【理絵子の夜話】犬神の郷-9-
3
紳士らは、秘密ばかりで申し訳ないと言いながら、供された酒蒸しまんじゅうを遠慮がちに食した。なお、同まんじゅうはこの地ではポピュラーなおやつである。
「しかし、聞いたことねぇな」
主人氏が言い、茶を口に含んだ。
「それだけのトップシークレットということでしょ。ここだってそうじゃないさ」
それこそ理絵子が巫女姿になって儀式を行う原因となった過去からの秘密。
要するに江戸期の殺人事件、伴う幽霊騒ぎである。詳細は略す。
「しかし美砂ちゃんどこまで何しに行ったんだべさ」
主人氏が心配そうに玄関の方を仰ぎ見たとき。
「おや、理絵子様だ」
母君の声があって程なく、玄関引き戸が開いた。
「ウソだろおい」
各人が振り向くと、雪風と共に少女が3名。
確かに本橋美砂であり、厚着した黒野理絵子であり、加えてもう一人厚着した娘。
もう一人の娘は天使を思わせる純粋さと高貴さを持ち合わせた顔立ちの持ち主。キラキラ光って見えるのはまとったコートに付着した結晶のせいか。
ちなみに二人ともトレッキングシューズである。服装はさておき、こんな雪中を歩く靴では無い。果たして、
「どうやって……」
女将さん当然の疑問。都内在住でここまでどうやって。1時間どころじゃ無い。もっと早い。
「“東海自然歩道”を歩いていたんですよ。お久しぶりです。おじさま、おばさま、お婆さま」
理絵子はそれこそ近所から遊びに来たように笑顔で答えた。東海自然歩道は東京・高尾山と大阪・箕面の両国定公園を結ぶ字面通りの遊歩道である。その途中、紳士らが越えてきたであろう県境の尾根を通っている。
「雪の中をかい?」
「ええ。全力で自然と対峙してると感性研ぎ澄まされてリフレッシュできます。で、こちらは友人の……」
「高千穂登与(たかちほとよ)と申します」
(つづく)
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