天使のアルバイト-010-
もしかすると、このまま戻れないのか。
「ところであんた名前は?」
中年女性……由紀子の母親の声に、エリアは目を開く。
は?名前……?
「この辺の娘(こ)じゃないね。おうちは?学校はどこ?」
「え、あの……」
「言いたくないならいいよ。私だって無理に家に戻そうとは思わない。でも名前だけは教えて。名無しのゴンベじゃ呼ぶのも困る」
「エリア……」
「えりか?」
「え?あ、はあ」
エリアは頷いた。母親の声がロクに意識に届いて来ない。これからどうすればいいか、答えのない問題を提示されたみたいで頭が呆然。名前なんかそっちのけ。
母親が少し困ったようにため息。
「まだ熱が残ってるのかしらね。もう少し寝てなさい。治るまでは置いてあげる」
「……すみません」
それしか出て来ない。しかも、本当なら真っ先に言うべきは助けてもらった礼だった、と気付いたのはずっと後のこと。
「いいよ、お気楽に。何か不思議なお嬢さんだね。世間ズレしてないというか。浮き世離れしてるというか」
母親が立ち上がる。部屋の隅へ歩いて行き、襖を開け、退室し、襖を閉める。
廊下を遠ざかってゆく足音。
静かになる。部屋は純日本風な造りの和室6畳。引きひも付きの蛍光灯。単調にコチコチ動く時計の秒針。
人間さんの居住空間。
状況を整理する。まず、自分は人間世界へと追放された。
そして身も心も人間並みになって風邪を引き込み、ここへ、由紀子ちゃん家に運び込まれた。
これからどうすればいい。“上”へ戻る条件、方法は?
『あなただけの力で生活してもらおうと思います』
反芻する。追放前に聞かされたリテシア様の言葉。
『あなたはあなた自身の力と、同じ場所に住む人たちの協力のみで生活するのです』
それはつまり。考えるべきは戻れるかどうかではなく。
ここで、人間世界で、人間と共に生きろというのだ。
一人で!
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