アルゴ・ムーンライト・プロジェクト【129】
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その少女を見守る、優しい目線ひとつ。
紫の帽子をかぶった高齢の婦人。ステッキを支えに立っている。
「奥様、その帽子を取ってみて下さい」
「これですか?姫様」
彼女を姫様と呼んだその婦人は、もう結果が判っているかのように、微笑みながら頭の帽子を手に取った。
くるりと返すと、中からヘレボルス・オリエンタリス1輪。
「あらまぁ」
衆目から拍手。
そこで少女……レムリアは持っていたステッキを折りたたみの傘よろしく縮め、再度伸ばすと、一輪挿しの花瓶に化ける。
「花瓶にしてみました」
更に拍手。
婦人の帽子からオリエンタリスを抜き取り、花瓶に挿して差し出す。
「どうぞ、お持ち下さい」
レムリアは言い、
「快癒おめでとうございます」
オリエント急行車中で倒れた婦人は、一輪挿しを受け取り、目を見開き、大きく息を吸い、ハァと声に出して吐き出した。
ブラボーと口笛まで混ざって、余興は終わった。
観客だったお年寄りはめいめい、或いは看護師に付き添われて回廊の双方へ去ったが、件の婦人だけは、オリエンタリスを手にその場に残った。
「本当に来て下さるとは。殿下」
「いいえ、遅くなりまして申し訳ありません。お身体よろしくていらっしゃるようで何よりです」
「そりゃそうよ。あなたは人生最高の瞬間をくれたの。あの瞬間を思い出すだけで副作用もリハビリもお花摘み。……ああなんて不思議で素敵なのかしら。ここに姫君が、本当の姫君が来ていて、それを知っているのはあたしだけなのよ。誰も知らないの。施設のスタッフもよ」
上気した顔、高揚した声。明らかにこの場所では大きな音量だが、やりとりの言語がオランダ語であるせいか、留まる目線はない。
「奥様血圧が上がります」
「少しくらい構わないの。むしろその方が血の巡りが良くなるってお医者に言われたわ。安定しているし不整脈も出なくなった。全てあなたのおかげ。あなたを思うだけで身も心も躍るよう」
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(つづく)
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