【理絵子の夜話】犬神の郷-8-
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「はい……え?」
「美砂ちゃん1時間は無理だべしょ。駅までバスで2時間……」
驚く組長氏と主人氏に答えず、本橋美砂はその場を立って玄関引き戸から外へ出た。
制服ブレザーにエプロンのまま、雪の屋外へ。
まるで子どもがちょっとお使いという気楽さ。
「ちょいとあんた」
「ああ」
常識外れの行動を受け、夫婦が顔を見合って動く。主人氏が立って玄関から外へ出るも。
「あれ、いねえぞ。どこ行ったもんだか」
「まぁ、あの子も不思議な子だけどなぁ」
「オレちょっくら」
「飲酒運転!」
主人氏が下駄箱上の鍵束を手にしたところで女将さんが注意した。
「そだな」
「それに……あたしゃあの子に任せておいていいと思うよ。何せ理絵子様の友達なんだ。不思議でもちっともおかしくねぇ」
女将の物言いに主人氏は引き戸を閉めて向き直った。傍らで母君が頷く。
「そういえばそうだな。するってぇとアレか、綾っぺ(あやっぺ)も……」
「そりゃねぇだろうよ。でも、綾ちゃんも大切。何だろ、“全て必要だからある”みたいなそんな気がすんだ。あたしゃ」
「幸子大丈夫かお前」
主人氏が熱見るように女将の額に手のひらを当てる。
女将さんは自分の言動に今更気付いたかのように目を見開く。
ここで解説を加える。綾というのは理絵子の友人で同じクラブに属する田島綾という娘のことである。塙夫婦の姪にあたり、クラブの夏合宿でこの民宿を使った。理絵子が儀式を行ったのはその時の話である。転じて、働き手を欲していた夫婦に身寄りの無い本橋美砂を紹介した、という流れ。
ちなみに、田島綾は理絵子が超常能力を備えていることを知っている。しかし、周囲のその種のウワサにはシラを切り通している。秘密の防波堤的な役どころと言えるか。
「なんてね、女の勘よ。卑弥呼とか昔の女神に通じるところがあるのかもね」
女将さんは小さく笑った。
「あんだそんなけか。オレはまたお前まで霊能持っちまったのかと」
「バカだねぇ。そんなもの持ってたら宿六亭主の世話なんか焼いてないでテレビで占いでもやるさね。ハハハ。ああ、ダンナ方くつろいで下さいな。まんじゅうでも蒸しますんで」
女将さんは言うと、厨房に立った。
(つづく)
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