蟷螂の斧【前】
心当たりは、さっき電車に乗るときだ。
三千院からの帰り、出町柳に向かう叡山電鉄の電車は30分に一本。
改札の外から「お早く」と手招きする係員の声に応じて走っていた。
道の上まではみ出した木の枝が肩に触れた。その時はそう思った。
でも、そうではないようだった。
1輛編成。終点出町柳も近づき、混み合った車内で、向かいに立っていた制服の少女がいきなり悲鳴。
「や、や、いやいや!」
チカンかオレは。
「虫」
人間以下か。
違った。髪の毛に触れるカサカサした気配。
カマキリ一匹。
エメラルドグリーンで人差し指ほど、ハラビロカマキリというヤツだ。腹部が比してぺったんこに見え、林やその周囲に多く住む。
「何もしないから」
オレはカマキリを手のひらに移してそう言った。
(こっち見んな@自宅前)
声だけ聞けば怪しい会話。
「ホントですか?」
「ホントだって。ホラ、オレに触られても平気だろ」
カマを口元に持っていって手入れ。次いでそのカマで三角頭の目を拭う。
猫が人を見下しながら毛繕いする姿に似て。
「でも私に何かしそう。何でこっち見るんですか?」
「たまたまだよ」
説得力無いか。
「君が可愛いからじゃない?オスの本能だよ」
ちなみにハラビロカマキリはオスメス違うのは大きさだけで、その大きさも“育ち”で変わる。そのため区別が他のカマキリより難しい。
すると。
「変なことやめて下さい。イヤですグロい」
女の子は泣き出しそう。
「判った判ったゴメンよ。オレが悪かったよ」
女の子とケンカになったらとりあえず下がっておけ。母子ゲンカの処世術。
オレはカマキリ載せた手のひらを顔の前に近づけた。後ろは筋骨隆々の大男と肩が接し、身動きが取れない。女の子からカマ野郎まで極力距離を取るにはそれしか手が無い。
するとカマキリ、今度はオレを見た。
「お前がオレに乗っかったせいだぞ」
三角顔を小突いてやると、カマと翅をバッと広げて威嚇のポーズ。
(つづく)
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