2023年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のトラックバック

めーるぼっくす

無料ブログはココログ

« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

2011年9月

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-111-

←前へ次へ→
 

13

 
 ガラス張りのフロアであった。
 壁のような物は見えなかった。
 まるで自分が完全な透視能力者になったような気分だった。
 ベッドが並び、人々が仰臥し、それぞれのベッドサイドには、大がかりな機械が1台ずつ据えてあった。
 人体実験の被験者であることは間違いなかった。同時に、故意に見せる意図があって全面ガラス張りになっていることも間違いなかった。
 表向きは風土病の研究所である。さもそのようにマスコミ等に見せることは充分考えられる。本物の悪ほど表向きのメッキは綺麗にするもの。
 しかし、被験者に喋られたら、否、喋れない?
「罠っぽいな」
「一人一人隔離してあるね」
 相原に続き、レムリアは言った。お互い違う立場から感じたことだが、どっちも正解だとレムリアは思った。
「……いる」
 そしてレムリアは呟いた。いらっしゃった、が日本語的に正しいことは認識している。だが、何故か敵に対するような言葉になった。
 そのわけは。
「お医者か?」
「ええ」
 ガラス通路を奥へと進む。肉眼では通路と壁と出入り口が判別できないわけだが、ウェアのゴーグル越しに見ているため、SARが働いて角や縁が強調表示され、迷ったりぶつかったりする懸念はない。
 入り口と思しき場所に到達する。上と同じ集合写真パネルがここにも掲示してある。
 ガラスのドアが横にスッと開く。自動ドアではなく、自分たちの存在を感知した上での意図した行動による。すなわち、誰かが操作して開けたのだ。相原の言う罠の部分だ。
 罠、の故か、一瞬躊躇した相原に代わり、自分が先になって中に入る。もちろん相原は後から銃に手を添えて続いた。この期に及んで彼が尻尾巻いて逃げるとは、そもそも思っちゃいない。
 人々の意識が自分に向くのを感じる。ガラス張りの故に反射と屈折で自分たち闖入者が見えるのである。彼らは意識自体は清明であり、五感も機能しているが、自らの身体を動かしたり意思表示は出来ない状況。真実を喋る恐れはなるほど生じない。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-110-

←前へ次へ→
 
 猛烈な暴力の場になる。大男二人はそれぞれ最早棍棒と化した銃器を振り回す。
 ただ、古代の戦場のように人体を破壊するという形ではなかった。二人が狙ったのは主として目であり、比較的弱い手首や指だ。闇雲に見えて狙い澄ましている。
 相原が手を伸ばして来、プラズマ銃を手にした。
 レムリアはあっさり彼に渡したが、
 どうするつもり?大丈夫なの?
 しかし、訊く前に彼は背後階段に向かって火の玉を投じていた。
 連射モードのままであり、火の玉をしこたま喰らった階段部材が溶けて流れ落ちる。
 ホルムアルデヒドの炎が見えた。
 思った瞬間、風が生じた。階段部の溶解熱とホルムアルデヒドの火炎が上昇気流を作り、地下から1階へ向かう流れを作ったと判る。
 恐らく1階では下から火が噴き出してくるという様相になっていると想像された。
「レムリア見るな」
 大男どちらかの声があって、相原の腕が自分の目を覆った。
 超感覚では何が行われているか明確であった。怪物を双子が次々炎の中へ投げ込んでいる。ただ、既に医学的には死体である上、それでも尚動き続ける代物であることは前例の通り。
「来い!」
 目を開くと、液体にまみれた床面が有り、双子に手を引かれて鉄扉の下から地下フロアへ押し込まれた。
 自分に続いて相原が。
 この地下に二人だけ。
 双子は階段部分にとどまるつもりなのだ。
 恐らくは、それでも炎を乗り越えてたどり着くであろう、傭兵たちを待ち構えるために。
 鉄扉が熱で柔らかくなり、自重で大きな音を立てて落ち、双子との間が、僅かな空間のみを残して絶たれる。
 この先は、自分たちだけ。
「行くぞ。テレパシーでその医者を探せ」
 髪の毛が血糊でべたべたで、明らかに左腕が折れている男の声が、そばで聞こえた。
「はい!」
 とどまることは許されない。使命を帯びた任務が目の前にある。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-109-

←前へ次へ→
 
 整然と並んでいた人体標本カプセルが、その整列状態を保ったまま、落下したこともあろう。
 レムリアたちの前に、人体カプセルは列柱道路のように並び、行く先を示した。コロンブスの卵よろしく、底面が割れ、そのまま直立したのであった。
 飛び交う銃弾も炎の帯もバリケードされた。
-行け-
 その示唆を発したのは……他でもない、命奪われ時を止められた、目の前のこの人達。
「行きましょう」
 デジャヴがレムリアを捉える。
 前にも同じ事があった気がする。
 いや、気がするではない。事実あった。既視そのもの。
 その時は核物質抽出の〝使い捨て〟にされた人々の招きであり、自分は手鏡を掲げ、光らせ、先頭の印とした。
 今はこの銃。レムリアは付属ベルトで肩から吊った。
 行く先は地下。目的は明確である。実験の中枢を確保する。手先に使われた医師を救い出す。
 及び。
「ぶっ壊しましょう!」
 レムリアは思ったままを素直に口にした。
 守る、救う、それを是として活動してきた自分自身信じられない言葉であった。
 だがそれは信念であり、真実である、と信じた。
「良く言った魔女っ子!」
 走り出す。火の玉銃のトリガーを右手に、左手には相原の手を引き、走る。階段ホールへ向かい、
 振り向きざま、人々の列柱道路へ向けて発砲。
 充満していたホルムアルデヒドにより、一気に炎が包む。それが追っ手を食い止める。
 階段を下りて行く。
 天井から降りてくる鉄扉がその階段下方に見える。まるでギロチンだ。
「撃つんだ」
「はい」
 火の玉を放つと穴が開き、同時に鉄扉は溶けて歪んだと見られ、動かなくなる。
 くぐり抜けられる空間が、床面近くに残る。男達が転がって抜けるつもりか、姿勢を下げる。
 レムリアは気付いた。
「ゾンビがいる!」
 鉄扉の下から幾つも手が腕が入り込み、鉄扉を幾らか持ち上げ、
 化け物が続々と階段側へ進入してきた。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-108-

←前へ次へ→
 
 ここで建物の消火システムが作動する。天井スプリンクラからの放水、炭酸ガスの噴射、ドア部には遮蔽用シャッターが降りてくる。
『連射モードを使え。スコープの視線指示か、さもなきゃグリップの上にスライドスイッチがあるだろ』
 アリスタルコスのアドバイスであった。炎の中から歩き出てくる。
 相原同様、銃でぶん殴ったら銃身が曲がってしまい、ガラスの破片を剣にして目を刺した、と彼は言った。
 果たして、銃把の付け根で親指を這わせると確かにスイッチがある。
「指で弾いて右へ回せ」
 これは相原。
 言われた通りにカチッと動かし、発砲。
 火の玉が連発する。床面に穿たれた溝は次第に深まり、そこへざぁっと音を立ててホルマリンが流れ込み、気化して火が入る。
 ラングレヌスが炎の中から転がり出てきた。
 彼はレールガンの銃身がメンテナンス用にステップラ(いわゆるホチキス)よろしく開くことを利用し、そこにガラスの破片を大量に挟み込んで携えていた。古代人が棍棒に黒曜石を埋め込んでいたのと同じだ。
 追って出てきた怪物は火炎に包まれている。眼球を同様に破壊されたようである。
 ラングレヌスがとどめとばかりガラスの銃を振り上げ、殴りかかろうとし、
 床面に穴が開く。
 レムリアは感知した。落ちる。
 プラズマの作る超高温、生じた貫通孔、そしてホルマリン燃焼熱は鉄骨を溶融させ、構造体の強度を奪ったようである。
 床が抜けて下に落ちる。
 炎と、怪物と、沢山の人々と、
 自分たち。
 折しも外の兵士達が戻って来、建物に躍り込んだところであった。その頭の上へ、釜の底が抜け落ちたわけだ。
 錬磨の傭兵達もさすがにパニックになったと見られる。闇雲に銃弾が飛び交い、そこここで悲鳴が生じる。
 比して。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-107-

←前へ次へ→
 
 自分が、銃を手にする。
 人体に照準できないとは言え、殺傷能力自体は充分に有する本物である。
 躊躇一瞬。
 船からピン。
『北北東より戦闘機群が接近、対応に移る。傭兵達は火器をほぼ撃ち尽くしたと見られるが、一部戦闘能力を維持している模様。そちらへ向かっている。建物まで3分』
 覚醒感が訪れる。自分の思惟は間違っている。
 不要な躊躇い。
 
 引き金を、引く。
 
 無照準防衛発砲。
 誘電加熱炉が生成した1億度の荷電火球が、レールガンと同一原理で加速され、銃口から射出される。
 発射の反動でレムリアは弾き飛ばされ、相原に衝突し、二人一緒に床面をスライドする。
 プラズマの熱は、ホルマリンからホルムアルデヒドを生じさせ、そして引火した。
 爆発する。
 紅蓮の炎が文字通り波打ち、走り、高温に舐められた他のガラスカプセルが次々熱変形を受けて割れ、更なる発火に至る。
 猛火がゾンビと双子をも飲み込む。
 ホルマリンとは異なる炎があった。
 動く人型。……燃えながらも尚動く真の怪物。
 生命の存在意義を全て否定する、地獄からの死者。
 テレパシー一閃。
〈床に穴を〉
 ゾンビの行方に落とし穴を作れ。相原の意志。彼は頭部が割れたか顔面に血を流し、鼻血を流し、眼球が小刻みに震えている。
 それでも、自分たちを守ろうと。
 この状態、自分が動かず誰に出来る。
 レムリアは超銃を両手に持った。無敵のエクスカリバーを手にしたアーサー王を思い出す。しかし、銃把を握って持ち上げようとするが、いかんせん重くて長くままならぬ。
 銃口は床面を向いたまま。
「そのまま、ぶっ放せ」
 相原が言い、壁に背中を押しつけながら両足を伸ばし、ズルズルと立ち上がった。
 もたれながら立ち、レムリアの両腕をがっちり抑える。
 反動対策。
「床面火の玉突っ走って削れるだろう。何度かやれば下まで通じる」
「はい」
 言われた通り、引き金を引く。痺れるような反動だが、相原の腕と身体によって分散される。
 火の玉が床面をえぐりながら突っ走る。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-106-

←前へ次へ→
 
 レムリアは結論した。
 生きて、無い。
 だから、テレパシーが反応しない。すなわち。
「ゾンビ」
 出来るのか。SFで良く見るが、それこそ特撮映画の〝アルゴ探検隊の冒険〟には骸骨戦士が登場するが。
 現代技術は本当に出来るのか。
 思い出すのは、脳波で動くオモチャ。
 電子撮像データを、脳で視覚に再生させる技術。
 神経と電気ケーブルを接続し、脳の指令で動く人工四肢。
 例のクジラはその応用で子宮内の生物兵器カプセルを〝出産〟させるものだろう。
 それら技術を総合すれば。
〈レムリア何が?〉
 セレネの心配。
〈燃やせ!〉
 相原の意志。彼は言葉にしたかったことを、テレパシーで寄越した。
 以上、相原が投げ飛ばされてより、時間にして1秒。
「燃やしましょう!」
 双子に聞こえるよう声を出す。
 首の傾いた化け物が動き出す。
 自分は小柄で銃を背負っていない。だから男達より早く動ける。……先ほど聞かされた根拠を、レムリアは体感した。
 他方、化け物の動作がやや緩慢になったのも確かであろう。顔面が正面に向いてないため真っ直ぐ進めず、しかも頭部の左半分にダメージを受けた結果、右半身の動作が鈍い。
 スローモーションでゴリラに殴りかかられるようであった。
 自由に動くそれの左腕が、レムリアを捉えようとし、しかし捉えることは出来ず、空を切り、標本カプセルへ向かってバランスを崩して突っ込んで行く。
 レムリアは腕の下をくぐり、相原の傍らめがけて床面をスライディングした。正確には床面の緑の体液で滑ったのだが、結果としてヘッドスライディングと同じ状況になった。
 背後で破壊音。強大な殴打を受けた標本カプセルが割れた。
 ホルマリン作業は火気厳禁である。つまり、逆に言えば。
 水槽が倒れる有様に似て、ホルマリンをざあっと流出させながら、カプセルが床面で砕ける。
 標本人体が放り出されたとき、レムリアは相原の傍らにあり、彼が手放さなかったプラズマガンの先端をそちらに向けていた。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-105-

←前へ次へ→
 
 発砲されないと判断したか、ゴリラのようなモノは、レムリア達二人との距離に対し、
 一気に跳躍を図った。
 肉塊が宙を飛んでくる。そこでレムリアは気付く。テレパシーが反応しないのだ。この化け物達から人の意志・思考を感じない。
 薬物?……否。
 異様な印象。相原危ない!
「この化け物め」
 彼は低く呟いた。
 サムライが宿った。レムリアは感じた。
 相原は銃把銃身をひっくり返して逆様に持ち、銃を棍棒よろしく殴りかかった。
 それはボールよろしく飛来する肉塊に対し、バットスイングの要領であり、その相対速度、及び、肉塊と銃器の双方の質量は、充分殺人に達する運動エネルギを持ちうると言えた。
 爆発に似た音であった。
 そして、信じがたい光景がそこにあった。
 殴られたそのモノの、首から上は、ほぼ直角に折れ曲がっていた。
 人形の首を横にひねり、更に奥方へ折り曲げて破損した有様に似ていた。右耳が背中に付くまで曲がっており、銃把は顔面側部、左耳朶の下部を陥没させ、めり込んでいた。頸椎も頭蓋骨も損傷を受けたことは明らかだった。
 だが、その化け物は、そこに人間然として立っていた。
 激しい出血の代わりに、得体の知れぬ緑の液体が耳孔から流出していた。
 殺害し損ねた、と相原が気付いたであろう次の瞬間、その生物は己れを殴打した銃把を手でのけた。
「逃げろ!」
 相原が叫びながら銃ごと弾き飛ばされる。彼の身体は部屋の床面を何度も転がり、背中と後頭部を壁面にしたたか打ち付け、そのままぐんにゃりとなってしまう。彼はその状態で自分に目を向け、何か言おうとし、動こうとするが、どうやら身体がいうことを聞かない。
 相原という盾がいなくなって。
 レムリアが見たのは、首の曲がったそのモノと、その向こうでそれぞれもみ合う双子。
 首の曲がったそれが、身体の向きを斜めに変え、目玉がぎょろりと自分に向いた。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-104-

←前へ次へ→
 
 子供が、公園で、大きなカエルをコンクリートに叩き付けるという、残虐行為を見たことがある。
 確信を持って振り返る。
 記憶とよく似た音を立てて、何かが、自分たちの開けた穴を通じて、落ちてきた。
 いや、飛び降りてきたのであった。その着地音が巨大なカエル……に近似なのであった。
 それは、一見するとゴリラが二頭、双子の巨漢にそれぞれ襲いかかるような様子に見えた。
 ゴリラではなかった。
 人間であった。ゴリラのような体格……すなわち、猛々しいまでの筋肉に全身を覆われた無着衣の男であった。
 背後から不意を突かれたことと、その体格故の怪力もあろう、屈強なファランクス達が羽交い締めにされ、床面に押し倒される。
 ゴリラのようなモノは、もう一体いた。計3体。
 そのモノの目は、自分と相原の間を行き来していた。想定外で戸惑っているような気がしたが、彼我の距離を計測する機械の動作にも思えた。
 その視界に、相原が割って入った。
 彼は、自分の前に身を挺した。
 ファランクス二人に比して失礼でも何でも無く、相原は吹けば飛ぶような体格に感ぜられた。
 だが、彼がひ弱で頼りないとは感じなかった。
 何か、スイッチが入るような印象があり、相原の体躯が目に見えて縮まり、しかしそれはコンパクトに引き締まったように見えた。
 相原は、手にした銃を、プラズマの先端を、そのモノに差し向けた。
 彼が、自分を守るために、殺人者を選択した瞬間であった。
 男は女を守るもの。男性原理の発露であった。
 だがしかし。
「だめか!」
 引き金を引いても安全ロック……人体誤射回避機能。銃の形だが、救助活動に際し必要な破壊を行うため、取り回しの良さから銃の形態を取っているだけ。救助支援装置の限界。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-103-

←前へ次へ→
 
「そのヘルムズだろ。オレも知ってる。名誉白人とかいうありがたい称号を頂戴した覚えがあるぜ。牛食いの白豚の分際で猿にえらそうな口聞くなってな。おっと豚さんに失礼だ」
 相原は銃のスコープで写真を覗き、唾棄する勢いで笑った。
「全部繋がったぜ。この上院議員サマの人脈でガンシップは手に入る。Xバンドに割り込める。捕鯨反対で集めた潤沢な資金で人種殲滅研究所も運営できると」
 そこにドクターが続ける。
『だがクジラ誘導電波の発信元は攪乱されて突き止められない。現在最新のクジラの位置と針路は……』
 この島を含む大陸南縁島弧の東側に海溝がある。そこで途切れている。
「それなら海溝深淵へ潜った可能性が高いです」
 レムリアは口を挟んだ。彼らが深海に棲息する巨大イカを食うのは知られた話。
 ただ、指示による潜水か、クジラ自身の意志によるものかは不明。
「なるほど。まぁ最悪の想定としてこの島に差し向けたと仮定しておけばいいか。しかし……本尊は合衆国さんかよ。どこにでも出てくるなあの国は」
 相原が舌打ち。事実としては、21世紀初頭現在世界で最も強大で、強大故に自らを基準と自負し、自負に基づき横暴を働く自由主義の盟主。
 その最も負の側面が人種差別であり、キリスト教原理主義とも言える偏狭な非科学的権威主義である。神の名の元に正義を振りかざす構図は、彼らが敵視するテロリスト達の主張行動と実は何ら変わりない。
 その時。
-危ない-
 それが自分のテレパシーが発した緊急警報であることにレムリアは気付いた。
 自分たちが攻撃対象であること。その危難は間近に迫っていること。
 但し、各自が身に付けている哨戒装置は反応していない。銃器の照準を当てられたわけではない。
 だが、それは、すぐそばに。
 連想で呼び出された音と記憶があった。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-102-

←前へ次へ→
 
「この研究所は誰の肝いりだって?」
 アリスタルコスが言い、周囲を見回して警戒。相原の考えをテレパシーで覗いて曰く、炭酸ガスの放出停止はセキュリティが別の段階に遷移したことの証左だろう。3階と2階が貫通したことで必要な濃度に達せず、異常と判断されたに相違ない。但し〝1フロアぶち抜かれる〟ことまで想定したセキュリティかどうかは判らぬ。
 レムリアは頷いた。男達の放つ気配が張り詰めている。その時、レムリアは自分の能力が今こそモノを言うときであるという示唆……啓示を得た。
 アリスの問いに対する答えはそこにあった。レムリアは部屋の奥を真っ直ぐ指さす。
 写真パネルがある。この研究所を背景に記念撮影。
 奥まっていて少し暗い。相原が例のLED照明弾を至近に撃ち込んだ。
 照らし出された狂気の面々。全てコーカソイド人種。
 一人、レムリアは知っている。なぜなら。
「ヘルムズ・J」
 おぞましさ故に、口にしたくなかった名前。写真の最前列中央、紅潮した顔色で写っている少々肥満の男。
 船からピン。
『今ので人物相関の答えが出た』
 それは、相原が船のコンピュータに命じて解析させていた人的つながり。
 ヘルムズ・J。合衆国上院議員。
 反共産・進化論反対・銃器協会の終身参与。
 白人至上主義。
 20世紀末、植民地支配の終末期、なおもって人種差別政策を掲げる傀儡政権国家で、アフリカ系住民(すなわち黒人)が蜂起、政権は国際世論の批判を受け、共和制への移行を表明した。この際、「少数の白人が生命の危機にさらされる政策には反対する」と合衆国議会で発言し、物議を醸した真正レイシスト。
 自称、最大の愛国者・真保守派。但し、極右ゆえに政府内部、軍関係者に人脈多し。
「こいつあれか、議会で一悶着あって、ローデシアに『我が国は貴殿の亡命を受け入れる』と誘われたあのヘルムズか」
 アリスタルコスが唾棄するように。ローデシアは過去に存在した同様な差別国家。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-101-

←前へ次へ→
 

12

 
 ※注意:人体損壊に伴うグロテスクな表現が含まれる
 
 2階か地下かと連中は言った。
 その2階で彼らが見たもの。
 薄暗い部屋である。正方形の床材が一面敷かれた白い床。蛍光灯が等間隔で並ぶ白い天井。窓は無く、壁面はコンクリートに白一色。要するに四角四面の白い箱。彼らはその天井に穴を開けた形。
 その、部屋の中にあったもの。
 紡錘形のガラスカプセルに、水中花のように原型を留め置かれた人体標本。
 特徴的な皮膚の表面状態から、ホルマリン漬けとレムリアは即断した。
 そんな標本がズラリと並ぶ。人の形を模した置物として、例えばロシアのマトリョーシカは有名だが、それに近い態様で、本物の人体がズラリと並ぶ。
 各カプセルには小さなアルミのプレートが貼ってあり、国名、民族名、性別、年齢、菌やウィルスと思しきラテン語の学名が記されている。
 植え付けて経過を観察した人体実験と見れば合点がいった。
「発狂してもいいかオレ」
 ラングレヌス。
「そりゃ人体ここまで粗末にできりゃクジラの子宮に生物兵器抱かせるくらい何とも思わんな。クジラは利口な生き物です……だから人体で培った技術が転用しやすい」
 相原が言った。人は一般に死体や損壊を受けた人体には恐怖や不快感を持つものだ。それは、死への本能的な恐怖に基づく反応と言われる。平和な国の住人の彼には尚のことだろう。しかし彼は憤りが先に来たようで、反映してか銃持つ手に力が入り、今にも振り向けんばかり。応じて、環境ウエアの目の部分、透過型ディスプレイの片隅に、照準・索敵に関する機能が動いた旨、表示が出ている(誰の銃器が実働状態にあるかそれぞれ判るようになっている)。
 その表示の中で出っぱなしだった〝ガス異常〟が消えた。
 船からピン。炭酸ガスの濃度上昇が停止。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-100-

←前へ次へ→
 
 イヤホンにピン。
『そのレンジは無力化できないか?耐環境ウェアはペルチェ繊維だからそれはそれで誘電加熱される』
 ウェアの繊維には電気が流せる。
 比して金属製の器や食器を電子レンジに投入すると何が起こるか、ということ。
「それには電力源への干渉が必要と考える。幾ら船長譲りの能力でも難しい。でも大丈夫だ。床面に直接開口してそこから降りる」
 相原はそう応じた。喋りながらニヤついた辺り、喋る途中で思いついたようであった。
『了解。外組は暴風で倒木を起こして進路妨害した。混乱は惹起したが、いかんせんもう倒す木が無い』
 ドクターの報告を聞きながら、アリスタルコスがレーザの銃口を床面に向け、人間が優に出入りできるサイズの円を描いた。
 穴を開けようというのである。果たして床面は下層の天井までワカサギ釣りの氷のように切られたようで、少し陥没してずれる。
 スポンと落ちればマンガだが、内部構造のバランス上、そううまく行くものでもない。
 引っ掛かっていると思しきところにプラズマを当てる。するとまた少しずれ、今度はそのままズルズル引きずるように自重でずり下がり、
 ラングレヌスが飛び乗って、その衝撃で大穴が貫通した。
 ラングレヌスを乗せたまま、配管類を挟んだコンクリートのハンバーガーが落下して行く。
 建物を揺るがす衝撃と音響。少し遅れて再度警報ベルが鳴り響き、今度は照明が点いた。
 イヤホンにピン。研究所から警報が発せられた。
『恐らく本拠地に対して、戦闘の応援要請を含むものと見られます』
 めいめいピンだけ返す。承知したの意。
 警戒レベルが突入時と変わったと言うことだろう。程なく、自分たちの照準装置も警報を発した。
「状況、ガス。二酸化炭素」
「窒息しろやと」
 今までと逆に照明が点いたのは、兵士共残っていたら窒息前に逃げろと言うことだろう。
「ラング、下はどうだい?」
 相原は尋ねたが反応無し。
「ラングさん!」
 レムリアがギョッとして、尋ねて、返ってきた、彼の〝思い〟。
 思考停止するほどの驚愕。そしてようやく。
「魔女っ子さんよ……」
 呼ぶように。
 何事か、彼らは穴の縁にロープを下げて降下する。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-099-

←前へ次へ→
 
 船から返答。
『3階は……学校程度の排熱があります。居住或いは待機のためのエリアではないでしょうか。なお先ほどの警報に応じ、外へ出ていた重武装の一団が反転、現在研究所まで50メートル。本船での対処は必要ですか?』
「死なない程度に」
『了解しました』
 レムリアはその会話中、超感覚にモノを言わせる。行使したのは、残された持ち物に込められた〝思い〟からその人個人の情報を吸い上げる能力(サイコメトリ)。
 それをフロア全体に行使すると、ここで営まれていた生活が浮かび上がる。好戦的かつ好色な意志が複数存在していたことを示しており、
「ここは兵士達の宿舎エリアですね。全員出動して無人です。その外組でしょう」
「無人は気にくわんな。待機防衛が閉じ込めた連中だけということはねぇだろ」
 アリスタルコス。
「まぁ、進めば判るだろ」
 ラングレヌス。
 双子に先頭を任せ、安全を確保しながら廊下を進む。フロアの中央には広い階段があり、そこから両翼に向かい宿泊スペースが伸びている。
 その中央の階段。双子が銃を構えて前進しようとし、
「待った。階段で何かスキャンしてる」
 相原は双子を呼び止めた。
「装備は反応していないが?」
 レーダや赤外線による探知装置が働いていれば、自分たちの照準装置がそれを感知して警報を出す。
「スキャンという言い方が悪かった。固定電界だ。この階段全体が電子レンジだぜ。2450メガヘルツが充満してる」
 相原は言った。
「何だって?」
 電子レンジは英語名のマイクロウェーブ・オーブンの名の通り、電波によって調理物中の水分を振動させ、その時に生じる熱エネルギで加熱する。
 その電波が階段ホールに満ちている……足を踏み入れるのは巨大電子レンジの中に入るに同じ。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-098-

←前へ次へ→
 
「更に催眠。連中に我々を味方と認識させろ。前進し、連中が入ってきた扉から中へ突入する」
「はい」
 結果、連中が見ているのは、己れら自身と同じ武装・外見の4人が階段を下りてくる姿。
 厳密に言うとレムリアが見ている連中の姿をそのまま連中の意識に返しているので、鏡の中の己れら自身が動いているような状況。
『外組か?』
 傍らを平然と行き過ぎて行く4人に、暗視装置を外した男が尋ねた。
「例の医者はどこだい」
 レムリアは訊いた。但し、相手には男の声として認識されたはずである。
 そして具体的な答えは要らない。そんなこと知るか、ラボ組に訊け、2階か地下だろ……ああはい判ったそれだけで充分。
「俺たちが修理を頼んで来るから、それまで上の扉の進入監視を」
 アリスタルコスが言った。疑われること無くすれ違う。そして、この暗視装置の一団が入ってきたのであろう、開け放した扉から建物内部へ侵入する。
 その扉をプラズマ銃の熱を使って溶接してしまう。
「月がないので催眠の効能は小一時間と見て下さい。2階か地下に研究者がいるようです」
 小一時間。だが、今の連中は閉じ込めたので、時間に意味はあるまい。
「了解。充分だ。操舵室、3階へ入った。3階の情報を求む。なお、2階か地下が研究施設本体の模様」
 相原は言い、イヤホンからピン。
 3階。窓を全部閉めたせいか、中は真っ暗である。背後、溶接された扉の向こうから修理対応の所要時間を求める声……知るか。
 対人反応のうち、閉じ込めた兵士達を示すものをキャンセルし、他に人間がいないか確かめ、相原が例の照明弾を天井に撃ち込む。
 見えたのは定員6~8人というところか、2段ベッドを複数備えた部屋がズラリ。レムリアは寄宿舎を思い浮かべた。相原は〝林間学校〟をイメージしたようである。男達のイメージは空母など戦闘用船舶の兵員居住区。
 
(つづく)

今後の展開

先のエウリーに続き、「出会った・・・」完結で、これで現在走っているのは「アルゴ第2部」だけになります。
当分、コレ含めレムリアの一人舞台です。恋愛ものか童話系1つ2つ・・・とも思っていますが、まだまだタマゴの段階で話としてまとまる状況にありません。
 

さてこのココログ版は「出張所」の名の通り本家(パソコン専用のいわゆる「ホームページ」)から、携帯でも無理なく読めそうな話をピックアップして・・・というコンセプトで、「ココログ小説」の立ち上げに合わせてエントリしたものです。時代は変わり、携帯で見る方が主となる一方、仮にパソコンでココログ版を見ると、細切れでまだるこしいという部分もあります(800字程度ずつアップしてくれということなのでほぼ忠実に守ってます)。
 

そこで、主客ところを変え、搭載する作品の統一を図ると共に、本家はパソコン閲覧用のアーカイブにすることを画策しています。すると何だ、現時点で全部で67本か(アルゴは3部構成まとめて1本)、比してココログは47本。
 
まぁ、ぼちぼち。さて皿洗いしなくちゃ。

【理絵子の小話】出会った頃の話-20・完結-

←前へ理絵子の夜話一覧へ  

 翌朝、セーラー服をスタンダードに身につけた桜井優子は大人びた印象であった。
「お姉さんみたい」
 彼女を見て開口一番、理絵子は言った。
「お前ってホント恥ずかしいこと平気で口にするよな」
 桜井優子は言うと、結んでいたセーラーのスカーフをルーズに緩めた。
「優等生はお前に任せる。これで不良っぽいか?」
「全っ然」
「ちぇ、明日から化粧してやる」
 一緒に登校する。交差点で、坂道で、合流する生徒達からは奇異と驚嘆の目線が集まった。桜井優子が気付いて目線を向けると伏せてそそくさ。
 そこで理絵子は桜井優子の腕に自分の腕を絡めた。
「ゆりゆりの百合子さんじゃないけど」(レズっ娘の意)
 桜井優子が驚いて立ち止まる。
「こういうのイヤ?……だったらごめん」
「別に」
 桜井優子は薄笑みで応じた。と、そこへ二人の背後から猛然と走ってくる足音。
「ジェラシージェラシー妾(わらわ)はジェラシー……」
 蒸気機関車の動作音のように繰り返し、二人の組んだ腕の間に身を投げ込んできたのは前述田島綾。甘い物大好きで応じた体格。ドーンとぶつかって来られると受け止めるのは中々難儀。
 それは田島綾の流儀による身体を使ったギャグであった。自分が一番の親友です。理絵子と腕組む相手に嫉妬、の意。
「あっ……」
 が、その相手は当然、田島綾の知らない相手。人違い、という焦りの表情一瞬。
 馴れ馴れしいに過ぎる初対面に、桜井優子がそれこそ不良の流儀でじろりと見下ろす。しかし、対して田島綾は他の生徒達のようなコソコソした反応は見せなかった。
「てまえ、文芸部腐れ担当、田島綾と申す者。ぶちょーの唇は予約済みですのでご了承を」
 言って警官よろしく敬礼。ちなみに彼女の体重は二人の組まれた腕にずっしり。
 これに桜井優子は呆れたというか吹っ切れたというか、身体をのけぞらせて笑った。
「あっはっは」
「ぶちょー。こちらの姉者(あねじゃ)、妾に紹介せられ」
「桜井優子さん。あたしが変ならあんたも変だと仰せ」
「では手前優子姉(ねえ)の左腕をめしとり」
 3人腕組み。
「女3人で姦しい」
「いや、あんただけだから。私たち寡黙で静謐なオンナ」
「拙者も寡黙で静謐でござる」
「マックスコーヒー飲んでる間だけね」
「お、マックスコーヒーなんてよく知ってるな」
 桜井優子は口元を緩めた。同飲料はこの当時、まだ千葉・茨城限定の缶コーヒー。
「自分、ばぁちゃん家(ち)が千葉でさ、東京には無いんだよな」
 そこで理絵子と田島綾は声を揃えた。
「優子の秘密、一つ知った」
 
出会った頃の話/終
 
→理絵子の夜話一覧へ

→創作物語の館トップへ

 

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-097-

←前へ次へ→
 
 中に入ると警報であろう、ベルがけたたましく鳴り響き、階段踊り場に見えた窓の向こうでシャッターが降り始め、照明が消えた。侵入者を完全な闇に閉じ込める装備であろう。従い、屋内の武装者は暗視装置を装備して〝応対〟しに来ると推定できる。
「動くな」
 アリスタルコスの指示で4人が身を屈めて程なく、暗くなった階段下方で銃声が轟き、跳弾が青い火花を幾度か引いて飛び交い、次いで、その音をかき消すように、重そうな足音の集団。
 出番だ。レムリアは息を吸い込んだ。耐環境ウェアに仕込まれた空気清浄装置越しであり、更に酸素が増量添加されている。
「催眠術を……」
「の前に」
 相原はレムリアを手で制し、壁面めがけてプラズマ銃を発砲した。
 何か狙ったわけではない。その代わり、ただでさえ目を射る白い火の玉の閃光は、暗視装置の増幅を経て兵士達の視神経を冒した。ガスマスク装着に伴う籠もったうなり声が幾つか上がり、闇雲な発砲音がそれに重畳する。
「ここで催眠だ。電気スパークで閃光を見た。その後も火花飛びまくりという幻影を送り込んでやって欲しい。出来るか」
「はい」
 集団催眠の方法。テレパシーで探知した意識や考えに対し、自分の意図や考えを上書きする。
 いわゆる催眠術師が実際どうやっているかは判らぬ。形而上的な機序も知らぬ。ただ、レムリアにとっての〝具体的な〟方法を書き出すとそうなる。
 程なく銃撃が途絶え、警報ベルが停止する。催眠術によって電気事故と誤認し、発砲・警戒の必要は無いと判断したのだろう。
「無力化」
「承知」
 相原の呟きにレーザガンが活躍する。光を出すだけで音は無い。彼らは自分たちの銃器が溶けたり銃身が変形していることに気付きすらしない。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-096-

←前へ次へ→
 
 そして、議論の最後にセレネが言った。
「この活動に関わる全責任はわたくしが負います」
 相原が首を横に振る。
「そんな汚れ役。我々の存続に関わる話で……自分が背負いますよ。個人として罪でも人類としては正しいと信じます」
 相原は自らの胸に手をして言った。
 それは、その姿は、レムリアにしてみれば、彼に二度目に出会ったときの、あの失恋して自暴自棄の様子に似ていた。
「いえ、それはなりません。元はと言えばわたくしの一存でお願いしたご無理。あなたは……何らの咎無く明日のゼミに出なくては」
 セレネは口の端に笑みを刻んだ。……危機を得て逆にニヤニヤしている男達と同じように。
「了解しました……総員出動」
 相原は呆れたように。そして再びのニヤニヤ笑い。
「了解」
「あの……」
 歩き出す男達にレムリアは声を掛けた。
「私も一緒に。ドクターを救い出したい」
「もちろんだ。いやむしろ催眠術を発揮してもらえると有り難い。来て欲しい」
 その3秒後。
 研究所を吹き下ろす暴風が見舞った。設えられたプールが波立ち、気嵐の如く水滴が飛んで周囲にざっと降り注ぎ、敷地を囲む樹木が、根こそぎ倒れる勢いで揺れ動く。
 研究所は外見上3階建てであるが、エレベータの機械室か、部分的に突出し、4階相当になっている部分がある。
 船は空中静止し、4名をその機械室ドア前に下ろし、直ちに中空へ離れた。
 ドア前の彼らに反応したか、ドア上部に設置された赤色灯が点灯・旋回。
「レーザで切るか」
「までもない」
 銃に手を掛けたアリスタルコスの提案を遮り、相原がドアノブを握る。
 バチッ、と、静電気の放電に近似の音がして煙が生じる。電磁ロックを焼損せしめたのである。
 防弾仕様の分厚く重いドアであったが、2メートル100キロが2人揃っていれば苦でもない。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-095-

←前へ次へ→
 
 すると。
『鎌形赤血球ってそれ自体の症状と引き換えにマラリアだか黄熱病だかに耐性あるよな。血液型Bはモンゴロイドに多い。そういう特定の血球を捕まえて広がる病原菌を作ったら?遺伝子じゃねぇ、物理的な形だ。マラリアって赤血球に巣食うんだろ?』
 鎌形赤血球は名の通り〝穴無しドーナツ形〟であるべき赤血球の形が、鎌の刃形に変形する風土病だ。血球が壊れやすいため、酸素運搬能力が低下し、貧血を起こす。代わりに、赤血球の中に入り込むマラリア原虫の増殖を妨げる。
「博士と、村人と、同じ病原菌を注射して人体実験……」
『そういうこと。ワクチンは弱毒化した菌やウィルスの注射だろ?ワクチン打ったので菌が検出されたのは当然です。何かあった時の対外的な言い訳も成り立つわけだよ……さて、兵士達が我々の足跡見つけて騒ぎ出したぜ。ご遺体傷つけてサンプル取る必要はないと結論するがどうだ?証拠は研究所に幾らでもあるだろ』
「そうですね」
 レムリアはうつむいて答えた。研究所を破壊すべきという意識、躊躇の気持ち、悔恨がない混ぜになっている。
 そして何より。
 〝実験〟が終了し、データは取れた。それが被験者当人に露見した。
 結果、医師の受ける処遇は?
 

11

 
 操舵室と生命保持ユニットの間で突入作戦のテレビ会議。決定事項。
 
 ・研究所には屋上から乗り込む
 ・まず、セキュリティに故意に探知させ、応じて戻ってきた兵士たちを無力化する
 ・然るべき研究施設があるはず。探し、何らかの研究サンプルを証拠として収集する
 ・幽閉者がいる場合は救出する
 ・研究所は破壊する
 
「破壊に伴う人身への被害は?」
「破壊に際しては、人的影響の無いことを確認してから行動する」
「研究中のウィルスや病原菌は?」
「内容上、P4(バイオセイフティレベル4と同意。最高位の設備)隔離機構を持つと思われる。可能であればそのまま宇宙へ持ち出して放逐する」
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-094-

←前へ次へ→
 
「フィロウィルスはエボラ出血熱とか、マールブルグ熱なんかで共通のウィルス。だったら、この人たちの症状とも一致する」
 相原の舌打ちが聞こえた。
『私見を述べていいか。君の言葉をそのまま解釈すれば、薬と思って使ったところ、村人は死んでしまい、しかし医師は問題無い。そしてこの猛烈な武装集団。研究所と称しているが親玉は人種差別。これって特定人種だけに作用する生物兵器の開発だろ。核兵器じゃないのは、特定人種を粛正した後自分たち優等人種が住むとこ汚染されるから。それに、核兵器は材料の調合が面倒くさい。どっちが手っ取り早いかって話』
「貧者の核兵器か」
 言ったのはラングレヌス。化学兵器・生物兵器は合成や培養で作ることが出来、大量破壊兵器としての性質は核と同様であることからこう呼ばれる。
『それをクジラの腹に埋め込んで海岸へ上陸。……良くあるだろ、海生哺乳類の迷い込み。捕鯨民族の皆さん迷いクジラどうぞお食べ下さい。エボラだって元々は死んだ動物を口にして広がる系だろ?』
 感染動物をそうと知らず食することで感染する。例のクジラに持たせたとしたら?
 それを、生命のリレーに関わる器官、言わば聖域に抱かせたのだとしたら。消化や免疫によって排出されず、維持される。
「でも人種間でDNAに差違はないはず。特定のどこかを改変することで人種が変わるようなことはない」
 レムリアは反駁(はんばく)した。もちろん、理論的検証よりも、研究所からその旨証拠を見つけ出し……破壊すべき方が優先とは思う。自分一人が駄々こねているような気がする。
 人類が、そんなことを、実際に試みるなど、信じたくないだけか。
 ただ、肌の色は種ではなく、相原自身が言った通り単なる地域対応なのは確かである。現にアフリカで黒い肌を持ちつつもミトコンドリアDNAは北欧系出自の一族が存在する。遺伝子調べても意味はない。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-093-

←前へ次へ→
 
「使ってるハンドサインなどはNATO系だ。船は無線を傍受しているか?」
『してるが反応はない。こいつら声で情報伝達はしてない。指示本隊があるわけではない。独立して動いて、何をどうするかは完全にコイツらにお任せだよ』
「オーケー。武器は最新でドイツとイスラエルが目に付く。着衣装備はCBW(ケミカル・バイオ・ウエポン……化学・生物兵器)戦闘仕様。展開方法や警戒法からして実戦経験豊富と見た。正規軍じゃヤバすぎる任務だし、後腐れのない傭兵部隊だろ。手強いぞ。こっちからは以上だ」
「待って。それで電話には何が?」
 レムリアは訊いた。自分にとって知りたいのはそっち。
『忘れてないよ。留守番電話の応答メッセージの部分に何か録音されている。発音からラテン系までは判ったが。メディカルってのは聞こえた。そのまま流せばいいか』
「はい。お願いします」
 レムリアが答えると、医師の声が流された。聞こえたなりを文字に起こせば、
 Qua sola valent medicamina ista villa.
 Utor medicinae omnes mortui.
 Nec mihi morbi.
 Periculosum.
 Filoviridae.
 ちなみに、この会話の間に、船は研究所の周囲をぐるりと回り、建物の形状、電力の流れ、発熱の有無、気流など測定。一般に人がいれば熱を出すので、建物のどこに人が多いか、目星が付けられる。
 レムリアは訳した結果を口にした。
「確かにラテン語です。一文ずつ行くと、この村には有効な薬だ。死人はみんな薬を使った……いえ、薬を使ったらみんな死んでしまった、でしょう。私は病気にはなっていない。非常に危険だ。そして最後のセンテンスはフィロウィルス」
『え?』
 相原は気付いたらしい。それこそ、先にコンピュータが照合したリストに出てきた。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-092-

←前へ次へ→
 
 兵士のひとりが携えている見慣れぬ物体。
「ミニガンじゃねえか?映画みたいに手持ちしました」
「ハンディは勘弁だ。サイボーグかよ」
 それは一見するとバズーカ砲を小脇に抱えたような印象である。だが、そこから電気ケーブルが伸びて別の兵士の背中の箱に繋がっている。多大な電気を食い、2人がかりでオペレーションするということか。なお、ミニガン(Mini-Gun)とはガトリング式電動高速機関銃を指す。6本の銃身を束ねて輪ゴムでまとめたような形態で、ドリルのように回転しながら1分に6000発という弾丸を射出する。戦闘機や戦闘車両に搭載され、文字通りの〝弾幕〟を形成するのが主用途だが、ハリウッド映画で人間やサイボーグに持たされて登場した(実際には重量と反動のため手持ちで使うのは不可能である)。
 それと似ているが違う。ただ、異様な武器であることは確かである。
 動画に戻る。兵隊達が一斉に動いたからである。その異様な武器の後ろ側に移動する。
 武器による影響を避けるように。つまり、それを発砲するつもり。
「相原見てるか」
 アリスタルコスが言った。
『ああ、電気で動くぞこれ。キャパシタか何かにチャージしてる。電話の解析は終わった。こいつの後に報告する』
 相原の言葉が終わりかけた時、異様な武器が作動した。
 兵士が、あたかも丸太振り回すようにその砲体を左から右へぐるりと回し、応じてそこここで火遊びのような煙が生じる。
 目に見えぬ、何か熱線が放射され、煙を上げさせたと考えれば合点が行く。
「今緑色の光が見えた気が……」
 レムリアは気付いて言った。
『おお良く見えたね。これはレーザ光線。銅蒸気レーザだよ』
 相原が言って寄越した。
『加工機用か何かの発振部を持ち出したんじゃないか?レーザ砲を実戦使用してる部隊なんざ聞いたことがない。異常な部隊だから試験的なことやりたい放題と見たが。この軍隊の練度はどうだい』
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-091-

←前へ次へ→
 
『各員動くな、二波、三波を探知。油断させるためこのまま受ける』
 現代戦は空爆で大規模に叩き、相手の戦闘能力を奪ってから、歩兵による占拠・実効支配に移る。相次ぐミサイル攻撃は、それをセオリー通り仕掛けてきたと言えた。
 ミサイルが上空より次々飛来し、シールドで爆発して花火の乱舞さながらの様相を呈す。地面が揺れ、クレーターが生じ、燃える破片が飛び散り、周りの木々が折られて倒れ、火炎に包まれる。
『ミサイルはここまでだ。20人ほどの小隊接近。引き続き武装と兵力の確認を行う』
「了解。浮上して透過シールド。研究所の上へ移動されたい。我々はこのまま再度外へ出て研究所への侵入を図る。その前に携帯電話のメモリ内容を解析したい」
『心得た。しかし今一人共同解析を……出来ればお前が来い』
 相原は躊躇を見せたが、電子回路の解析であり、船長の能力を身に付けた相原は立ち会った方が良い。
「気にせず行け。連中の練度と武装の見極めは俺たちがやる」
 練度(れんど)……軍隊としてのレベルの高さ。
 アリスタルコスの発言を得て、レムリアは相原に携帯電話の基板を託す。
「お願い」
「了解」
 相原は洗浄エリアを通り、ウェアを脱ぎ、操舵室へ走る。
 一方、ユニットのモニタには、小屋の周辺を見回る兵士達の姿が映った。
 迷彩服にガスマスク、手にした銃器はサブマシンガン。一見して高機能な照準装置を備えており、先進国の銃器メーカによる新型とすぐ判る。手に持っている者と、小脇に抱えた者とがいるが、どちらでも使える設計らしい。
 機動性を維持しつつ、望みうる最重の武装であろう。しかしレムリアが抱いた率直な印象は、エサを求めて徘徊するハイエナの群れ。
「なんだありゃ」
 アリスタルコスが声を出し、その直後、画面がストップモーション。
 
(つづく)

【理絵子の小話】出会った頃の話-19-

←前へ次へ→
 
 中学生と男D、戦意喪失。
「まだやるか?」
「さらせっ!」
 脊髄反射と言って良いだろう、彼氏はしゃがみ、そのまま横に這い、男Cのレーザポインタを手にした。
 レーザ照射。バットで反射。
 理絵子は囁く。
「お二人は殺虫剤とライターを用意して欲しい」
「わかった」
「了解」
 桜井優子が店内に戻る。理絵子は塩酸洗剤をバットの頂部に垂らす。
 アルミのバットに塩酸。
 化学式は省く。要するに反応して水素が生じる。熱が出て白煙。
 バットの頂部に穴が開いたので洗剤のボトルを天地逆さにズボッと押し込む。
 洗剤がしたたり落ちる音を確認し、竹とんぼよろしくバットを両手で挟んで回す。
「畜生!」
 作業の不気味さの故か、レーザでは無理と判じたか、彼氏は中学生の原付バイクに向かって走り、またがった。
 その足もとから手にしたのはバイクの駆動用チェーン。じゃらじゃらと威嚇的に振り回し、エンジン始動。
「りえぼー」
 桜井優子が殺虫剤を持ってきた。
「噴射!」
「おう」
「マスター」
「火炎放射器か!」
 殺虫剤のスプレーはライターの火を得て炎の柱を吹いた。
 バイクが動き、チェーンがむち打ちの要領で飛んでくる。
 ジェットの如き炎が、バットに刺さった洗剤ボトルを舐めた。
 バット内部に充満していた水素ガスに火が入る。
 体のいいバズーカ砲であった。
 巨大なビニール袋を破裂させたに近似の音がし、洗剤ボトルは白煙を吹いて宙を飛んだ。
 彼氏の顔を打ち、彼氏の首が明後日の方向に曲がり、バイクのハンドルが急に曲げられ、
 彼氏は地面に投げ出された。
 その首根っこをマスターが鉄パイプで抑え、制圧。
「まだやるか」
 彼氏、無言。最も、苦しげにもがいているので、息が出来ず声が出ないのかも知れぬ。
「お前、殺されたくなかったら消えな。それが自分がしてやれる最後だ」
 桜井優子は鉄パイプで指し示しながら言った。
 
(次回・最終回)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-090-

←前へ次へ→
 
「で、オイラは携帯電話をぶっちぎりました。突然電波が無くなりました」
「電池切れと思うのでは?」
「その前に着信があったわけで。南極の騒ぎは知ってるはずなわけで。そもそもそれ故の医師の拉致だろ、どう見ても」
「因果関係があるんじゃないかと疑って当然か」
 レムリアは下唇を噛んだ。自分が医師への電話を躊躇った理由。
 対して、この男達は不利な情報をニヤニヤ笑いながら喋りあっている。
 少し気が軽くなったのは何故か。
 イヤホンにピン。セレネ。
『研究所より大量の人間が出てきました。武装集団と思われます』
「一個小隊か」
「そんなところだな」
 双子が言い合い、小屋から一歩離れる。
 引き続きピン、シュレーター。
『地対地ミサイル。着弾まで40秒。動くな割り込む』
 その位通常なら銃器で応じる。しかし今、周りは森林であって、飛んでくる姿は見えない。
 男達3人は背中を三角形に合わせて立ち、その三角形にレムリアを収めた。
「シーカー探知。各自スコープに出す」
 相原が言った。シーカーは索敵装置。索敵用の電波なり音波なりを受信した、の意味。
 つまり、自分たちは敵に発見された。
 だが、程なく暴風が小屋を揺さぶった。
 言うまでもなくアルゴ号である。小屋の周囲の諸々をなぎ倒し、揺さぶり、吹き飛ばして上空から舞い降りる。
 自分たちの存在がバレたなら、周囲の保護は最早必要ない。
 船底着地。
『戻れ』
 未知細菌等を付着させた可能性もあるので生命保持ユニットに乗り込み、光圧シールドを張る。ラグビーボール形の光の膜が生じ、大地を削って穿ち、その際診療小屋も損壊させるが仕方がない。
 上からミサイルが降ってきてシールドに命中し、爆発する。その火炎が煽られるように吹き飛ぶ。SFの概念であった遮蔽膜・バリアそのものが今ここに形成されている。彼らは保持ユニット内の液晶モニタで状況を確認。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-089-

←前へ次へ→
 
「電話に何かメッセージがメモってあるとか、録音してあるとか、だと思います」
 レムリアは言った。
「船で解析しよう。本体だけあればいい。オレのラジオでも出来るか判らんが、不用意に干渉して壊したら元も子もない」
 相原は言いながら、部材間の配線コネクタを引き抜き、電話機の頭脳、主プロセサが貼り付いたプリント基板をレムリアに持たせた。
「落とすな。走れば君が一番早い」
 自分は重い銃を背負ってない。ウェアも小柄相応に軽い。
 それは、いざとなったら自分だけ生き残れという意味でもある。
 そんなこと言って欲しくない。だが、チームとは恐らくそういうもの。自分の感傷はお門違い。
「了解」
 ウェア腰部のポーチに収めてロックする。
「さて名誉船長さんよ」
 アリスタルコスが相原を呼ぶ。
「ああ、順調すぎる。イヤな感じだ」
 対し相原はそう応じた。
「その通りだぜ。オレはワナにはまった気がしてしょうがねぇ」
「ワザと探らせるってヤツか?」
 男達が銃持つ手指に力を入れ、小屋の入り口に立ち、ぐるり見回す。
 晴天。木立が風に揺れている。鳥の声と、足もとに広がる無造作な痛々しい。
 平和そうに見える異常な風景。
「テレパス感じるか」
「いえ……」
 テレパシーは人の意識を捉えてはいない。
 だが確かに、スムーズに何事もなく帰れるという気がしない。
「動くのは危険な気がします」
 レムリアはそう口にし、セレネと交感を試みた。
 返ってきたのは……〈息を潜めて〉。
 相原が言う。
「そのお医者の携帯電話は普通のセルラーなんだよな。そしてここは島だ。大陸から電波が届くと思わない。島である以上アンテナを持ってる。通信は全てそこを通る」
 セルラーとは地上局と通信する通常の携帯電話のこと。
「そりゃ全部傍受可能って事じゃないか」
 ラングレヌスが言った。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-088-

←前へ次へ→
 
 そして薬品棚の上を指さす。砂とホコリで真っ白のラジオカセット。1970年代のデザイン。
「ラジオだぞ」
「いやその中だ。CDMAのキャリアとブルートゥースのスキャンパルスを出してる」
「何だって?」
 相原の専門用語はそれぞれ携帯電話の電波方式、ワイヤレス機器用の近傍通信規格。
 果たしてラングレヌスが上背にものを言わせてラジカセを持ち上げると、外見の割りに軽い。
 レーザでカットして開いたら、プリント基板とスピーカー、液晶画面。それらを繋ぐ平面ケーブル。
 ボタンレス端末、いわゆるスマートフォンを分解したと見られる。但し、タッチパネルの用をなすスイッチシート部分ははぎ取られており、操作は不可能。
 その画面には着信有りの表示。レムリアの衛星携帯の番号。
「これは……電話の中身だけ入れてあるということか」
 本体はこちらに置き、音はスピーカーのスリットから、話す際はブルートゥースによるコードレスのヘッドセットを使って、と推察される。
「隠しておく必要があったということだな」
 その間にレムリアは机の周囲を調べる。何か事象の説明に繋がる手がかりはないか。
 電話を隠す……事前に何か把握していた証拠。
 机の引き出しを引き出す。そして気付く。超常感覚。
 引き出しを取り外して裏返す。机自体の古さの割に新しすぎる傷あり。
 幾何学的な文様に見えたので鉛筆でゴシゴシ擦ると、傷で凹んだ部分が文字として浮き上がった。
 ラテン語。「死体に触るな」「遠隔」「会話」「遠隔」「会話」「参照」とある。遠隔会話は電話の意であろうが。
「2回書いてあるのは?」
「もう一個はラジオの意味だろ」
 ラテン語は古代語であって、電話やラジオに相当する単語はない。ラテン語にしたのは仮に見つかっても容易に解読不能とするためか。
 そして、触るな。亡くなった人びとの症状と照らして、何かしら感染と見るべき。伝染防止。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-087-

←前へ次へ→
 
「……リアルすぎる映画みたいだ。こんなもん着てるから本物という認識が薄いんだろうが」
 相原がひとりごちる。失礼しますよと言いながら、横たわる遺体の間を右へ左へ。なるほどゲームプレイヤーの様な感覚なのだ。
 ウェアで遮断されているが故に。
「あれか」
 先頭アリスが銃口で指し示すのは陽炎の向こう、上空からキャッチした自転車。
 陽炎……外の気温はかなり高い。遺体の変容は早く進む。
「お前ら待て」
 近付いたところで、ラングレヌスが一行を制す。
「オレに行かせろ。ワナでした、気付いたときにはドカンじゃ洒落にならねえ」
 相原とアリスタルコスが背中合わせになり、間にレムリアを挟んで銃を構える。
 ラングレヌスはレールガンの引き金に手を掛け、自転車のある建物、サイズ的には小屋に一人近づく。
「レーダスキャン、対人反応無し。体温赤外線、鼓動センス無反応。無人或いは存命の人間は皆無と見られる。突入する。アリス援護」
「了解」
 ラングレヌスは背後にアリスタルコスを得ると、小屋の中に突入した。
 銃を上下左右に振りながら確認。
「中は無人。床面に大量の血痕あり」
 ああ……レムリアは目を閉じる。最も、誰かいるなら、自分の能力が先に反応するだろう。
 ラングレヌスに手招きされ、小屋に入る。手作りっぽい木の椅子と机、棚の薬品などから診療所と推察される。
 だが薬品は散乱し瓶は割れ、カルテとおぼしき走り書きの書類が無造作に散らばり、その血痕の中に落ちて血糊が染み込んでいる。
 血痕は黒く変色し、ほぼ固まっており、水分はない。出来事は今日中に生じた、という程度の判断で良いと見られる。
「電話が見つからんが?」
 ラングレヌスの言葉に相原が頷く。そして部屋の中心に立ち、目を閉じ、ぐるりとレーダのように首を回す。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-086-

←前へ次へ→
 
 シュレーターが言った。つまり、その知り合いの医者の電話が、この集落の中にあることを意味する。
「本当ですか?」
「ああ。位置を特定した。現在位置より212メートル北方」
「本当に間近ですね」
 上空から撮影した画像にカーソルが表示される。それは集落の中では比較的大きなサイズの建屋であり、自転車とおぼしき構造体が映っている。
 電話は出ない。
「行ってみればいい」
 相原が言った。
「船での移動はできんぞ。木立が密集していて狭すぎる。なぎ倒して行くことは可能だが」
 シュレーターが躊躇。
「意図した殺人だったら監視してるぜ。音立てるのは禁物だ」
 アリスタルコスが言ってコンソールから歩き出す。下船して212メートル歩く気である。
「待てよ」
 ラングレヌスが続いて席を立つ。
「君はどうする?」
 更に相原が大扉へと向かいながら、レムリアに訊いた。
 一緒に来るかどうか。
「当然。降りて待ってて」
「上等」
 相原は小さく笑い、先に操舵室を出た。
 しかし、船外に出たのはレムリアの方が先になった。
 後から昇降スロープを降りてきたのは、防弾仕様の黒い耐環境ウェアに身を包み、超銃を背負った日本の青年。
 その彼を、これから、死体が転がる中歩かせなくちゃならない。
 されどまるで自分より遙かに経験豊富であるかのようだ……何度目か抱く同じ感想。好きなことはすぐ覚えて、場合により玄人はだし。男の子にはそんな傾向が誰しも少なからずあるとも聞くが。
 以下会話は無線越し。
「先にそのお医者の所行ってみるか?」
「はい」
 医師が診察等を通じて何か情報を掴んでいるなら、遺体に手を掛ける必要はない。
 大男、レムリア、相原、大男の順で並んで進む。それぞれ手にした大砲3種。後ろ二人は横警戒と背後警戒。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-085-

←前へ次へ→
 
 外気を導入し、生命保持ユニットに導き、分析システムに通す。
 正面スクリーンに画面が一つ開き、文字列が走る。次々に化学式が表示され、スペースをおいて、NO。すなわち、検出されず。
「フッ化カリウム、エチレンクロロヒドリン、ジメチルアミン、塩酸ジメチルアミン、フッ化水素……」
 同様に病原菌、ウィルスの有無も検索。結果。
「オールクリア。大気中からはCWC該当化学製剤、BWC該当細菌製剤、生物、毒素、サブユニットは検出されず」
 相原が言った。CWCとは化学兵器禁止条約、BWCは生物兵器禁止条約。すなわちそれら兵器に用いられるような毒物や細菌・ウィルスは検出されなかった。
 その間、レムリアは船外カメラをあちこち動かし、倒れた人々の様相を追った。
 とにかく出血がひどい。口腔、鼻腔、眼窩、耳……およそ人体が有する穴状の部位は勿論、人により手足の爪先や関節などからも出血した痕跡が見て取れる。なお、遺体は血液こそ赤黒く凝固しているが、眠っているようにも見える外観であり、そう時間は経っていない。長く見積もっても数日以内。
「こういうの出血熱って奴だっけか」
 相原は言った。
「その通り。空気に問題がないなら、これ以上の調査は体内のリンパや血液での調査が必要。でも」
 亡くなった方においそれと触れていいものか。
 弄ぶような気がして背筋が寒くなる。
「知り合いがいると言ったね。協力を仰げないのか?て言うか、こうなってること把握できてないのか?研究所は」
 相原の言にレムリアは躊躇しつつ、自コンソール下部からケーブルを引き出して衛星携帯電話を接続、発呼した。
 電話が繋がる……と、意外な情報が船よりもたらされた。
「着信しているセルラー(一般的な携帯電話のこと)がこの至近にあるぞ」
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-084-

←前へ次へ→
 
「ここには知り合いの医者がいて、正直、疑いたくはなかったんですが」
 レムリアは言い、自分のコンソールでトラックボールをいじって、画面の中央、火山の北東斜面をズームした。
 南半球は北向きの斜面が日当たりの条件が良く、山がある場合、人間を含めた動植物はまずそちらから定住を始める。
「えっ?」
 レムリアは気付いて思わず声を上げた。そこは家とおぼしき草を葺いた建造物が等間隔で配置されている。ズームアップするが限界まで望遠側にしても画素が荒く、必要な情報を得るには至らず。
「これってリアルタイム画像、ですよね」
 レムリアはクルーを振り返り、誰にともなく訊いた。
「もちろん。間近で見たいか?」
「ええ」
「移動する。良いか相原」
 シュレーターが確認を取る。船は現在研究所直上。
「構わない。移動」
「了解」
 レムリアはその声を聞き、ズーム位置にマークする。
 船がマーク位置を目的地と指定し、スッと移動。
 そして、映し出された光景に、一同は息を呑んだ。
 家並みの周囲のそこここに、点々と横たわる人体。
 狩猟採集の民族であり、着衣は腰部を除き身に付けていない。
 船によれば体表温が気温と一致しており、従って、映っている全員が事切れて久しいと判じる。そして、それぞれの身体の周りには夥しく出血した痕跡。
「戦闘?」
 レムリアは大男達に尋ねた。
「違うな。身体に傷跡がないだろ?それに建物も破壊されていない。足跡が入り乱れてもいない」
「火山性ガス」
 これは相原。
「か、病気だね。船を降ろして外気を収集分析したい」
 レムリアは言い、相原の方を見て了解を求めた。
「了解した。ドクター、透過シールド保持。現状確保のため暴風を回避しセイルで滑空降下」
「了解」
 船はセイルを翼に使い、トンビの如く円を描きながら降下し、集落上部を覆う木枝のすき間から割り入って着地した。
 
(つづく)

【理絵子の小話】出会った頃の話-18-

←前へ次へ→
 
 規格外に強いレーザポインタ。理絵子は男Cが光条で桜井優子の目を射ると知り、スプーンで反射させたのである。
 そして光は反射され男Cの目を撃ち、男達の目がそこへ向いた。
 刹那、理絵子は湯気立つコーヒーサイホンのガラス容器を手に店外へ飛び出していた。
 桜井優子がそちらへ目を向け、次いで数瞬前まで理絵子が座っていた目の前を見やる。
「理絵ちゃん!」
 マスターが気付いて声を掛けたとき、理絵子は容器を投擲していた。
 同じ状況で男の子であったなら、誰であれ何らかの球技に基づき威力を発揮したであろう。しかし、理絵子は小柄な外見なりの筋力であって、部活も文系、文芸部の所属。投擲フォームは不格好に過ぎた。
 フワフワ飛んでくるような容器を男Dが金属バットでひっぱたく。
 当然、割れる。破片は逆に理絵子とマスターに対し攻撃のつぶて。
 しかし破片はマスターが広げた入り口ドアマットに阻止され、対し割れた容器からはまだ熱いコーヒーの粉末が降り注ぐ。
「うわ熱っ!くそっ!」
 男Dがバット投げ出してのたうつ。顔から手から付着した熱い〝出がらし〟の排除に躍起。
 それは、例えば調理器具や熱湯の接触の場合、人間側が反射的に身体を動かせばそれらとの接触は断たれるが、このように水分によって人体に付着するようなものはそのまま付着し続ける。同様の理屈で炊きたての米飯で幼児がひどいやけどを負う例が見られる。
 金属バットはマスターの手に。
 目を射られてパニックのCは戦意喪失。Dはようやく出がらしを振り払って起き上がる。
「ナメたことしやがって」
 Dと彼氏は〝寄越せ〟とばかり中学生AとBに後ろ手を出す。彼らの鉄パイプで殴りかかってこようというのだ。
 理絵子は怒鳴る。
「優子!トイレの洗剤!」
 男二人が殺気一転、ゲラゲラ笑う。
「掃除はぞうきんでやるもんだよ」
 鉄パイプを振りかざす。応じて理絵子はドアマットを〝洗濯物のしわ伸ばし〟(力学的にはムチ打ちの要領と同じ)の流儀でパンと払った。
 マットは鉄パイプをはたき、のみならずマットに付着していた微細なガラス片なども飛び散らせた。
「うわくそっ!」
「痛っ!何だこれ!」
 襟元から入り込むなどさぞ痛かろうと思う。……ざまあ見ろ。
 金属バットが活躍する。但し人体を殴りつけたわけではない。鉄パイプを叩き落とす。経過は時代劇のチャンバラさながらだが、ちんぴらとサムライ以上の差が見て取れた。
 トイレ洗剤を持ってきた桜井優子にパイプを一本渡す。理絵子は洗剤を受け取り、更にマスターのバットと交換する。
 片手にバット、片手に洗剤。塩酸系液体洗剤。まぜるな危険。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-083-

←前へ次へ→
 

10

 
 T島。
 存在意義とその経緯に関しては、船のデータベースよりレムリアの方が詳しいので、解説を任される。
「隔離政策において、原住民保護区と名目上された結果、同国国内各所はもちろん、同様な政策をとっていた海外の民族も強制的に移住させられたようです。そして、悲劇とその曝露を経て、今ではその反省から人類学の研究所が置かれると共に、いわゆる郷土病の世界的な研究拠点になっている、というのが公的な言われ方です。研究自体は実際のようで、この船が持ってる病原菌のDNAデータにもそこで解読されたものが幾つかあります」
 基金の寄付者として名を連ねているのは、世界的な富豪や議員、俳優など。
 そのリストを見て、相原がニヤッと笑い、
「この名前同士のつながりを調べさせても面白いかもねと。残ったクジラ達は誰が誘導してどこにいるのでしょうねと」
 独り言のように言いながら、作戦テーブル液晶テレビをチョンチョン叩いて操作。
 正面スクリーンの片隅に画面が開いて文字が走る。船のコンピュータは翻訳音声を合成で放つことからも類推できるように、文脈解析機能を持っており、チャット形式で会話しながら指示が出せる。
 クジラ達はまだ南氷洋。呼吸時の通信回数がまだ少なく、明確な針路・ベクトルは読み取れない。
 人物相関の方は〝調査に入る〟との応答。
「皆さんこれより我々はT島でクジラの誘導を担う施設を叩くと共に、レムリアが説明したT島のそれら施設が、本当にそういう目的だけの施設か確認したいと思います」
 相原は言い、スクリーンに船底カメラからの島全体のショットと、そこに重ねた地図を呼び出した。
 地理的状況。T島は大陸南端から連なる島弧の中位に位置する火山島である。火山活動自体は沖積世に終了しており、山体は草で覆われグリーンのプリンのよう(相原は九州阿蘇の草千里を思い出したという)。ただ、草しか生えない……すなわち土壌は植物育成に適さず、居住するにも斜面がきつく不向き。一方、海岸部への溶岩流入で形成された平地が北部にあり、件の保護区、及び研究所はそこに配置。気候は暖流の影響で温暖であり、基づいて研究所エリアに大陸から土砂を持ち込んで植林を行った結果、海岸リゾートの保養施設のような様相を呈す。但し〝保護区〟としての機能維持のため、観光開発はされておらず研究者以外は入れない。島の北西側に空港があり、研究所関係者はそこから出入り。島を一周する粗末な道路が海岸沿いにへばりつく。
 
(つづく)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-082-

←前へ次へ→
 
 つまり国際協調に基づく人種差別。
「お前それを根こそぎやるつもりか」
「目こぼし必要か?」
 レムリアは、セレネが感じたという、船長代行を立ててでも、という〝どうしても〟の義務感、強迫観念にも似たそれを理解した。
 相原が無茶苦茶なまでに強い理由も。
「生物の地域対応程度でジェノサイド喰らってたまるかっての。泳がせて芋づる……賞金稼ぎの基本だろ?」
 相原は言った。
 すると管制塔の内奥、らせん階段部に武装した迷彩服が姿を見せる。
 レイシスト達が船の方を指さし何事か指示するが、
 こちらから先んじてグリーンのレーザ光が一閃、らせん階段の手すりを切り取り、煙に変えてしまう。
 迷彩服が階段から待避。しかし逃げたわけではなく、銃口だけ覗かせ、レイシスト達が身を伏せる。
 そこを今度はレールガンが火花を引いて色々壊して行く。レイシスト達が何事か叫ぶ。ちなみに驚愕、或いは「くそったれ」的ニュアンスでジーザスクライストと口にするのを良く聞くが、すなわちイエスキリストのことであって、こういう輩がその名を口にするのは釈然としない。
 レムリアは自分で驚くほど歯がみしている自分に気付く。
 イヤホンにピン。
『今の一撃で管制塔からの発信は停止した』
 シュレーターが報告。しかし、通信先は明らかになったようだし、
 最早、こいつらなどどうでもいい。
「行きましょう。いえ、連れてって下さい」
 レムリアは言った。守るとか救うとかそういうご大層なお題目も高尚な目的も、
 今はどうでもいい。
 この企みを破壊したい。遺伝子が叫んでる。突き上げるように叫んでる。
「ハイテク・ジャップのカミカゼがTへ邪魔するぜ。あばよ」
 
(つづく)

« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »