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【妖精エウリーの小さなお話】つばめは人家に巣をかける

 日本では初夏の風景ですね。ツバメが軒先に巣をかけて産卵子育て。
 彼らは人家を“人間さんの勢力範囲”と認識して営巣しています。人間がいると自分達の敵が寄ってこないと知っているのです。とかく人間活動が自然の生態系を崩して、と言われがちですが、人間さんもまた地球上の生物として活動範囲を広げているんだ、と考えることも大切だと思うのです。結果当然、人間さんの環境に適応した生き物たちが出て来ます。犬猫を始め、街灯に巣を張るクモや、自動販売機の照明下でエサを待つカエル。鳥たちもそう。
 ああ、自己紹介がまだでした。
 私の名はエウリディケと言います。略してエウリーとか、女属性なのでエウリーちゃんと呼ばれることも。ただ、人間さん達には見えないかも知れません。私たち種族は人間さんとのコミュニケーションを基本的に許されておらず、極力姿を隠しますので。
 なぜなら、人間さんが、妖精なんかいないと決めていらっしゃるから。……状況によりけりですが。
〈何とかならんもんでしょうかね、という事なんです〉
 文字通り燕尾服着たムネアカツバメのダンナさんが私に尋ねました。もちろん彼らは人語を使いません。私達とのコミュニケーションは専ら心と心の直接交信、テレパシーです。
 私はツバメの彼と共に、街路樹のポプラの梢から事態を見つめています。家屋の2階、窓際で口論する女の子と大人の男性。
 要約すると、女の子はこの家に引っ越してきてから体調を崩した。どうやら呼吸器系らしい。最近とりわけ調子が優れず、その原因は窓の下、車庫の入口に出来たツバメの巣にあるのではないか。羽毛、埃、病原菌。
 だから巣を壊すという男性。お父様のようです。対し涙で拒否する女の子。「ヒナがいるんだよ!?」
 それは当然、彼にとっては非常事態。なので私に男性を説得して……え?
〈違います。巣を壊すな、では無くて、そこまで庇ってくれる彼女に力になってあげたいのです。病気が治れば全て解決なのでしょう?ボクなりの案はあるのですが、どうやって実現したもんかと。それでご相談した次第で〉
 私たちの仕事は動物や昆虫たちの相談相手。
〈そこでお尋ねしますが、エウリーさんって、身体の大きさ変えられますよね?〉
 彼は私を見て訊きました。今現在、私の身体は人間さんの手のひらに載るサイズ。絵本でおなじみティンカーベル、ケルトの伝承に出てくるフェアリのサイズです。住宅街の梢にいて人目を気にしないのはそのため。茂る葉っぱの目隠しでまず見つからないから。
 ただ、数ある妖精の中でも、私たち種族は大きさを変えられます。元より人間サイズであるギリシャ神話のニンフの流れも汲むので、どちらの姿も取れるのです。ちなみに、衣服はニンフ系の貫頭衣“toga(トガ)”です。白い布をぐるぐる纏っている姿は神話の女神様でおなじみでしょう。
「うん出来るよ。でも、私が大きくなっても……」
〈逆です。女の子小さく出来ませんか?空気が綺麗なところへ連れて行ってあげたいと思うのです。ボクの背中に乗ってもらって〉
「なるほど……」
 私は言って、しかしため息をつきました。彼の心意気は買いたい。されど。
「残念だけど、身体の伸縮は身体に備わった機能なんだ。君は飛べる、人は喋れる、そういうのと一緒。今君と話しているような魔法とは違うんだ」
 説明したら、ツバメの彼はしょげてしまいました。ちなみに魔法と書きましたが、人間さん向けには超能力と表現しておきます。天使様ほど強力ではありませんが、天国系の生き物ですので一通りの能力を備えています。ただし、飛ぶ能力に関しては背中の翅。
 翅。薄緑したクサカゲロウがモチーフで、ヒラヒラと頼りなさげな印象ですが、実は人間の子どもさん位なら抱いて飛べます。
 そう、彼にはムリでも自分なら。思いついたことひとつ。
「私が抱えて行くんじゃダメ?」
〈え?人間さんに見られたらまずいんじゃ〉
「あのね……」
 ひそひそ話。
〈あ、あ、いいんですか?それならそれでももちろん〉
「じゃあ、今夜。ね?」
 そして。
 月明かりの夜でした。
 女の子がおやすみをして、部屋の電気を消したところで、ツバメの彼がくちばしで窓コンコン。
 女の子は気付いて身を起こし、ツバメの姿を見て笑顔と驚き。
 窓を開けてもらったところで中に入ります。彼は羽ばたいて椅子の背もたれに止まり、その間に私は手のひらサイズで隅からこっそり。大丈夫、女の子はツバメしか見ていないので気付いていません。
 女の子は喜んでいるようです。声を押し殺しているのは親御さんに気付かれないように。
 そして、そっと出されたパジャマの手指に、彼が飛び移ったところで通訳。
「咳が止まらない病気とか」
 女の子には紳士の声で再生されたはずです。テレパシーの応用で、意図して空耳を聞かせていると書きましょうか。
「喋れる……」
「妖精さんに魔法を掛けてもらいました。あなた様の私ども家族へのお気持ちに感謝し、今宵空気の良いところへお連れしようと。遅くに申し訳ないですが何せ月明かりの間だけしか魔法が働かないもので。お付き合い頂けますか」
 彼は姿を大きくしました。
 以下全部私の差し金ですが、こんな能力で云々と細かいことは野暮なので書きません。人体サイズの大きなツバメ。
 それは観光地の案内キャラクターや、野球チームの着ぐるみマスコットを思わせる姿ですが、女の子は小さい頃良く見てたアニメのキャラクターと評しました。妖精の国と人間界との伝令で、必要があれば大きくなって人間を運ぶとか。
「なるほど。では同じように背中へどうぞ」
「えっ?」
 女の子はそのアニメの終盤、ピンチになった魔法の国を救うため、戦闘ヒロイン達を送ったくだりが格好良かったと話してくれました。
「それを私が……これは、夢?」
 背中に乗ります。おんぶの要領。
「行きますよ」
 窓枠に移って、空にふわり。
「あっ」
 傍目には、翅生えた女が女の子背負って窓から飛び出し、になるので、見られるのは困ります。急いで上昇。
「どこへ?」
 彼は彼の知る高地の草原を挙げたのですが。私がひそひそ話で提案したのは。
「妖精の国です」
「うそっ!」
 もちろんアニメの中ではなく、私たちの住む場所。天国の一角。
 フェアリーランド。
「リクラ・ラクラ・シャングリラ」
 呪文一閃。一種のテレポーテーション。
 風景が青空に切り替わり、降り立ったのは湖水のほとりです。ぐるりと草原で、雲が霧のように草の上ぎりぎりを滑り、離れたところに森林の影が見えます。
「妖精の国……」
 女の子は呟き、裸足のまま草の上へ。
「改めて自己紹介を。私の名はディレール。差し出がましい真似をしました」
 ツバメの彼は紳士の態度で自己紹介し、元の大きさに戻りました。
「私は……」
 ユウコちゃん。小学6年生。
「もうすぐ頼んでおいたはちみつケーキを持ってきてもらえるので、待って下さいね」
「あ、うん、じゃないハイ」
 ユウコちゃんは答えると、水辺に近寄りました。
「綺麗……」
 水面に雲が映り、空が映り、彼女の顔が映ると魚たちが集まります。
〈人間だ人間だ〉
〈人間の女の子だ〉
「え?誰?」
 頭の真ん中で聞こえたでしょう声にユウコちゃんはキョロキョロ。魔法が効いて魚たちの声が聞こえたと紳士ディレールが説明します。
 ユウコちゃんが水面に指を入れると魚たちがつんつん。
「くすぐったい……」
 空の方も集まってきます。鳥たちに、チョウやハチなど飛べる昆虫たち。
 みんなに囲まれ笑顔の彼女はまるで花が咲いたよう。ランドの生き物たちが彼女を受け入れ、彼女もそれを喜んでくれているようです。
 タイミングは今。私は身体を伸ばしました。手品の要領で手のひらにケーキを出して。
「エウリディケ……さん?」
 生き物の誰かが教えたに違いありません。ユウコちゃんが振り返り、私を発見。
「あなたが……よう……せい……」
「ええ」
 私は翅をチラリと見せて、彼女の元に歩み寄ります。
 指をパチンと鳴らしてレジャーマットを取り出して広げ、ケーキを置いて、ナイフとフォーク。
「夢じゃ……」
「ないよ。私たちの国へようこそ。さぁこれをどうぞ。薬草を練り込んであるから喉にも良いはずです」
 切り分けて差し出すと……ユウコちゃんはにわかに涙を浮かべました。
「どうしたの?……この辺の植物でアレルギー……」
「ううん。みんなが、私が来て嬉しいって。嬉しいって。わたし……」
 息詰まるような日々、を彼女は吐露しました。彼女が今の街に越してきたのは、私立中学への進学に備えて。この1年ばかり勉強だけの毎日。しかもそういう背景で気持ちが消極的なせいか、友達が出来ない。むしろ避けられてる気がする。されど中学受験ですから、状況がまだ1年続く。
 比して彼女はファンタジックな物話やアニメが大好きとのこと。しかも見る読むだけではなく、いつか自分もそんな物語をと考え、実際書いたりしているとか。だから、ここは、それこそ夢見たような世界で、歓迎されて嬉しい。
 ただ、そうした気持ちも創作も、現実は親御さんの指示で全て封印「くだらない」。
 引っ越してきたのも、退路を断つというか、他を選ばせるつもりは無いという無言の圧力。
 そして、体調を崩した。診断は喘息。
 私は頷きました。そして思ったのは、それは喘息じゃない。理想と真逆の現実によるストレスとプレッシャーのせい。
「苦しかったね」
 マットの上にぺたんと座り込んだユウコちゃんが頷きます。私はゆっくり背中をさすりながら。
「あなたの咳はツバメたちのせいじゃありません」
 まず、そう言いました。
 ユウコちゃんが私を見ます。
「これを食べれば暫くは出なくなるでしょう。薬ですから。でね」
 対策:勉強なんかやめちゃえ……言うのは簡単かも知れません。実際、普段の私ならそのための作戦を考えたでしょう。
 でも、彼女は創造の翼を求めようとしている。コミュニケーションの点でも、後ろ向きの気持ちはマイナス。
「ファンタジーなお話は小説?それともマンガ?」
「どっちもです!」
 ユウコちゃんは目を輝かせて答えました。
「だったら……ひとつ提案してもいい?どうせなら、猛勉強して学校受かって、見返してやるのはどう?合格すれば問答無用で書いていいんでしょ?」
「えっ?」
 彼女は眉をひそめました。あんたも敵か、その目がにわかに金属的な輝きに変わります。
 でも、私は別に親御さんに味方する気はありません。子どもは子どもらしいことが一番。
 ただ、
「ううん、親の言うこと聞きなさいってわけじゃないんだ。ただ、お話しを作るのってとっても沢山勉強する必要があると思うの。例えばこの今起こっている出来事を物語にするとしましょう。すると、知ってなくちゃいけないことが沢山出てくると思う。今、私は薬草が入っていると言いました。名前が判りますか?飛んでいる虫たちの種類が言えますか?私のこの翅はどう表現しましょう」
「それは……」
「そういうことを書こうとしたら……言葉は多く知っていた方が良くないかな?」
「それはそれで勉強しなきゃ、か。やっぱり……そうか」
 ユウコちゃんは少ししょげた顔。そこで。
「学校なんかぶっちゃけどうでもいいじゃん。合格したらこっちのもん。堂々と書けばいいじゃない。それに、そのためにした勉強がお話にも使えるから無駄にならないし。こういうの本末転倒って言うんだけどね」
 ウィンクしたら、ユウコちゃんに少しの笑み。
「本末転倒作戦、か」
「そ、本末転倒作戦。というわけで宣戦布告。『合格してやる。但し、私の受験ごときで鳥たちの命や住処を奪うなんてもってのほか!』って」
「かっこいいっすねそれ」
 ディレールが目を輝かせます。
「たまにはね」
 私はすまし顔。流行り言葉でドヤ顔ですか。
 ユウコちゃんはゆっくりと、そしてニッコリと笑ってくれました。それはストレスがモチベーションに変わった瞬間。
「ありがとう。元気が出てきた。私頑張ってみる」
「それでこそ夢見る女の子。でもね、普通の学校じゃないからとても苦しいこともあるかも知れない。その時は……」
 私は別の魔法を用意しようとしました。すると。
「その時は、僕が飛びましょう。すぐにエウリディケさんにお知らせします」
 紳士ディレールが一礼。
「あらかっこいい。じゃぁ頼もうかな」
 私は言いました。“最後の手段がある”これだけで不安は安らぎ、もう少し頑張ってみようという力を生むものです。
 彼女がそれで納得できれば、これ以上魔法は不要。
「僕だってたまにはね。だから、女の子さん、今年は冬も軒先を貸して下さい」
「もちろん。たとえこれが夢だとしても、夜明けに魔法が解けたとしても、私は、あなたと、家族を守るよ」
 するべき事を見つけた女の子は、可愛く、そして何より、かっこいいものです。
「ゆっくりして行って。夜明けまでに戻ればいいでしょ」
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つばめは人家に巣をかける/終
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tribute for "Syrop""Komachi""Yayoi"from Precure character's by @waka_fuumi on twitter
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