋を出、数分して色々と用具を持って戻ってきた。がらがら床に置く中で目立つのは、ヘアカーラーの様な道具、はんだごて(半田鏝)。はんだとはスズと鉛の合金を言い、熱を加えて金属同士の溶接に用いる。現代電子産業における部品取り付けの基幹技術であり、こてはその加熱用の道具である。相原が手にしているのは電子工作用のペン型だが、こての名の通り、大面積の溶接用に大電力のヒータを備えた大型の物や、バーナーなどで加熱して用いるタイプもある。
「こんなんで使ってたら火ぃ噴くぞ。お前さんこれプラグを持つんじゃなくて、ケーブル引っ張って抜いてないかい?」
 相原ははんだごての電源をコンセントにつなぎ、ミニキッチンに立ち、こて先洗浄用のスポンジに水を含ませて戻ってきた。
「はい。コード引っ張って抜いてます。ご明察です……」
 レムリアはしょぼくれた。気にするなと言われても、この人に迷惑掛けてばかりなのは事実。
「自分ちの家電品でもやってるのか?」
「ううん、パソと新しく買ってもらったコンポがあるけど差しっぱなし」
「なら、明察ってコトバ知ってたから許す」
 相原はケーブルを手探りで揉み回し、断線箇所を特定すると、慣れた手つきでハサミの親玉みたいな道具(ワイヤストリッパ:被覆剥き)で、断線部分の被覆を剥がした。次いで剥き出しにした電線同士をはんだ付けで接続し直し、手のひらの測定器で電気導通を確認して、ビニールテープで巻いた。
Argo41
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-047-

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「正直腹減ってた。形いろいろだな……歯ごたえや内部構造や味も様々……日本の菓子のデキが良過ぎなだけとは聞くけど、そっちの量産品ってこんなもん?メーカーどこだい?」
 ひょいひょいつまみながら、相原は感想を言った。
「……すんません、こちらレムリア製菓工場粗雑で」
 言ったら、相原の目と口と手が止まった。
 その表情が滑稽でレムリアは吹き出す。格好付けたかと思えばマンガのように。
 そういう、人なのか。
「お手製?」
 レムリアは頷くのが精一杯。
「そらごめん。笑いすぎると舌噛むぞ」
「だって……」
 救助活動で子ども達とコミュニケーションするのに最良のとっかかりアイテムは食べ物で、ある程度の日持ちを考えるなら焼き菓子と考えた……と説明するのにレムリアは相当苦労した。
「船乗る時も言った気がするが、普段どんだけ笑うの我慢してんだ君は」
 その言葉にレムリアはハッとした。
 そういえば……ここまで笑い転げたのっていつだろう。
 怖い気持ちが生じる。この手の極端な感情のブレは抑圧に起因すると知識が教える。
 どこか、無理してる?自分。
「……音楽掛けていい?」
 落ち着け。
「もちろん。どんなの聞くんだい」
「トルコのポップス」
 レムリアはベッドに立ち上がり、天井近くの棚に置かれた小型CDコンポの電源を入れた……つもりであったが。
「あれ?……これ接触悪いんだよね」
 電源ケーブルのプラグの根元をぐりぐり動かす。小さくパチパチ音がする。
「ストップ触るな!」
 相原の声はちょっと驚くほど。
「えっ?」
「ヘタに触ると死ぬぞ。断線してるじゃないか。この船の電源は200ボルトだろうが」
 家庭用コンセント……に代表される商用電源の電圧は、日本では100ボルトであるが、これは世界的には少数派である。アルゴ号は欧州系の仕様に基づく。むろん、電圧が倍の方が当然危険度は高い。仮に同じ条件で感電したら、人体が受ける電力は4倍になる(電圧2倍電流も2倍で4倍)。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-046-

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 相原の着衣を洗濯し、元通りパジャマにはんてんのスタイルに戻ったところで、レムリアは彼を自分の個室に招いた。ちなみに洗濯に要す15分の間、彼は背格好の近いシュレーター用の作業着を借り受けた。
「完全に別荘にしたな」
 レムリアの個室に入るなり、相原は手を腰にあて、ぐるり見回して言った。
 元々個室は船長・副長のみに用意されていたが、レムリアが女の子と判じたことから本部側が急遽用意したものである。
 広くはない。むしろ簡易宿泊所なみの寝起きが出来る……と書いた方が近い。白塗りパイプの簡素なベッドとバスルーム、ミニキッチンを備える。基本的に白塗り一色なのであるが。
 レムリアはそこに手を加えた。本当の自宅自室が殺風景なので逆を狙った。ふわふわのカーペットを敷き、花柄の壁紙を貼り、私物も少々。コンパクトオーディオに本に花瓶。
「えへへ」
 レムリアは照れて言い、そしてベッド下に手を伸ばし、大皿に盛られたクッキーの山を引っ張り出すと。
「ごめんなさい」
 と、ベッドの上に座って、言った。
 部屋に招待の理由。謝意とお詫びは頭を下げる……と、その誘拐事件の女の子を通じて教わったのを思い出し、ぺこり。
 対して。
「何が?」
 相原は、きょとん。
「だって……巻き込んで、迷惑掛けて、汚れてしまって……あまつさえは日本人のあなたに銃を扱わせた……」
「あまつさえなんて言葉よく知ってるな」
「はぐらかさないで」
「思い詰めないで」
 相原は即座にそう返して、
「気にすんなその位……うーん、こう言えばいいか?男の子は何か守れと言われて、それが義であると断ずれば道具は何だろうと気にしないよ。てまえ外見ダサくても男として育てられ男に育ったつもりでござんす。気分は船長。それに放射能オッケーな防弾ウェア着てんだ。無敵だぜ。何が怖いことあろーばさ……これ食っていいの?」
 相原はレムリアが答える前にクッキーを口に運んだ。
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-19-

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「うん」
 かおるちゃんは元気良く頷きました。
「そう、ありがとう」
 私は言うと、彼女の頭を〝なでなで〟。
 すると。
〈ああ、なんかオレの役目、終わった〉
 ジョンが言いました。
「えっ?」
 かおるちゃんが驚いた顔を見せます。
「かおるが何かやることを見つけた。そう思ったら、もう大丈夫、もう終わった、そんな気持ちになった」
 ジョンは言いました。え?セリフのカッコの形が違う?間違えたわけではありません。彼は今、完全に犬の身体を、肉体を離れ、音声を念動力の原理で空気震わせて作れるようになったのです。
 かおるちゃんがそのことに気付きました。
「これお姉ちゃんの魔法?」
「オレ、行ってもいいか?」
 私が答える前にジョンはかおるちゃんに尋ねました。
 かおるちゃんはかおるちゃんで、魔法という新たな存在への実感がジョンと別れる悲しみを打ち消し、次元・環境の変化へ前向きに変わって行きます。
 パラダイム・シフトが起こったのです。
「二人とも、新たな使命に気付いたようですね」
 ガイア様が言いました。表情は見えませんが笑顔でいらっしゃると容易に想像が付きます。
「はい。かおるはもう心配ない。自分、次の子の所へ行く用意があります」
 ジョンは凛々しく立って答えました。まるで誇り高き狼のようです。
「私もその可哀想なわんちゃんとお母さんのために頑張れます!」
 かおるちゃんはまるで選手宣誓のように背筋を伸ばして言いました。
 ペットロス症候群という言葉があります。ペットが家族であり、その命の意義・価値が人間と等価であるからこその喪失の悲しみです。
 ただ、それは当の動物たちにとっては本当は不本意なのではありますまいか。
 悲しませるために飼い主の元に来たわけでは無く、
 ほぼ確実にペットの方が先に寿命が来る。それは涙で看取ってもらいたいわけでは無く。
 当然であるからこそ、強くなって欲しいから。
「私大丈夫だよ」
 
(次回・最終回)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-045-

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 果たして甲板から声を出したら、白衣のスタッフがエレベータホールの脇へ向かい、移動式のタラップを引っ張ってきた。
 状況を見てラングレヌスが動く。男の子を抱いたまま甲板からひょいと飛び降り、タラップの横付け作業を手伝う。タイヤ付きであり、大男には造作もない。
 担架が二つ運び上げられ、二人をそこに載せ、ベルトで腰部と頭部を固定。
 この間にレムリアは必要事項をスタッフに伝達。
 担架を下ろし、ストレッチャー(車輪付き寝台)へ。その間にラングレヌスはタラップを元に戻した。
 船が乗降スロープを下ろす。
「(これで両親は大丈夫だ)」
 ラングレヌスは言って、男の子の頭をガシガシ撫でた。
「(うん。……おじさん、魔法使いの天使さん、ありがとう)」
「(さぁ、ママとパパのそばへ。気が付くまで守ってあげるのは君の役目だ。天使としてこの先を君に託します)」
「(任せて!)」
 男の子は答えて両親について行き、エレベータに乗り込む。
 これで、家族は、自分たちの手を離れた。
「なるほど」
 閉まり行くエレベータに手を振りながら、相原が言った。一通り活動に参加しての感想、ということのようだ。補足するなら「なるほど、こんな要領でやるのか」
「うん、こんな感じ。あ、完了の喚呼一声は船長の役目だよ。宣言して」
 レムリアは彼に言った。
「ああ、あれか」
 相原は言って、ニヤッと笑った。
「ミッション・コンプリート」
 イヤホンにピン音が5つ返る。クルーから了解の意味。
「……びしょ濡れだね。着替えた方が良くない?」
 レムリアは相原を見、乾いた泥が付着した茶髪状態に笑った。
「日本では〝水もしたたるいい男〟だっけ?」
「それは女に使う。長~い黒髪の美女にね。泥まみれの天使さん」
「どうせ短髪のガキですよ~だ。……操舵室、相原船長をシャワー室へ連行します」
『了解。しっかり洗い出しを願います。船長殿、探査航行を再開しますがよろしいですか?』
「了解」
 レムリアは指をパチンと鳴らし、自らの姿を変えた魔法を解いた。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-044-

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 つむじ風のようにくるり回ると、男の子の目が丸くなった。
「(天使だ……)」
 但し、翼の代わりに白銀の月光を背負う。
「(お子さんは助かりました。次はあなた方が助かる番です。あなた方は、あなた方の宝を、あなた方の全てで守った。さぁ、手を伸ばして、さぁ、抱きしめて、さぁ、声を掛けて)」
 呼びかけて両親の反応を見ると、二人の〝意識〟は、相原の言うように脳と胸……心との間にあった。
「(君も二人に声を掛けて。呼び戻して!)」
「ママ!パパ!」
 男の子が呼びかける。
「(助かった。ぼく助かったよ。魔法使いが天使を呼んで助けてくれた!次はママとパパが助かる番だよ!天使さんが言うんだ。間違いない)」
 涙ながらに叫び、揺さぶり、手を引っ張る。脳のダメージは頭部への刺激が一番良くないが、この場合は別だろう。
 対し、超能力が答えて言うには、両親の意識は、揺れている。
 声は聞こえている。ただ、自分たちの〝意識〟がどんな状態にあるのか、理解できていない。理解してもらうには、……そう、相原がそうであったように呼びかけ続ける。
 イヤホンにコール。
『間もなくコルキス本部病院屋上。ストレッチャーが待機しています』
「ありがとうございます。さぁ、助かりますよ。間もなく病院です」
 船が高度を下げる。このプロジェクトにおける救助活動の対処は二通りである。最大の危機にのみ手を出し、後は通常のレスキューに引き継ぐか。こうしてコルキス王国の本部と提携している病院(王立病院)に搬送するか。
 後者は基本的に選択しない。遭難場所から遙か離れた病院に運ばれた背景を説明できないからだ。遭難による不安定な心理に、理解不能の事態を突きつけると、精神衛生上の問題に発展する可能性も考えられる。
 船は風を纏い、コルキス城内一角、リゾートホテル風の佇まいを示す3階建てのビル屋上に着地する。しかし、二人はなるべく頭部を固定しておきたいので、甲板から船内へ通じる狭い階段を使うのはどうだろう。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-043-

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「本部病院に脳外科の手配を!男女1名ずつです」
 セレネに依頼し、回答はイヤホンにピン音。
 男の子が動揺の面持ちで二人を交互に見る。未知の言語でも、事態の切迫は雰囲気とイントネーションから伝わるものだ。
 すると、男の子の傍らにスッとしゃがみ込む、不死身の偉丈夫。
「(大丈夫だよ坊主。このねーちゃんはなぁ、魔法使いなんだ)」
 ラングレヌスは片言のドイツ語で言い、男の子を抱き上げた。体躯に相応しい、強大にして盤石な父性があった。
 相原がその様をチラリと見、レムリアに目を戻す。
「呼びかけろ。呼びかけ続けろ。意識をつなぎ止めろ。天使になれ!」
 相原は、言った。
 彼の発言の背景は、その人身売買組織に捕まった子ども達を発見した際のことだ。レムリアは子ども達を勇気づけるのに天使という存在を使った。
 及び〝夢のようなその時〟における、相原自身の認識。
 壊れた心で雪原に佇んでいた彼は、失神の漸近線を彷徨っていた。
「あの日、オレは君の声をずっと聞いていた」
 相原は言い、レムリアにテレパシーで読み取れと言ってその認識のイメージを寄越した。
 それは〝脳からコネクタが抜かれて、心臓の位置に沈んで行くような感覚〟だったという。
 彼は言う。意識の中枢は実際には胸部・心臓と同じ位置にあり、脳は情報収拾と処理のための出先機関に過ぎないのではないか。
 意識の顕在とは脳にあることに過ぎず、また潜在とは単に胸の位置に引き込んでいることではないか。
 意識の情動を〝心〟〝My heart〟と呼び、精神的な衝撃が胸を突くのはそのせいではないか。
「そして、オレは戻って来た」
 相原の言葉にレムリアは頷いた。彼に尋ねたのは正解だったと納得できた。
 レムリアは月明かりに身を翻した。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-042-

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 船体が水平に戻る。彼らは甲板の上に身を転がす。船が浮上し、眼下で大量の水が車を押し流して行く。
 一連の動きは一般に間一髪だったわけだが、この船の能力上、一瞬は充分な時間でありインシデントとは言えず、その評価は当てはまらない。
 むしろどうでもいい。
 船による回転の力に、夫婦の固く結ばれた手指が今度は離れた。挟まれていた男の子が転がり出る。
「私が。操舵室、船の水平を保持して本部の病院へ向かって下さい」
 レムリアは言った。手早くまず3人の脈を診る。脈はある。呼吸もあり水も殆ど飲んでいない。男の子に至ってはう~んと声を発して身じろぎ。
 気が付く。
「(ここは?)」
 男の子は目を開けるなり、すぐさま半身を起こした。
 周りを見回し、気付く。
「(あっ!ママ!パパ!……お姉ちゃん誰?)」
 男の子が見つめる両親は深刻である。顔にはむくみがあり血流の鈍きを語る。意識は無く、レムリアがつねったり、瞼を開いて瞳をペンライトで照らしても、反応がない。
 レムリアは熱見るように額をあてがい、超能力を使う。
 戦慄する。
「このままじゃ意識が戻らないかも知れない」
 レムリアは相原を見た。
 報告半分質問半分。
 いや、自分は多分に彼に答えを求めている。
 理由は判らない。ただ、彼に告げることが正しいような気がしてならない。
 船長代理だから?人体に関する知識は自分の方が上だと思うが。
「それは目が回っていると言うことか?脳震盪?」
 相原は戸惑うでなく、即座に応じた。
「そんな単純じゃない。脳にダメージ受けた可能性が」
 レムリアは唇を噛んだ。ずっと回転に晒されていたのだ。血流のバランスはめちゃくちゃだろうし、中で血管が破れた可能性すら考えられる。
 MRIを使った医師による診断が必要。ただ、それまで何もせず待てない。
 
(つづく)

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【理絵子の小話】出会った頃の話-12-

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「差し出がましいことをしました」
 理絵子は振り返り、頭を下げた。
「いいえとんでもない。それよりガラスでケガはしてませんか?」
「大丈夫です。ああ、片付けないとなりませんね。箒とちり取りがあればお借りしたいのですが」
 言ったら、桜井優子の腕が回ってきて抱きしめられた。
 大柄な彼女の胸元に顔が埋もれる。
「どうして、初めての自分にどうしてそこまで……」
 怖がってるように見えたから。言おうとしたが、締め付けられて声が出せない。
 言わせないため?
 照れるから?
「遊んであげてよ、仲間に入れてあげてよ、そう言われたからそう言っただけ、ってなら幾らでもいた。でも、そういう奴ってすぐ消えた。自分も悪いんだけどさ」
 ようやく顔の向きを変え、胸の谷間から顔を出して桜井優子を見上げる。
「悪くないよ。親しげに見えて距離がある。そんなの信用したくなくて当然」
「お前がいるなら行くよ学校」
 桜井優子は、眼下に理絵子を見て、言った。
 それは口から出任せとか、そうでも言わないと自分がどこまでやるか計り知れないから……といった類に基づく発言ではない。理絵子は確信した。
 その決意ありがたい。ただ。
「彼は……大丈夫?」
 仲間はいるし、恥をかかされたという怨嗟は必ず抱える。仕返しがあって当然。
「ああ、ボディガード頼める人がいるから。今まで迷惑かけたくないからと思ってたけど、お前以上に迷惑かけるとは思わないし」
 桜井優子は小さく笑みを作って。
「その人に友達出来たら紹介しろって言われてんだ。なぁ付き合ってくんねーか?その人の所」
 言って、理絵子から身を離した。
「今から?」
 すると母殿。
「ウチじゃ余りお構いも出来ませんし……あ、塾か何か行ってらっしゃる?」
「いいえ」
 実際は行っているが夜なので問題は無い。
「じゃぁ」
 一旦屋内へ戻ると、桜井優子は玄関に回るようにと理絵子を促した。
「自分、携帯電話取ってくるから」
 廊下を走る彼女を見送り、客間に置いた学生カバンを手にして玄関へ向かう。その途中、彼女の部屋はあったわけだが。
 来るときは気付かなかった。彼女の部屋は、入り口には、襖にあるまじきテンキー方式のロックが付いているではないか。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-041-

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『承知した。地上、耐閃光注意』
 アリスタルコスの姿が船の上、甲板にあった。
 ブルーの光条が地へ走り、裏返った車の後端部を、鮮やかに切り落とす。
 車中の水圧に押されて切断された部分が倒れ、水と人が吐き出され、転がる。
 レムリア達が駆け寄ると、夫婦とおぼしき若い男女が抱き合っており、良く見ると二人の間に子どもが1人挟まっている。
 子どもだけは守ろうと夫婦が行動した結果であろう。白い肌に金髪。車のナンバープレートからドイツの人たちと推察。いずれも意識はない。
 手遅れか。まさか。子どもは?
 解こうとして解けぬ二人の手指に、レムリアは息を呑む。
 自分たち、この絆に応えてこそ。
 その時。
『氷山が割れます』
 すなわち、ダムが決壊し、大量の水が来る。
 車の人々を早急に動かす要あり。
「船を下ろせ。オレが一家丸ごと持ち上げるから、お前たち頭と足を支えろ」
 ラングレヌスが操舵室と二人に指示する。人間三人一度に運ぶ。
『了解』
 シュレーターの回答があり、大人二人に子どもが一人、合わせて150キロは下らないであろう、ラングレヌスが気合い一閃抱え上げて歩き出す。頭部と足がだらりと下がるので、相原が足を、レムリアが頭部を支え、三人がかりで移動。
 船が降下する。
 滝の上で轟音。氷山が二つに割れるのが見えた。
 堰が切れた。盛り上がりあふれ出すその有様はさながら津波。
 間に合うか。
「船体を横倒しにしてくれ!直接甲板に上がる」
『了解』
 相原の機転にシュレーターが答え、降下した船は転覆の如く船体を倒す。
 甲板が壁のように立つわけだが、その壁に貼り付くように寄りかかり、家族を〝立て掛け〟自分たちも舷側に並ぶ柵の柱に足を載せて立つ。
「船体復位(ふくい:元の位置に戻すこと)。浮上!」
『了解!』
 滝の上から氷ごと大量の水が落ちてくる。氷の土石流。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-040-

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 レムリアはセレネの〝大丈夫〟に込められた意味をそう解した。いくら、マニュアルの中身話して聞かせて知識は充分、にしてもだ。
 やはり誘ったのは……。
「大丈夫です。炉の起動に時間が掛かるだけ。チャージ完。ターゲットロックオン。レムリア目をつぶって!ラング!カウントする。ゼロと同時に発砲」
 相原は同時に3人に対して言った。〝炉〟とは、プラズマを生成する超高温電磁界のこと。この銃の心臓部。
「オウよいつでも」
「行くぞ。3、2、1、ゼロ!」
 レムリアは目をつぶり、顔を背ける。
 それでも目の裏が真っ白になるほどの閃光を感じる。ちなみにターゲットスコープは当然サングラス機能を有する。ラングは不死身だ心配ない。
 刹那、擬音にすればボウンと書けようか、膨張系の爆発音がして水が飛散し、レムリアは泥水をしこたまかぶった。
「大丈夫かっ!?」
 手を差し伸べてくる相原もまたびしょ濡れ。
 その向こうは白煙の塊。火の玉で生じた湯気である。この中で不死身の偉丈夫が作業をしている。
『フック装着完了。引っ張れ』
 姿は見えないがラングレヌス。
『了解。地上2人、本船から離れろ』
 シュレーターの警告にレムリアが逃げようとすると、相原がその手を取ってぐいと引っ張り、回り込んで自身を盾にする。
 一方ラングレヌスはそのまま水面下に突っ伏す。
 一瞬、光が空を走り、泥まみれのワンボックス車が水の中から現れ、川岸の砂利部に引き上げられる。その車体は裏返しで泥だらけ、走行系には夥しい枝葉が引っ掛かっており、長い年月水中にあったような印象。誰が見ても中で存命など万が一にも思うまい。
 しかも、その車中は、半分ほど水が溜まり。
 人影あり。
『アリス、レーザだ』
 水中から立ち上がるなり、ラングレヌスが言った。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-039-

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 火の玉を放出するプラズマガン。
「相原!これでケツのバンパー辺りの水を吹き飛ばせ」
 ラングレヌスはベルトを外して相原にプラズマガンを手渡した。その銃身はレムリアより長く、相原よりは短い。
 この光景にレムリアは正直ゾッとした。
「彼は日本の……」
 しかし、対する相原に感じたのは〝覚醒〟のイメージ。
 思わずハッと目を見開くような。
「ご指摘の通り温和な平和ボケだが気にするな、こいつは銃だが銃じゃない。輸出令1項該当救助されど支援機器。破壊消防なら19世紀から日本は導入済みだい」
 相原はそう言うと、銃を肩に担ぎ、重そうに両足を踏ん張り、銃の底部から水中メガネのようなターゲットスコープを引っ張り出して顔にかけ、覗いた。スコープはワイヤレス。肉眼視界と、銃のカメラを経由した視界とを一致させることでロックオン(狙いを定める)する。それは両眼を開け、片目で肉眼、他方でデジタルカメラやビデオカメラのファインダーを覗くのに近似。なお、〝輸出令1項〟は光子ロケットの技術と同じ法律用語で武器のカテゴリ、破壊消防とは江戸時代の火消しの手法で、燃え広がらないように周囲の建物をあらかじめ壊してしまう方法を言う。相原は恐らく〝救助のために必要な破壊行動〟になぞらえてそう表現した。
 戻る。
「バンパーの下だな?」
 相原は片足を突いて膝を立て、銃把(じゅうは:握り手)をその立てた膝に載せ、肩当てに身体を押しつけ、銃口を固定した。
 はんてん姿でその姿勢は、無様だがサマになっていると書けるか。
「それでいい。水蒸気爆発させろ。その瞬間にオレが飛び込んでフックを掛ける。ぬかるな」
 そこでイヤホンにセレネ。
『大丈夫ですか?』
 時間の猶予はあまりない。銃器を扱う、しかもぶっつけ本番。大丈夫か……。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-038-

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 相原が言い、目を開き、
 レムリアがテレパシーのセッションを切断する前に、強い電気を帯びた領域が彼から発せられ、水中の車を球状に包む。それは言わば電気のシャボン玉である。電波は水中へ侵入できないが、水中の物体でも電圧の掛かった領域(電場)に置くことは出来る。その電場を揺さぶれば、中にある電気機器に干渉出来る。
 良く判らないが、それが相原の認識。
「英語教えてくれ。『間もなく助ける。それまで頑張って』」
「Please never give up !We perform all can do it so that you survive.」
 レムリアの言葉を、声色もそのままに相原は能力に重畳した。
 散逸していた意識の凝集を感じる。つまり、絶望の淵から光を見出した。
 声として聞こえたのである。
「never give up ! will soon」
 イヤホンにピン音。船。
「来た!」
 風と共に船は滝の上に出現した。透過シールドを解除しただけであるが、その有様は忽然と現れる、そのものであった。
 甲板には巨大な氷の塊を載せている。切り取ってきた氷河の一部であろう。
 くるりと船体を上下反転させ、その氷塊を流れの中に落とす。操舵室が自在に回転する球体であるため、この手の挙動でも乗員に問題はない。
 軽い地響きを伴って盛大な水しぶきが上がる。滝から落ちる水流は一瞬増えたが、すぐに急激に減少した。氷のダムは成功だ。
 流量の減った泥水の中にワンボックス車が見え隠れ。回転が収まってくる。
「ロープを引っ掛けて引きずり出すか」
 相原が即座に言った。
「ぷらっくと・ふろむ・うぉーたー・いみでぃえいとりぃ(Plucked from the water immediately)」
 相原は電界を震わせ、車内に伝えた。
 船の側面昇降口が開き、ウェットスーツに近似の耐環境ウェア(水中・宇宙・高温・低温・放射線)を着込んだラングレヌスが飛び降りる。その手にはフック付きのロープを持ち、その肩からは巨大な銃器がベルトでぶら下がる。子どもなら身を隠せそうな幅広の銃身。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-037-

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「息を止めて我慢して。力があなたの細胞に行き渡るまで。月の光は姿を変え、東洋で言う経絡を辿って、身体全体に浸透します」
 それは電子と陽電子が光子に姿を変えるという、さっきの説明と不思議なアナロジー。
 相原が両腕を左右に広げ、大の字になり、首を後ろに反らす。まるで空気を押し込まれた人形のようである。
 そして糸の切れた操り人形のように弛緩。
「あっ……」
 倒れると思ってレムリアは手を差し伸べたが、相原は少しよろけただけで体勢を回復した。
「少しめまいがしただけだ……いいのかな?これで」
 成功した。レムリアは確信を持って小さく笑んだ。
「うまく行ったと思います。“感じよう”と思ってみて。船長がやってるのを思い出して」
「雰囲気を感じようとするのと同じ、だっけか」
「その通りです」
 その起動プロセスはテレパシーの起動ともまた類似。
 相原は目を閉じる。
「……おお、なるほど。お前さんテレパシー使えたな」
「ええ」
 それは自分の認識を覗き込めという意味だろう。
 相原が“見て”……否、視覚として認識している光景がそこにあった。
 空中を無数の波があらゆる方向からあらゆる方向へ、忙しそうに(?)行き交っている様子が感じられる。それは、音を伝える空気の振動が目に見えているような、そんな感じである。
「干渉するぞ」
 意志が波動を形成して周囲に波紋のように広がり、その行き交う波の一部を消去したり、向きを変えたり。
 相原は自らの知識に基づき、電場を制御できる状態だ、と表現した。レムリア自身は念動力の起動と同じと認識した。イメージを描像するだけで、身の回りに電子を集めたり、任意の波を身体から放出したり、飛び交う波の向きを変化させたりといったことが可能な様子。ほぼ自由自在である。
「掌握した。行けるぞ」
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-18-

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「いま、かおるちゃんのお母様は、かおるちゃんに放課後を児童館で過ごしてもらおうと考えています。夜のお仕事を辞める代わりに、お昼をもう少し長く働こうと考えてらっしゃいます」
「えっ?」
 かおるちゃんに不安がよぎったのが判ります。
 他の子と一緒にいても、誰かと遊ぶわけでは無い。
 選んだ孤独と、見せつけられるひとりぼっちの違い。
「やだ」
「それは、何がいやなのでしょう。お母様と離れてしまうこと?児童館へ行くこと?」
「どっちも」
 それはかおるちゃんの本音。しかし。
「でも……そうすると、お母さん夜にいなくなっちゃうんだよね」
 かおるちゃんは気付いた事実を口にしました。
〈その児童館に犬はいないのか?〉
 男爵が言いました。
〈いるはずだよ。散歩の途中で見た〉
 ジョンが答えました。それでかおるちゃんも思い出したようです。
「ああ、あの子……」
〈あいつは、捨て犬だよ。しかもひどく人間にいじめられた……僕を見て羨ましいと言ってた。誰にも懐かない。でも、かおるなら反応が違うと僕は思う。僕はかおるに、犬の気持ちがどうやったら判るか教えたつもりだ〉
「エウリディケさん」
 ガイア様が私を呼びました。
「はい」
 とはいえ、おっしゃるであろう内容は予想が付きます。
 妖精の主たる任務は生き物たちの相談相手。
 すなわち、コミュニケーション能力。
「ええ、少し、その魔法を、かおるちゃんに」
「承知いたしました」
 私は頭を下げて片膝を床につきました。
「よろしくお願いします」
「魔法?」
 かおるちゃんが私に尋ねました。
「そう。動物たちとお話しできる魔法。ただ、約束が一つ。誰にも、お母さんにも、魔法のことを内緒に出来るかな?」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-036-

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 更に言えば、よらず巫女は少女が仰せつかることが多いが、オカルトの世界観を借りると、女性は霊体と生命体とを結びつけ、一個の〝人間〟として世に送り出すという、平塚らいてうの言う通り非常に神聖な役目を負った存在と言える。従って、女性が感受性豊かな少女の時代……レムリアがまさにそうである……に、巫女として霊的な言葉を授かる役をやったところで、それは当たり前でも不思議ではないのだろう。
「早く」
 レムリアは急かすが相原は動かない。
 動けない。見とれて釘付けになっているのである。出産の現場を筆頭に、巫女性・女神性の発露を目の当たりにして、そうならない男はおるまい。否、おののいて逃げ出す者はあるかも知れぬ。
「あの……相原……」
「は、はい。ごめんよ」
 再度急かしたら、相原は呪縛を解かれたようにびくりと身体を震わせ、レムリアの表情の苦しげに気付き、急いで、しかしそっと、レムリアの両手に自らの両手を重ねた。
 冷たい……と相原が認識していることが判る。
 対しレムリアは相原の手のひらを熱く感じる。
「全身の、エネルギーが、月との交感に使われるから、体温の制御が、おろそかになる……」
 口を開くと月の力がそこから流れ出ようとするので、一言ひとことちぎって喋ったら、あたかも息も絶え絶え。
「大丈夫かい?」
「うん。行くよ」
 息を詰める。その流れ出そうとするものに、口ではなく腕から手先へ行くように指示する。声として出す代わりに、手のひらをぐいと押し出す、そんなイメージ。
 これで冷たい手のひら一転、焼け石のように熱くなったはずである。果たして相原が反射的に手を引っ込めようとする所を、指を絡めて引き留める。
「いっ!」
「我慢して。ここで放したら、何が起こるか、私にも判らないから」
 レムリアは言い、判らない理由が自分の未熟さであると気付かされて歯がギリッと鳴った。
 手の熱さが消える。
「うっ……」
 相原が唸る。自分と同じく力が声になって逃げようとしている。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-035-

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 呪文が終わる。目を閉じ、ゆっくりと月に向かって両の手のひらを向ける。両の手のひらで月明かりを受ける。これで、精霊が申し出を受け入れた場合、その力はまず月光に重畳され、彼女の両手に宿る。月は半径1738キロの岩の塊であるが、術書に曰く、その光と影の綾なしは冥府と天界の接するところという。成就したい願いは光の面を用いて天界の精霊達に願い出、妨げたい願いは影の面を用いて冥府の王に申し出る。一般に前者が魔法であり後者は魔術である。前者は求めれば与えられるが、後者は応じた対価で引き出す。
 少し時間が掛かっている。この時間を彼女は〝審査〟と呼ぶ。求めれば与えられるが、基準は存在する。値する申し出か否か。自分と、相原双方が対象だからだろう。
「まぶし……」
 相原が呟き、程なく、手先に雷が落ちたようになり、一回震え、熱くなる。
 〝力〟が来たのである。熱いような痛いようなその感覚を、歯を食いしばって耐える。肉体次元と形而上の次元とが自分の身体の中で接しており、エネルギーの落差が肉体に負荷を与える。
「手を、こっちに向けて…」
 レムリアは言い、相原を振り返った。
 有様に相原が目を剥き、メガネの向こう、瞳孔に有様が映し出される。
 地平より顔を出して間もない、赤っぽい月の光を背後から浴びながら、ゆっくりと振り返る美しい娘。
 目を半開きにし、両腕を伸ばし、風の余韻に短い髪の毛を任せるその姿は、さながら古代のシャーマンである。なまじ外見が日本人と変わらないだけに、その印象は卑弥呼(ひみこ)、或いはその跡継ぎの娘、壱与(とよ)という名前を思い出させる。それはとりもなおさず、魔法の担い手と神代の巫女達に洋の東西を越えて形而上の共通点があるからに他ならない。
 
(つづく)

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【理絵子の小話】出会った頃の話-11-

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 障子と木枠の窓を突き破り、ガラスの割れる音と共に、3人は庭へ転がり出た。
 少女2人は期せずして互いの手を握りながらガラスの海に寄り添い立っていた。
 男は血だらけで土の上にあり、よろめきながら立ち上がるところであった。
 ガサガサと庭草を踏みつけ走ってくる複数の足音が聞こえ、子どもっぽい顔をした……小柄な男が2名顔を出す。
 しかも制服、学ラン、同じ中学。
「……黒野」
 1名が理絵子を指さした。
 3年生で悪名の知れた男子生徒であった。名をAと置く。
 近所にいたから知っていたが、小学校時分から評判は良くなかったと認識している。万引きや自販機破壊の常習であり、授業を抜け出して公園で一服していたことも幾度か。
 いわゆる〝不良化〟は、上位学年が下位を誘い込むことで伝搬する、と、プロ(?)の学級委員として知っている。
 そうか、この竜の男がその手引きか。
「立ち去れ」
 理絵子は男に投げかけ、同時にAらを一瞥した。
 深甚な驚愕がAらを捉えていると判った。普段自分達を暴力でねじ伏せている〝先輩〟が、1学年下の女の子に血だるまにされているのだ。
 その状況で彼らを一瞥、がどれだけインパクトのある行為か、考えるまでも無かった。
 男は拳を作って庭土を掴んだ。
「目つぶしなら無駄だよ」
 理絵子は冷たく言い放ち、右足を動かすそぶりを見せた。足の下踏んでる石をそのまま蹴れば、石が弾いたガラス片が男に突き刺さると知っていた。
 次から次に対応策が浮かび、自分達が絶対に負けないという確信があった。
 男は臆病なヤモリのように手足で這って動くと、火が付いたように立ち上がり、男子生徒二人を捨て置いて一目散に逃走した。
「あっ」
 彼らが呼び止めるヒマすら無い。
「お前……」
「お、覚えてろ!」
 陳腐なチンピラマンガさながらのセリフを吐いて、男子生徒らは男を追った。
 バイクの音がしない。置いて去ったか。
 或いは待ち伏せか。理絵子は縁台下サンダルを借りて確認に向かおうとした。
「もういい、もういいよ。くろ……りえぼー」
 桜井優子は理絵子の肩に手をして引き留めた。
 完膚無きまで追い込む、桜井優子は理絵子の行動と性格をそんな風に捉えたようである。
「待ち伏せされたら、今度こそお前がケガする」
「そうです。お入り下さい。私たちはあなたに守られました」
 本気で心配されている。正直、このまま出て行って自分がどうにかされるという感覚は無いが、当座の懸念は無くなったというのも実感として存在する。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-034-

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 セレネも形而上的呼びかけには否定的。現実離れしていて逆に“天国からの呼びかけ”と取られる。
 必要なのは“助かるという意志・生きようとするモチベーション”。
「カーオーディオに干渉するか」
「同時には無理ですよ」
 セレネが言った。氷河……すなわちアルプスの標高高い場所まで取りに行く。船のコンピュータから電波を飛ばして回路に干渉する。
 船は二つに分けられない。
 すると。
「俺に約束の力を頼む」
 相原はレムリアを見て言った。
 魔法を掛けろ。その船長の最たる力、電磁波干渉能力を身に付けて使おうというのだ。
「はい」
 レムリアは頷いた。的確さへの驚きと……少し笑みが出てしまった気がするのは何故か。
 自分は、不謹慎なのか。
「降りるか?」
 相原が腰を浮かせる。
「ええ」
「判った。我々を下ろしたら皆さんは氷でダムを……ドクター操船、セレネさん指揮を代行下さい」
「おうよ」
「承知しました」
「承ったぜ相原船長!」
 アリスタルコス、セレネ、シュレーターが応じ、船は一旦、河岸へ降りた。
 乗降スロープを伸ばす時間も惜しい。レムリアは相原と共に甲板から飛び降りた。
 船が即座に浮上。
 月を背にしてレムリアは立った。
「行きますよ相原さん」
 息を吸う。変身の術式で被術者あり。
 ……実は使ったことがない。自分が何かに化けたことは幾度もあるが。
 躊躇の暇なし。
「我らを見守りし月の精霊よ」
 声に出して呼び、出来る限り一瞬で月の方を振り返る。月に対する動作であることを示すためだと言う。次いで両手を胸の前で祈る形に組んで、まっすぐに月を見据える。
Lemuriametamol11
「我が名において、我が友に、聖なる力を授けたまえ……」
 依頼事項の主題を述べる。ここまでは意図の開示であるため使用言語の制約はない。レムリアは相原に判るように日本語を使った。
 続いて呪文を唱え〝ありさま〟をイメージする。自在に力を操る船長の姿を相原に重ねる。なお、呪文自体は文字にとどめるだけでも効力を発揮するとのことなので、悪影響を考慮し、ここに記録することは控える。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-033-

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「……でも何故SAR?」
 振り返って相原に意図を訊く。それは輪郭を見出すために使うと最初聞いたが。
「水面下や地下でも浅ければ拾って来るからさ」
 相原は言った。レムリアは納得し、向き直って、
 画面の有様に凍り付いた。
 滝である。その流れ落ちた中に船のセンサが何かを見つける。形状同定がなされ、ワンボックスタイプの車であるとの判定が出た。ただし水面下であり、上からは泥水の色もあって見通せない。
 流れ落ちるその直下でくるくると回転している。コーヒーにミルクを垂らしてカップの脇からそっと吹くと、ミルクが渦を巻くが、その縦型バージョンが車を巻き込んでいる。
 ここから救い出すことになる。通常の救助隊ならどうする。奇蹟を待つか、求めて天使に祈るか。
 自分たちは奇蹟そのものをもたらすために。
「意識はあります」
 レムリアはまずは安堵した。状況は不明だが乗員は生きている。4名である。
 しかし残された時間は長くない。これまででさえ、長時間の回転と低温に晒されている。車中の空気も酸素が薄い。以上看護師なりの知識と密室からの類推。
「皆さんのご意見を伺います」
 セレネが言った。各人のアイディアを協議して方法を決める。このプロジェクトの流儀。
「まず水を一時的でもいいから止めないと何も始まらない」
 相原が言った。
「ダムを作るということですね」
 セレネが同調し、周辺地形をスクリーンに投影する。
 滝であり崖があり岩がゴロゴロ。
「切り取って……」
 そこでレムリアは思いついた。氷河が溶けてと相原は言った。
「上から氷を切り取った方が早くないでしょうか。やがて溶けるので環境負荷も少ないでしょうし」
「それ行こう」
 相原が即断。レムリアは更に、
「それと、中の人たちに呼びかけたいのですが」
 今すぐ助けると伝えて元気づける。自分のテレパシーは相手を拾えるが、送り込む能力を持つまでには至らず。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-032-

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「夜間につき透過シールド解除してもよろしいかと」
「了解。透過シールド解除を許可します」
「透過シールド解除した」
 セレネが提案し、相原が応じ、アリスタルコスが操作する。
「現在遭難者を捜索中です」
 セレネは言った。相原がトラックボールで地図の縮尺を変える。欧州、アルプスの山懐と知れた。
「晴れているのに鉄砲水?」
 レムリアは思わず呟いた。場所柄鉄砲水自体はあり得ると思うが、空を見る限り豪雨の痕跡は感じず、時季的にも雪には早い。
「氷河が溶けて山津波、じゃないのか?70年代だか一度やったろ。それにアルプスの氷河が溶けて失われてるって話は日本にいても聞くぜ」
「温暖化、か」
 もたらす干ばつや高温が、いわゆる〝南北問題〟における貧困地域に影響を与えていることは肌身で知っていたが。
 〝北側〟にも影響が出始めたのか。
 超感覚が反応する。
「あっ」
 それはセレネも同時であったようで、思わず互いに顔を見る。二人同時ということは、どちらかの思い違いや認識ズレは無い、ということ。
 拾ったのは驚愕であり、及び同時に発せられた強い思いの残照である。……残り香・移り香という言葉があるが、それの記憶版と解釈されたい。驚愕と恐怖の故に、その場所に〝思い〟の痕跡が残ったのだ。それは突然の襲来、恐怖、そして疑問……なぜ・どうして……。
 間違いない。遭難者は鉄砲水に流された。
「遭難者はこの川に流されたようです」
 セレネが声を出した。
「了解。本船は流れに沿って下流へ動く。頼むぞテレパス」
 シュレーターが船を水面ギリギリまで下ろし、濁流の行く先を追う。
「生命赤外線センサ、合成開口レーダ作動。レーダは全波長スキャン」
 相原は技術による探査を指示した。
「はい。人体検知、SAR(合成開口レーダの英語略称)作動。レーダは全波長利用モードにセット」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-031-

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 但しその程度しか判らない。大気中の速度は秒速3千キロまで許容されており、このような緊急時に発揮される。つまり地球一回り13秒程であり、地球の裏側まで数秒で達する。
 加減速能力は最大100万Gを有する。停止状態から秒速3千キロまで僅かコンマ3秒。
 人間の身体は7Gまで耐えると言われる。ジェット旅客機の離陸加速が3Gである。この船の加減速能力はそれらとは比較にならない。従いそのG、慣性力を中和するシステムINSは必須となる。方式は居住区画を高速回転させ、遠心力でGを相殺する。大扉で厳重に区切っているのはそのためである。少し詳しく書くと、遠心力では特定のベクトルを維持するのが難しいため(回転する……すなわち遠心力の働く向きが少しずつずれて行く)、加速を一瞬で終わらせる必要があるが、アルゴ号の光子ロケットはそれを可能としている。逆に言えば必要な加速が一瞬で終わるため、シンプルな遠心力方式が利用可能なのである。なお、光速までアプローチするなどの場合は、小刻みな加速を繰り返す。
『目標同定。減速します』
 船が言い、スクリーンの脇に地図が現れ、赤い「+」の記号を表示。
 正面モニタの映像が停止した。
『停船。INSオフ。制御権を委譲します』
「制御権を掌握した」
 シュレーターが応じ、イヤホンがピンと鳴る。操舵権が舵手に移った旨は船長席にも表示が出る。相原が声に出して確認する。
 スクリーンの光景はほぼ夜である。赤外線から起こした画像に変換すると、茶色く渦巻く濁流の大河が確認できる。
 レムリアは画像の隅々に目を走らせる。この川で遭難事故があった、ということだろう。案外山奥だ。
「高度海抜650メートル。川面まで15メートル。天候は快晴。時刻は現地時間1800(いちはちまるまる)」
 レムリアは報告した。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-030-

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「はあ…」
 レムリアは目を開いた。相原が自分を見ており、その認識が飛び込んできてドキッとする。彼の曰く、夢の最中で夢見たまま、起こされた少女。
 相原はどぎまぎしたように目を泳がせた。
「私……」
 レムリアは自分の認識と感想を言葉にしようとした。この船は……。
 その時だった。
 イヤホンから、擬音で書くならピン、と可愛い電子音が聞こえた。
「あっ」
 3人はめいめい同時に声を挙げた。
 それはセレネからの呼び出しコールである。すなわち。
 救難要請の意識……助けてという心の悲鳴をキャッチした。
 


 
「はいレムリアです。他にドクターと相原さん」
 レムリアはほぼ反射的に答えた。
『セレネです。救難です。複数の悲鳴をキャッチ。家族連れと見られます。転船します』
「了解」
 答えて3人はエンジンルームを走り出す。早急に操舵室へ戻らねばならない。
『皆さんが戻るまでは自動操舵で暫時増速します。加速度と遠心力に注意して下さい』
「了解しました」
 転船。すなわち船が向きを変える。
 船体を大きく傾けながら空中に半円弧を描いてターンし、通ってきた軌道を逆進。
 伴う遠心力を感じながら、操舵室へ戻る。
 シュレーターが走って舵を手にする。INSを併用するような高加速は、全員が操舵室または各個室に所在し、なおかつ船長と舵手が着座していることが実施条件。
 操舵室の大扉が閉まった。
 コンピュータの合成音声……日本語で記す。女声にチューニングしてある。
『INS作動。加速します』
 相原が船長席に戻り、液晶モニタに手で触れると幾つか表示。セレネと同期中……INS作動……自動制御。
 正面スクリーンには地上の風景が流れる。飛行の軌跡が白い点列で示されているが、高速逆行のために白いラインに見える。
 暗闇から少し明るくなり、海から陸へ上陸。時間差からして恐らくは地球を三分の一周。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-029-

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「さておき、宇宙航行は無理にせよ、大気圏外を含めた活動までは想定している。宇宙服を積んでることは知っての通りだし、あの帆も大体宇宙で使うものだ」
「帆?あのマストの帆のこと?確かソーラーセイルって」
 レムリアは言うと、相原を見た。
 帆を使って滑空、というのは何度かやったが。
 普通に風を受ける帆ではないのか。
「ああ、こいつの帆は海原を風で進むための帆じゃないんだ。まあ、それも可能だが……本来は宇宙空間で別の風を受けて進むために使われる補助動力」
「宇宙の風?」
 レムリアは首を傾げた。宇宙に空気はないはず。
 すると相原はゆっくり頷いて。
「この船は光で進む。これはいいね」
「うん」
「で、太陽みたいな星の近くへ行くと、強い光の他、放射線やら何やらいろいろビームが飛んでくる。まるで星から風が吹き出すみたいにね。で、そういうビームをひっくるめて〝恒星風(こうせいふう)〟と呼ぶ。星の風だよ。太陽が出すのは太陽風(たいようふう)」
「星の風ってそういうことか。……ああ、じゃあ、あの帆は」
「そう。そういう星の風を受けて進むための帆。専門用語でソーラーセイル」
「へえ……」
 ソーラーと冠されるのは太陽風を受けるから、の意か。
 この船が宇宙空間で帆を広げ、太陽の光に押されて進む姿が容易に想像できる。
 それはおとぎ話のような、ピーターパンの冒頭のような、光景なのであるが。
 それが、現実。
「星の海を光で進む。星からの風があるときには、帆を張って星の風に任せる……」
「その通り」
 目を閉じてイメージを追うレムリアに相原は言った。但し、実際には光子ロケットがメインであり、ソーラーセイルは書いた通りあくまで補助、光子ロケットの故障対策である。ただ、地球のごく近傍で光子ロケットを噴くと光圧で人工衛星等の軌道を妨害する恐れがあり、その場合もソーラーセイルに切り替える。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-028-

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 対し、この船は星の海遙か果てへと旅することが出来、その速度は亜光速。
 その名を冠し、この現代に蘇らせるとして、この船ほどふさわしい存在が他にあろうか。
 星の海を駆け巡る。
 しかし。
「でも、燃料が宇宙へ行くほど大量に作れないから、人命救助、なんですよね」
 レムリアはシュレーターに訊き、相原を見た。それは、マニュアルと言うより顔合わせの際に聞いた話。
「うん。恐らくキログラム単位で陽電子が確保できれば、この船の質量5トンからして、一番近い恒星までなら行って帰ってこられる。だけど簡単にたくさん作れない。……ドクター、こいつの陽電子は」
「核融合炉(かくゆうごうろ)のおこぼれ」
 それが何かレムリアは知らない。ただ、炉(リアクター)という言葉の存在から、原子炉の親戚であろうことは問い返す必要を感じなかった。高速宇宙船のためだけにその手の大がかりで〝核〟がからむプラントを運転することは許されないだろう。
 それと、この船の存在が極秘なのは、自分たち超能力者をかき集めたことの異常性のみならず、そうした技術の粋を集めていることも関係しよう。
「安保理(あんぽり)がこれ知ったら国際問題ですね。……良く考えたらどえれぇモノ乗ってるなオレ。オレ自体外為令別表(がいためれいべっぴょう)ってか。あれ?外国で得た技術は対象外だっけか。宇宙用のプロパルジョンはだめだな」
 相原はひとりごちて苦笑した。安保理とは国連の安全保障理事会のこと。また、別表とは、日本の法令で外国への提供が規制されている技術を集めたリストのことであるが、その内容は国際間で移転が制限されている技術でもある。
「だから極秘な。これからはお前の口もな」
 シュレーターが冗談めかして応じる。しかし、移転を制限している理由は大量破壊兵器に利用可能であるためで、笑みの割に責任は大きい。
 
(つづく)

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【理絵子の小話】出会った頃の話-10-

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 理絵子に罵られ、男は桜井優子に目を向けた。
「お前いつの間にこんな……」
 こんな、と指さす先は理絵子。
「私が勝手に上がり込んだんだ。文句があるなら私に言いな。優子関係ない。でかい図体してそれで終わりかい?」
 理絵子は挑発し続けた。
「いい気になりやがって!」
 獲物が出てきた。ナイフであった。
 しかし男がどう振り回し、突き刺そうにも理絵子には掠りもしないのであった。
 それは計算され尽くした時代劇の殺陣を思わせた。無論そんなことは無く、理絵子が男の行動を先読みして必要最小限の移動回避を繰り返している、と書いた方が実態に合っていた。
「くそっ!」
 果たして男は疲れ切り、頭髪から頤まで血と汗にまみれ、その血もあらかた固まって来ていた。
 あきらめた風を装い、突如動く。
 先読みされていると認識した故であろうか、男はそのように動き、ナイフを理絵子に投げつけた。しかし、既に力もスピードも無く、切っ先がよろめくのが目に見えるほど。
 理絵子は頃合いと見、ナイフの側面に手刀を当て、叩き落とした。
 ぐさっと音を立て、ナイフが畳に突き立った。
「もうやめろ」
 桜井優子は男の肩に手をして制した。
 呆れたような声音であった。
「お前じゃこいつに勝てないと思うぜ」
「っるせえ!(うるせえ)」
「きゃんきゃん吠えるな。自分でも良く判ってるんだろ?」
 男は無言。
 その背中に桜井優子が畳みかける。
「しかし小娘に大の男がナイフかよおめでてーな。見損なったぜ」
 それは、男の矛先を変える言葉になったと理絵子は気付いた。
 男の右手が拳を作り、ハンマー投げの要領で桜井優子に振り向けられる。
 理絵子は手を伸ばす。
 男の拳が、理絵子の両手の中に入る。
 強い力が理絵子の腕に掛かり、引っ張り、姿勢を崩す。
 理絵子は引きずられ畳から浮き上がった。文字通り投げられるハンマーの如くであった。
 男の目が驚愕に見開かれ、
 桜井優子が腰を浮かすのが見えた。
 スローモーションのただ中に、自分だけ通常の再生速度で存在した。
 男の手と、自分の手との接点に、桜井優子が身体をぶつけてくる。
 体当たりであった。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-027-

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 ただ、この光子ロケットの説明においては、レムリアの理解がゴールであるとも言えるだろう。それこそが光子ロケットの最大の特徴だからだ。
「推進剤…」
 レムリアはちょっと考えた。
「推進剤って……光……え?」
「その通りご名答。〝C〟とは光速……つまり光の速度を意味する記号。従って0.9975Cとは……」
「光の速度の99.75パーセント。秒速29万9250キロにして時速10億7730万キロ」
 相原の言葉を、シュレーターがつないだ。
 すなわち、この船の最高速度ほぼ光速に達する。その筋の言葉で亜光速という。
「は……」
 レムリアは言葉がなかった。光の速度で飛ぶ機械。
 光の速度で自分が飛べる。
 にわかに信じがたい。
 相原が補足する。
「この船はスペースシャトルや人工衛星みたいな、地球近くをうろつくための存在じゃない。太陽を遠く離れ、光の速さで何年もかかる、他の星や別の星雲に行くための……まさしく星の海を航海するための船さ」
 宇宙船、なんだからそれであるべき姿なのだろうが。
 少し次元が違った。
「本当に星の海を旅するための……」
「その通り。例えばシリウスに行く。望遠鏡で覗くんじゃない。現実にシリウスのそばまで行って調べる」
 相原が言った。
「プレアデス星団の輝きが美しい。じゃあそこまで行って見て来てしまえ」
 これはシュレーター。
 レムリアは誇らしげな男達を見た。星座の神話のついでに覗いたNASAのサイトや、その日本人達とやりとりした掲示板で見た天体写真を思い出す。光年という単位で語られる、夢にも近いその世界へ。
「この船は……」
「遠い未来、22世紀からの贈り物みたいなものさ」
 男達の言葉に、レムリアは自分が夢見る少女になった気がした。紀元前の昔、錚々たる英雄たちを乗せて黒海の奧へと旅し、その快速で名を馳せた伝説の帆船アルゴ号。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-026-

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 相原の補足にレムリアはそう付け加えた。
 
 でんしようでんしついしょうめつがたこうしろけっとえんじん。
 でんきだまふたつぶっつけひかりだまつくってうごかすよろけっとえんじん。
 
「理解しやすい方でOK。でね。今のが原理。それで、強調しておきたいのがこのエンジンの能力」
「むっちゃ速いんでしょ?知ってるよ」
 レムリアが当然とばかりに答えると、相原が苦笑。
「〝むっちゃ〟て……お前さん日本語どこで習ったん?」
「インターネットの掲示板」
「そうか。騙されて変な言葉言わされないようにな。まぁいいや。そのむっちゃがどのくらいむっちゃだと思ってる?」
「最高速度出すと早いよね。地球の裏側まで何秒かだから」
 レムリアは言った。
 実は、それはそれで常識を越えた凄まじい速度なのだが、レムリアは特段驚いてはいない。本来は宇宙船と聞いてるし、宇宙船は速いものだからそのくらい当然の範疇。最も彼女の場合、そもそも速度というスペックに興味がないせいもあろう。人間、興味ない物の凄さはピンと来ないものだ。
「平然と言ってくれるね。でもね、それは地球の大気圏内を飛ぶときの最高速度なんだ。この船は元々この救助隊のために造られた船じゃない」
「宇宙船だよ。その速度を生かして地球丸ごと対応の救助隊にしてる」
 そこでシュレーターが口を挟む。
「その通り、この船は元々恒星間宇宙を航行するために造られた超高速宇宙船だ。その宇宙空間での最高速度は0.9975C」
「れい てん きゅう きゅう なな ごー しー?」
 レムリアは首を傾げた。もっと出せるとは初耳だ。いや確かにマニュアルでそんな数字を見た気がするが。
 〝C〟って何?
「推進剤の速度にほぼ等しいのだよ」
 相原が、言った。
 男二人揃って、ニコニコしてレムリアの反応を待つ。
 レムリアはこっそり笑った。男は技術的なレベルの高さを女に理解してもらいたい。他方女は技術的に高度な話にあまり興味はない。
 イコール、女に自慢話をしてもそっぽ向かれる。
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-17-

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 高位の天使族がそんな姿、と聖典にあります。ですが、聖典の言うような近づきがたい雰囲気はガイア様にはありません。むしろ、日だまりの温和に近い感じでしょうか。
 目が慣れてくると、漂うような髪の毛と目鼻立ちが確認できます。但し、なにぶん光り輝いていますので、輪郭とか肌の色とか、着衣とか、具体的に書くのは難しいのですが。
「天使様」
 かおるちゃんの感想は至極もっともと言えるでしょうか。
「あなたが、かおるちゃんですね」
 ガイア様の口調は〝おっとり〟と言いますか、ゆっくり、たゆたうようです。
 ちなみに、声と言うより、超常の手段で空気を震わせて、というのが恐らく正確な表現になります。
「ジョンは、かおるちゃんのそばから、離れなくてはなりません」
 ガイア様は言いました。本当の優しさは婉曲な表現で誤魔化すことではありません。
「どうして?」
「ジョンは、かおるちゃんが、お母さんを支えて行ける、女の子になれるまで、無事に、見届けました。かおるちゃんと遊んで、かおるちゃんを守って、かおるちゃんに元気をあげてきました。かおるちゃんは、ジョンからたくさんのたくさんの、勇気と、元気をもらったでしょう?」
「うん」
 ガイア様のおっしゃる言葉に凄い意味が含まれていることに私は気付いてしまいました。
 ジョンは自らの生命力を分け与えてかおるちゃんを支えていたのです。
 ジョンが生きて行くための力はかおるちゃんのそれとなり、結果、ジョンは天へ召されることになったのです。
 それが、ジョンの使命。
 いえ、犬たちの人間に対する使命と言えるかも知れません。
「ジョンは、かおるちゃんよりも、もっともっと苦しい状況にある別の子どもさんのために、旅立たなくてはならないのです。ジョンを行かしてあげてはもらえませんか。私からのお願いです」
「でも……」
「お別れは辛いことです。その代わり、今度はかおるちゃんが、ジョンのように、誰かを助けてあげて欲しいのです。その一番最初が、かおるちゃんのお母さんです」
「うん……」
 かおるちゃんは頷きましたが、決して納得の上でという感じではありません。子どもを言いくるめて反論できない状態にして無理矢理頷かせた。そんな感じを受けます。
 もちろん、ガイア様はそんなことはされません。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-025-

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 レムリアは軽く頷いた。それこそ赤血球の類推として、何か邪魔して進めないという状態は充分あり得る。同じようなものだろう。
「……血の流れが邪魔されるのと同じだね」
 すると相原は安堵したように笑った。
「そんな感じ。ここまでよろしい?」
「つまり電気の玉2つぶつけると、光の玉2つに化けちゃう」
 レムリアは自分の理解を要約した。
「その通り」
「なんで?」
「電気と光は元々同じものだから。ただ見え方と振る舞いが違うだけなんだ。だから、何かきっかけがあれば容易に入れ替わる。それが証拠に、電気の流れるスピードと、光の伝わるスピードは同じ……理科でやったでしょ?」
「なるほど!」
「よい?」
「良い」
「じゃあ最後だ。この船はそういうわけで電子の反物質を燃料として持ち、そいつをこのデカいコイルで取り出して勢いをつけ、外部から取り込んだ電子にぶつけ、光の粒子を作り出す。そして、出来た光の粒子を、船の尻にあるパラボラアンテナみたいな反射板、あそこにぶっつけて船を押させる。これで船は前進する」
 相原は言った。
「なるほどねえ……それで、光子で進むロケット、光子ロケットと」
 レムリアは言うと、コイルのカマボコを見上げた。このコイルは光生み出すために。
 背後にシュレーターがゆっくり歩いてくる。
「その通りだ。そして、このような原理で動くエンジンを、正式には電子陽電子対消滅型光子ロケットエンジン(でんし ようでんし ついしょうめつがた こうしろけっと えんじん)という」
 それを聞いてレムリアは思わずドクターを振り返った。
「……どうしてそう物事難しくしたがるわけ?」
「え?そう言われてもなぁ。余計な言葉は一つもないが」
 そのやりとりに相原は笑った。
「まあまあ。今の用語を分解するとこう。まず電子はいいね。で、陽電子ってのは電子の反物質のこと。光子は光の玉のこと。対消滅ってのは電子と陽電子をぶつける行為のこと」
「電気玉2つぶっつけ光玉作って動かすよロケットエンジン」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-024-

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「対して〝電気が流れる〟って現象は、電線中を電子がゴロゴロ移動すること」
「なるほど」
「で、こいつが帯びてる電気はマイナス」
「うん……あ、思い出した、確か赤血球も電気的にはマイナス。なるほど」
 レムリアは両の手を合わせてパチンと言わせた。その赤血球にマイナスの電気をもたらしているものこそは、赤血球の表面を覆う電子なのであるが、ここで相原は〝荷電粒子〟の概念を赤血球の性質になぞらえることを目的としているので、そのような正確な委細はとりあえず脇に置く。
「いいぞ。それでだ。ここで登場するのが電子の反物質」
「出た」
「こいつは見た目電子そっくり、だけど持っている電気が違う。こいつが持っている電気はプラス」
「プラスの電気を持った赤血球……もしあったら病気だね」
「え?赤血球であったら病気なの?」
「うん。ESRって数値が変わる」
「ふうん……一つ勉強になった。続けるよ。で、役者はそろった。どうするか。双方ぶっつける」
「ぶつけるって、こう?」
 レムリアは両の手に拳を作り、ぶつける仕草をして見せた。
「その通り」
 相原は頷き、
「すると、不思議なことが起きる。電子と、電子の反物質、双方とも消えてしまう。これはプラスとマイナスが一緒になると中和されてゼロになるから」
「ああ、なるほど」
「でも…その代わり別のものが作られる。光の粒子2個、それがすなわち、光子」
「光子とは光の粒子…」
「文学的表現をしたわけじゃない。物理学的には、光は粒子の集合体と見なしていいんだ。さっき〝電気が流れる〟を、赤血球がゴロゴロ流れる血流と同じ、と言ったね」
「うん」
「光も同様の表現が使える。懐中電灯で何か照らすという行為は、電灯から飛び出した光の玉が、空中をゴロゴロすっ飛んで行ってる状態なんだ。だから……例えば霧に巻かれると何も見えないのは、光が散乱してしまうから。すなわち、光の玉が霧の粒子で反射したり曲がったりして前へ進めないから」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-023-

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「そりゃ懐中電灯くらいじゃダメさ。光が弱すぎるからね。そこで、こいつはものすんごく強力な光を作ってやる。このエンジン……コイルさまはそのためのもの。よろしい?」
「光で飛ぶってことは判ったよ。でも……その光はどうやって作るの?」
 レムリアは首を傾げた。確かに船尾のパラボラ光るが、懐中電灯を千も万も集めているわけではあるまい。
「そこが本質さ。ゆっくり行こう。まず、この船では、その超強力な光を作り出すため、特別の燃料を使っている」
「なるほど簡単だ」
 シュレーターが腕組みし、小さく笑う。お手並み拝見というスタンスであろう。
「でも難しいのはこの先、その燃料の名は反物質という」
「はんぶっしつ……は?はんぶっしつ?」
 レムリアは自分でも目が丸くなったと感じた。
 その言葉からイメージする〝はん〟はアンチ。すなわち。
「そう、〝はん〟は反対の反だ」
「反物質!」
「イエス、反物質」
「反物質。反・物質。ということは……物質じゃないわけで……えー……」
「あ、そういうややこしいものじゃないんだ。単に持ってる電気がプラスマイナス逆ってだけの話」
「へ!?。難しくないじゃん。だったら早くそう言ってよ」
「言う前に悩んだくせに。でね。その反物質と、普通の物質とをぶっつけてやると強力な光が出来る。この原理で光作ってる」
「はあ……」
「ここまでよろしい?」
「判ったような判らないような……うんとですね、つまりですね、具体性に欠けてるんです」
「だから、これからその具体的な部分に入る。……いきなりだが電子って知ってるか」
「日本で言う電子レンジとかの電子?」
 英語ではマイクロウェーブオーブンである。
「そう。その電子だ。イメージ的には……そうだなぁ。確か看護師だよな」
「うん」
「じゃぁ赤血球でも思い浮かべてくれればいいや。〝血が流れる〟って現象は、要するに血管中を大量の赤血球がゴロゴロ移動することだろ?」
「ジカに転がってるわけじゃないけど……うん」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-022-

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 その背中に抱いたレムリアの率直な印象は、それこそ〝お兄ちゃん〟の感じである。
 ……あまり年齢ほど大人に見えないと表現したら、気を悪くするだろうか。
 なんか、馴れ馴れしく話しかけたくなる。
「やっぱ難しいなぁ。必要な知識は原子と電子と……」
「簡単に」
「難しいことを簡単に言うほど難しいことは……」
「ごちゃごちゃ言わない。アインシュタインの論文は中学生レベルの方程式と聞きましたが?」
 相原ってからかうと面白そう。
「ローレンツ変換の式か?式はそうだな。平方根があるだけだからな。ちなみにあの式もこの船に関係するぞ。特殊相対性理論のキモだからな」
「えっ?」
 レムリアが目を丸くすると、相原は腕組みし、首を二回ひねった。最も〝あの式〟がどの式か知らないが。
 そして。
「そうだな、まずここから行こう。普通のロケットがどうやって飛んでいるか知っているかい?」
 相原が訊いた。レムリアは少し考えて。
「……火を噴いて……違う?」
「まあそうだな。燃料を燃やし、その爆発圧力で船体を押して飛んでいる。良い?」
「うん」
「それでだ。この船も、やはり何かの圧力で船体を押して飛んでいる。でも超高速で飛ぶため、その〝何か〟は恐ろしく速度が速い。さて何だと思う」
「光子ロケットって聞いたから、光子。でしょう」
「うん、で、光子って何だと思う?」
 光子は英語ではphoton(フォトン)である。
「フォトって位だから、映すとか、それとも別の意味があるの?」
「ヒント、この世で最も速いもの。1秒間で地球を7回半も回ってしまう」
 相原は指をぐるぐる回しながら言い、その回す渦巻きを徐々に小さくし、終いに真上天井に向けて腕を伸ばし、煌々と輝く放電灯を指差した。
「電灯……光。え、ひょっとして光自体のこと?」
「そう正解。光。この船は光の圧力で飛んでいる」
「嘘だあ。だって……」
 レムリアは思わず言った。我ながら子供じみた言葉遣いだが。
「だって、懐中電灯ぶら下げておいても動かないじゃん」
 いくら何でもにわかに信じがたい。
 
(つづく)

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クモの国の少年【目次】

※リンクは5話おき
【1~5】
【6~10】
【11~15】
【16~20】
【21~25】
【26~30】
【31~35】
【36~40】
【41~45】

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花泥棒【目次】

-1- -2- -3- -4- -5- -6- -7- -8- -9- -10-
-11- -12- -13- -14- -15- -16- -17- -18-
-19- -20・完結-

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-021-

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 徐々にドアが開く。システムが大げさであるから動くのが遅いのである。
「こいつはワニの口と同じで、緊急封鎖する際はバネで叩き付けるけどな」
 シュレーターが説明を追加し、内部の照明が点灯した。
「カマボコ、だな」
 見えたそれに相原が感想を述べ、腕組みした。
 形状は彼の言った通りである。巨人向けの巨大な焼きカマボコ。但しその茶色の表面には、極太の銅管が蔓植物のように幾重か巻き付く。
「それが主加速コイルだ。そばに行っていいぞ。磁束(じそく)はキャンセルされてる」
 シュレーターが言い、相原は磁石に吸われる鉄粉のように、ふらりとした動きでそのコイルに近づいた。
「さすがに冷たいですね」
「絶対零度近傍で駆動してるからな」
「それが、光子(こうし)ロケット?」
 レムリアは二人の会話に入って問うた。
「ああ、魔女っ子にはコレの原理を説明してなかったな。でもお前さんこいつにマニュアルを読んだんじゃ」
 シュレーターが少し驚いたような表情を見せる。こいつとは相原のことである。
「読んでも判りませんでした」
 レムリアは素直に言った。
 少し差を付けられているように感じる。マニュアルのふんだんに並んだ学術用語の中で、見知った言葉は相対性理論(relativity)、だけ。でもアインシュタインのその辺の内容を基礎知識一般常識のようにシレッと書かれても困るだけ。
「そうか。そいつは参ったな」
 シュレーターは言って、困ったように頭をポリポリ掻いた。
「どう説明したもんだか……相原よ、お前、できるか?」
「え?うーん、お前さん歳いくつだっけか」
 相原は身体はコイルに向けたまま、顔だけひねってレムリアに問うた。
「13、だけど……無理?難しい?」
「そんな顔するなよ、妹泣かせてる気分になる」
「え?妹さんいるの?」
「いないよ。気ままな一人っ子。少し考えさせてくれ」
 相原はマンガのように腕組みし、うーんと唸った。
 
(つづく)

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【理絵子の小話】出会った頃の話-9-

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「おい、まだかよ」
 野卑な声であった。
 問いかけたにしては、しかし回答を待つでなく、ずかずかと上がり込んでくる。
 母子の顔に緊張と恐怖がこわばる。萎縮が二人から行動力を奪っている。
 野卑な足音はあちこち戸や襖を無遠慮に開けながら近づいてくる。勝手知ったる他人の……という言葉があるが、家人ですらそこまではと思われるほどの傍若無人ぶりと言って良かった。
 果たして客間の襖が開いた。
「何だおめぇは」
 野卑な男は理絵子を見るなり詰問した。破れたジーンズに汚れたジャンパー。その背中一面の竜の刺繍はいつの時代のセンスか。
「臭い男だね」
 理絵子はそう返した。
 母子の目が大きく見開かれたが理絵子は無視した。実際、臭い。風呂入ってるのか。
「なんだとこのガキャ」
「ガキをガキと呼べないような中途半端が偉そうに」
 理絵子を見て13歳だと聞いて、それ未満と感じてもそれ以上と言う者はないであろう。
 応じた背格好の少女であって、このどう見ても暴力に人生根ざした男に対して腕力で挑むとは思うまい。
「この……!」
 結果、野卑な男は、その少女めがけて飛びかかってきた。
 理絵子は正座しているので、彼女に飛びかかるという行為は、水面に飛び込むような動きを要する。
 しかし、男が突進したのは杉の大木で出来た座卓であった。
 腐敗物をコンクリートに落としたような冷たい、鈍い音。
 頭部が裂けて出血する。
 その裂けた部位から血液が盛り上がり溢れ出す有様はまるで火山の噴火を思わせた。
 恥をかかされた。男の心理がその一点のみであることに理絵子は気付いた。
 暴力で鳴らしてきた自分が小娘にあしらわれ、無様にも頭を割った。
「この……」
 半身を起こして理絵子を睨む。
「自分から突っ込んできてバカじゃない?あんた」
「……!」
 最早何を言っているのか判らない。
 男は右腕を振り回したが、理絵子は僅かに頭を動かしてその拳をかわした。
 腕は空を切り、その遠心力で男は再び体勢を崩して座卓に激突。
「くそ……」
「優子の彼氏ってこれ?彼氏とあろうものがこんなん?」
 それ以上の侮辱は無かったであろう。
「穢れた血をポタポタ垂らすんじゃないよゴキブリ」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-020-

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 エンジン。この船の主機関。
 採用されている原理は、一般に公開されている情報では、原理が前記1930年代。実用化への着手は、概念設計の開始が20世紀終焉の頃。21世紀初頭時点での見通しでは、実際に作れるのは22世紀後半と言われた代物である。しかも、時速25万キロという速度は〝巡航速度〟であって、全能力の1パーセントにも満たない。当然ありきたりなジェットやロケットなどではない。
 相原の目が子どもの、男の子のそれであるとレムリアは気付く。博物館で昔の飛行機や蒸気機関車を見上げる小さな子と全く同じだ。
「夢じゃないですよね」
「ああ」
「結局反水素(はんすいそ)で?」
「いや陽電子(ようでんし)に落ち着いた。電荷(でんか)を持ってる方が電磁界で御せる。加速器で回しておけばいいからな」
 会話弾む二人の後ろでレムリアはまるで取り残されたようである。文字通り内容について行けないからであり、だったらついて行く必要は無い気もするが、彼を誘うのは自分が仰せつかった話で、OKしたから後は放置、では気が引けるというのはある。勿論、彼が心底納得してくれたのか、という思いが払拭できていないことも手伝う。
 一行は操舵室を出、船尾方向へ歩くこと少々。
「ここだ」
 シュレーターが示したのは、一見普通のドアパネル。
 しかし操舵室同様、これを人力で開けることは出来ない。
 ドア脇の数字キーから暗証番号を打ち込む。
 システムが番号を受け付けると、ハンマーで鉄板を叩いたような、鋭く強い音。
「わ!」
 大きな機械音にレムリアは驚いた。操舵室の物より更に屈強な油圧カンヌキが内部で動き、ドアが開き出す。するとまるで、歌番組の安っぽい演出のように、ドアの隙間から流れ出すスモーク。
 内部温度が低いために、こちら側の水分が凝結して霧になった。
 
(つづく)

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