天使のアルバイト-029-
しかし。
「家庭内暴力」
と言いながら、通り過ぎざま、父親の額を指ではじいた。いわゆる“デコピン”だ。
「痛いの」
父親が横座りになり、さめざめと泣くマネ。
「あはははは!」
エリアはついに吹き出した。もう笑いが堪えきれない。必死に笑いを堪えようとするが、腹筋が意志に反して勝手に震えてしまい、結局食事が進まない。
そして同時に、見ず知らずの自分をこうやって夕食に迎えてくれる家庭である理由を納得する。オープンであり、ありのままであり、とても気楽だ。他人であるのに、自分が印象良く見えるように“作る”必要性を感じないのだ。自分が何者であるのか隠しておくのが申し訳ないほど。
要するに落ち着くのである。ひょっとしてこれも……リテシア様の差し金だろうか。
私はなんて、幸せ者なんだろう。
翌日。
エリアはそのまま由紀子の家に泊まり、由紀子を学校へ送り出したあと、母親がアルバイト先としてクチを聞いてくれた、近所のスーパーマーケットへ向かった。
「私が適当なこと言うからあなたは話を合わせてね」
そう言う母親が店長に語ったエリアの“身の上話”は、エリアが話したこととはかけ離れた内容であった。ありがちな話……と言おうか、芸能ワイドショーの“波瀾万丈物語”をテキトーに切り貼りしたものだった。
それによるとエリアは、国際結婚夫婦の娘で、由紀子の“はとこ”であり、父親は紛争地帯から3年も戻らず、母親はその間に男を作ってアメリカへ行ってしまったという、無茶苦茶な設定の悲劇のヒロインにされてしまった。
「そーなんだ。こんな可愛い娘残して……じゃ、髪の毛は染めたんじゃないんだね」
店長がエリアの顔を同情の眼差しで覗き込む。ちなみに店長はがっしりした体格であり(あとで学生時代ラグビー部にいたと判る)、誰が見ても“頼れそう”という印象を抱く男である。が、その外見の印象に似合わず涙もろいらしく、母親のウソ話に目の周囲がちょっと赤い。
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