アルゴ・ムーンライト・プロジェクト【10】
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匂い。それは暖炉、いや、石炭ストーブを思わせる。今日び駅の暖房に石炭ストーブとは思えないが、実際ドームの中には薄い煙が緩やかにたなびいている。
煙の出元を追い、合点が行った。グリーンに塗られた蒸気機関車がいるのだ。そして、その後ろに、率いられ連なる青い流麗。
それはドームの下、緩くカーブしたホームに座す、4輛の青い客車列車。
ただ列車のその青は、空の青でなく、海の青でなく。
彼女の知る限り、その青は夜明け前僅かな時間、星と共に天に存在する大気と宇宙の色。
そして、車体の側面、窓下中央には、向かい合う獅子を月桂樹の枝葉で囲った丸い紋章。
オリエント急行。その列車を構成する、ワゴン・リ(Wagons-Lits)社製造の客車群。
(これは模型です)
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美しい列車だ、それがまずは率直な感想。黄色一色のオランダ鉄道車を見慣れた反動ではない。根本的に美しく見せるようデザインされた車輛なのだ。造作そのものは両車端に出入り台があり、ドア間には窓が連続という現代に通ずる外観。しかしその個々の窓枠には金の飾りが入り、窓の上には車輛の端から端まで文字が書いてある。いや、銅の打ち抜きで貼ってある。
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Compagnie Internationale des Wagons-Lits Et Des Grands Express Europeens
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フランス語であり訳すと国際寝台車欧州大急行会社。車端部は屋根が流れ落ちるように丸みを帯びており、その丸みに合わせたのだろう、出入り扉には楕円の大きなガラス窓が使用されている。流れ。そうこの列車に感じるのは流れだ。風のような、川のような。そして夜明けの……。確かに列車とは、その走る姿は、流れそのもの。
列車にこんな感慨を憶えたのは初めてだ。そして、鉄道ファンではないがオリエント急行だけは、という人があるのも理解できる。
眺めてしまう。これが、夜明けへ向かって走る様は、どれだけ美しいことだろう。
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(つづく)
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