【理絵子の夜話】犬神の郷-2-
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「スケベされなかった?」
一緒に洗い場に立った本橋美砂に、女性……宿の女将……が訊いた。
湯沸かし器が動いて湯気もうもう。流れ作業で皿洗い。
「あ、いえそういうことは特に。胸のサイズの評価は頂きましたが」
「ごめんねぇ年頃のお嬢さんに。ありがたいような申し訳ないような」
「いえいえこちらこそ。そういうネタには耐性がありますから。お気になさらず」
本橋美砂は手を左右にパタパタ振ってさらりと応じる。ここ“旅荘塙”のメインの利用者は渓流釣りであって、基本冬季は営業しない。しかし“女子高生が入った”ことがいつの間にか広がったようで、いわゆる団塊世代の冬山愛好ブームもあって、今季は問い合わせが多く、営業に踏み切った次第。ただ、男性原理に基づく来客なので、応じたリスクは多少顕在化する。
「なんか制服のままで申し訳ないわ。もっとオシャレしてくれていいのに。まぁ都内まで買いに行かないと無いけど」
「いいです。しゃれっ気ないし面倒くさがりですから。逆にメイド服着ましょうか。でもそうすると風俗営業法で引っ掛かるか」
「面白い子ね」
本橋美砂は表情一つ変えず恬淡と答え、まばたきの間隔一つ変えず小ギャグを言う。終始クールである。
「いえまだ精進足りてません。あ、旦那さん」
本橋美砂はそこで言葉を切り、皿洗う手を止め、背後の主人氏を見た。
「なんだい?」
「お客さんのようです」
「そうけ?予約はねぇけどな」
主人氏はコントロールアンプのヴォリュームを回して音量を絞り、コタツを立った。
玄関引き戸がガラリと開かれる。
「お泊まりですか?」
本橋美砂が正座して尋ねた。
対し訪問者は老年の紳士3名。三つ揃いのスーツ姿に雪簑をまとい、革靴にカンジキ。背後の積雪に応じた足跡。
(つづく)
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