【理絵子の夜話】犬神の郷-28-
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犬たちの注目は一点に集まった。そのやじろべえを成す梁の一端、中途で折れ曲がった引き戸の下。そこに人体が埋もれているのだ。
次いで、固まった、という認識を理絵子は得た。
美砂が念動力を行使したのであった。
「ここです」
老若男女ありったけの人手で動かす。下を掘り下げ、部材を押しのけ、スコップをつっかえ棒の代わりに立てて空間を確保し、
〈少し動かすから〉
美砂からテレパシー。タイミング良く引き出してくれ。
美砂の髪が風も無いのにふわりと動く。
彼女の能力がイエス=キリスト、弘法大師空海並に巨大であることはすぐに判った。が、彼女の能力行使は慎重を極め、必要最小限もいいところ。この作業だって本来なら彼女一人で事足りるであろう。
〈そうしないのは理由があるから。判る?向こう側の連中が集まって来ちゃう〉
この意味の解説は略す。追って必要であれば記する機会があろう。
〈行くよ〉
言下、倒れなかった部分から幾らか落下物があり、積み上がった梁や戸板が偶然の如く動き、やじろべえのバランスが変わる。
理絵子は気付いた。
「今です」
「今ずら」
「けっぱれ!」
男手を持って女性は引き出された。半分、雪に埋もれている。
払いのけるが微動もしない。失神状態であり、皺深い顔は苦悶に歪み、乱れた白髪がまとわる。理絵子はその髪をのけ、頬に、首筋に手指を添える。体温と脈拍は……。
「病院さ行がねど……」
「だどもこの雪じゃよ……」
その必要は無いと理絵子は知った。この女性は今、呼吸と心拍が極端に低下し、仮死状態にある。それは自分の知る密教的な束縛によるものと状況がよく似ている。
であれば。
理絵子は手印を結び真言を唱える。内容は伏せる。心身に強い衝撃を与えるもので、悪用すれば逆に危害を加えることにも使える。
(つづく)
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