アルゴ・ムーンライト・プロジェクト【115】
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レムリアは頷いた。彼は若木の根になぞらえたが、それは人体に置き換えれば、当然、深傷。
「私は……ひどいことを……」
「天使さんよぉ……」
相原の声は、さながら夢見人。日本語であっても、イントネーションが携えた雰囲気でそれと判った。
「気にするな。事実は君が知ってるんだ……それでいい」
そのセリフは、相原に自分たちの英語の会話が伝わっていることを意味したが、レムリアはその重大性にこの時点では気付いていなかった。
「でも」
背後でノックがあり、船長があった。
「せんちょ……」
「君のせいではないし、君にはどうにもできない」
アルフォンススは殺伐と言うに相応しいイントネーションでただ事実のみを述べ、手にした冊子をレムリアに手渡した。
Starship Argo. System and control manual.
「これは……」
「本船の説明書だ。この青年は工学系の学生だ。読んで聞かせてやれ」
失恋の対処が宇宙船の説明書。
「いいかも知れないな」
アリスタルコス。
「ああ、飛ばしてやれ」
ラングレヌスも同意らしい。レムリアには奇異で意図不明に感じるだけだが、彼らが言うからには、それが男のやり方、なのだろう。
恋という遺伝子的、プリミティブな情動と対極に位置する最先端人工技術の塊。癒しとは程遠い気もするが。
「ちゃんと訳してな。日本語の実技だ」
「はい。えー、目次。緒言、本船の概要、外観寸法、内部構成、動力システム、航法システム、防御・ステルス、操舵インタフェース、ローカルSCADA(すきゃだ)……」
読み上げるうち、相原の表情は穏和に変わっていった。
どうやらマニュアルの文言だけで、どんな船かが想像できるようなのだ。テレパシーに飛び込んでくるので判ってしまう、のだが、応じて出来たイメージの船を夢うつつで飛ばしている。
つらいフラッシュバックの代わりに。大音量の音楽にフラッシュバックを邪魔させるのと同じように。
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(つづく)
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