アルゴ・ムーンライト・プロジェクト【8】
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「判りました。確かに私どものお客様です。後は我々で」
男性係員はユーロのコインを手にポーター氏にそう告げると、進み出、氏の引く荷物に手を伸ばした。
「そうかい?じゃぁ」
ポーター氏はコインを受け取らず、衣装ケースを男性に託すと、帽子に手をして軽く一同に挨拶し、エントランスから折り返した。
「良い旅を、お嬢さん」
「ありがとう」
すれ違いざま彼女に言い、そしてポーター氏はそのまま振り返らず、トラムの広場へ。あっという間に人混みに紛れてしまう。
本当に厚意で案内してくれたようである。彼女は見えない背中に謝意を示すと、エントランスへ目を戻した。するとそこには、男女の係員が揃ってカウンターの外まで出、自分を“お迎え”よろしく待っているという状況。男性は直立不動であり、女性の方はキュロットスカートにヒールを履き、足を前後に揃えたいわゆる“モデル立ち”の姿勢。
エントランスをくぐり、二人と相対する。中は大都市の中心とは思えぬ別世界だ。この街に越して来てすぐ、レンブラントを見に行ったが、その時と同じ、タイムスリップにも似た感覚がある。梁や床材は巻き貝の化石まで含んだ本物の大理石であり、ルネサンス調の装飾が柔らかく陽光を迎え、床には奥へと誘うかのような赤いカーペット。
「Welcome」
男性が英語で。その声が少し硬質な響きを持って、ルネサンスの空間に軽く広がる。
「My name is Alpheratz.Can I check in?」
彼女が言い、帰ってきた答えは。
「お待ちしておりました、ハイネス」
バウチャーを出すまでもなく、女性係員が胸に手を当てて一礼し、厚紙で作られたレターボックス近似のドキュメントケースを彼女に示した。
ケースは紫地。金色の縁取りと、列車名と、コルキスの紋章。
係員女性が蓋を開けると指定券。さすがにコンピュータ印字であるが、自分の名前、性別、年齢があり、2号車6番個室でコルキスまで指定してある。
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(つづく)
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