天使のアルバイト-050-
「ありがとう」
エリアは包帯を受け取ると、傷に巻くべく幼子を腕から解き、そのことに気付く。
出血が止まった。
「おお!」
見ていた中年男性から声があがった。
幼子の意識は変わらず不明ではある。しかしエリアには判っている。この子は危機を脱している。
安堵の気持ちで包帯を巻く。自分の知る限り、深い傷口は動かさない方がいい。
実はこの時、エリアは、安堵のゆえに小さく笑んでいた。これが追々“笑顔の素敵な娘がいる”と口コミで広がることになる。しかし、もちろん彼女は、意識して笑みを作ったわけではない。
近付くサイレン音。
「救急車だ」
誰かが声にする。エリアは包帯を巻き終わった幼子を胸に抱いて立った。頬から、腕から、そして制服の上から下まで赤黒い血の染みを付着させ、一見襤褸を纏うが如き姿で立った。
再度幼子の様子を確認する。安らかな呼吸。
彼女は、次いで、幼子の母親を見た。
「大丈夫。この子は助かる」
断言する。根拠はない。だが、大丈夫であるとなぜか判っている。
そして、自分の断言が、今の母親の精神の安定に何よりも有効であるとも判っている。
血にまみれ、幼子を胸に抱き、横目で命の維持を宣する、金色の髪を持つ少女。
その姿には麗しいまでの強さがあり、威厳がおのずと光のように放たれ、周囲の人々に感じさせた。しかし、それがそのような言葉に変換できる感覚であると、人々は知らない。ただ、エリアを見つめたまま、誰も、何も、言わない。
サイレンの音が大きくなって来、程なく止まった。
店長が走って、店外へ出て行く。
少しして戻ってくる。背後には白衣の救急隊員が担架と共に続いている。
「彼女が抱いてます」
店長の案内により、隊員が彼女に近付く。
「その子ですか」
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