蟷螂の斧【後】
「何広げてるんですかぁ」
説明する間もなく、放送が入って出町柳の駅に近づく。カーブのきついポイントで電車は左右にぐらりぐらり。
「さわるさわる!くっつくくっつく!」
彼女はぎゃぁぎゃぁ。勿論オレが揺れに合わせて腕動かしてそうならないようにしているんだが。
電車が止まってドアが開く。
オレは安堵の息をつこうとして唖然となった。降りたらカマ公逃がすつもりだったが。
この街中の雑踏のどこに逃がすのか。
それどころか。
「最低!」
女の子は叫んで逃げるように電車を降り、そのまま走り去った。
後から降りてくる観光客であろう、おばさんの集団がじろじろ見ながら改札へ歩いて行く。
そして、前からは運転士氏と駅員が連れ立ってオレの方へ。
「お兄さん、ちょっと事務所までいいですか?」
旅先でカマキリ片手にチカン扱いとは何と無様か。
されど。ままよ。
「何ですか?」
オレは逃げたりせず毅然と応じた。チカンの嫌疑は証言優先言い訳無用。されど、無駄な抵抗かも知れなくても、出るとこ出てナンボ。
果たしてカマキリをリュックに閉じ込めて駅の事務所に向かうと、件の彼女にあらず背後にいた肩触れ合うもマッチョメン。
「あの……」
ガタイに似合わずもじもじしている。……そう幼児のオシッコ漏れちゃうのダンスに似た足踏みを思わせる。
「ぼく、虫とか苦手で、ずっと持ってもらっててありがとうございました」
まぁ、図体と好き嫌いは関係ないか。
「いえそんな大したコトは」
「是非お礼がしたくて、この少し先にぼくのお店があるんですけど、ごちそうさせてもらえないでしょうか」
カマ公一匹で?ごちそうということは……まぁ、断る必要は無いか。新幹線は9時まであるし。
「これ、名刺です。精一杯おもてなしさせて頂きますので」
『発展バー 新宿二丁目 店長 光源氏』
「うふ」
蟷螂の斧/終
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