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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト【9】

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 女性は、彼女が指定券に一通り目を通したと知るや、ドキュメントケースに戻し、
「わたくし、ご乗車までのご案内を担当いたします、プラットホーム・アテンダントのエミリー・スマイスです。よろしくお願い致します。ご乗車は既に可能ですが発車まで今暫くございます。この奥でご休憩頂くことも可能ですが、如何なさいますか?」
 この奥……エミリーさんの示す背後、カーペットの先には淡い電球照明の待合いがあり、雰囲気はさながらホテルのロビー。大振りなソファテーブルが配され、年配の女性や、タキシード姿のやはり白髪の男性らが談笑している。彼らは一見して上流階級であり、応じた料金でツアーに応募した乗客達なのだろう。失敗して焦げたラザニアに噛みついてる自分は場違い。
 に、加え、このエミリーさんにいつまでも子どもの世話をさせるわけにも行かぬ。
「あの、じゃぁ列車の方へ……」
「承知致しました」
 物腰万事控えめで一礼を添える。明らかに自分が何者か知らされている対応である。
 衣装ケースはエミリーさんの手に渡る。エミリーさんはこちら、と、ひとこと添えて歩き出し、そのロビー・スペースを横切って行く。座する上流の目線が彼女に注がれ、おや、とか、“意外”の意を多分に含んだ瞳と小声。
「まるでプリンセスね」
 紫の帽子をかぶった、白髪の女性が、白いティーカップ片手に、ニッコリ笑った。
 彼女は白髪女性に小さく笑みを返し、エミリーさんの後について、待合い奥の大理石階段を上がって行く。エミリーさんのヒールが大理石を叩くが、その音は硬く、無闇に響いたりしない。踊り場にはラピスラズリがキラキラ光るフェルメールの作品が飾られているのだが、彼女は気付いていないようだ。
「こちらです」
 階段を登り切り、エミリーさんが手のひらを空間へ差し示す。列車の音と、人々のざわめきと、そのざわめきを反射し響かせる屋根。欧州ターミナルの屋根は天蓋を思わせるドーム状の構造を持つものが多いが、ここも湾曲したドームが3つ連なって屋根を構成する。そして加えて、どこか懐かしい匂い。
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(つづく)

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