【理絵子の夜話】犬神の郷-25-
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「帰ってもよろしいのですか?」
理絵子は尋ねた。そう質問せよとの示唆を得たから。
様々な心理が人々に芽生え、疑心暗鬼が毛細管現象のように広がり染みて行く。
……自分達は、魔性の存在がこの集落を破滅に追い込むべく派遣した存在なのではないか。
それこそ福音書に出てくるエピソード、イエスの悪魔払いを悪魔の所業と罵る群衆を思わせる。すなわちナマズを怒らせてはならず、犬神の意に沿わぬことをしてはならない状況において、双方の引き金の可能性を有する自分達を魔性の存在と見るわけだ。単純な帰結だがしかし、ナマズ自体は聞く限り魔性の側であり、“魔を持って魔を制す”は、少々矛盾をはらむ。
「おれ、どした。早くやっちめぇ」
「ケータイなんか使えねだ。わがりゃしねぇ」
「崖から落としちまえばどのみちぐちゃぐちゃだ」
後方から煽る声。しかし先頭は“攻撃する気持ちが起こらない”。
何故か、殴ってはいけないという気持ちに支配されているから。
「どげ!おでがやる」
しびれを切らしたか、後方から声が上がり、群衆がサッと左右に割れた。聖書の故事を取るならモーセの海割れだ。
猟銃。照明がこちらの背後にあるせいか、銃腔に切られたライフリングまでよく見える。
銃殺しようというのか。さすがに群衆の雰囲気が冷えた。否、21世紀の文明社会に戻った。
「おい……」
「黙れ!こいつらやっちまわねとおでたちがやられるだ!」
これ見よがしに銃の操作音をガチャリ。しかし、理絵子をはじめ少女達に心理的な変化は何も無かった。
この事態は進展しない、と確信を持って既に判っているのだった。
地震。
「ま、まただ」
「でけえぞ!」
確かにこの集落で感じたモノの中では最大級のようである。家鳴り鳴動し、ガラスがガタガタしてホコリを舞い上げ、家屋の躯体が大きくねじれながら揺動するのが見える。
(つづく)
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