天使のアルバイト-055-
重度の熱中症。
生気を感じない。首に触れるが脈はない。
“死”と言って差し支えはない。しかし“自発呼吸無く心肺停止”と捉えれば話は変わる。“単に血が巡っていないだけ”であり、“死んだ”という過去形ではない。
“あきらめない”これは使者たるものの必須条項。
エリアは赤ちゃんを抱いて走り出す。焼けたコンクリートで心臓マッサージでもあるまい。目を円くしている女性の前を横切り、階段を駆け下りる。
そこで携帯片手に駆け上がって来た店長と出くわす。
「助けたか。良く開いたな。氷なら用意してある」
「急に冷やしすぎてもダメなんです。濡れタオルを大量に用意してください!あと体温計を」
「判った……もしもし?今の話なし。開いたので……すいませんね……」
店長がきびすを返し、ものすごい勢いで駆け下りてゆく。そしてマイクで店内に指示する声。
エリアは赤ちゃんを店内に運び込んだ。
救護室に行くのももどかしい。レジ台に寝かせる。
人工呼吸するのに吐瀉物が邪魔。
口の中のを指で掻き出し、更に喉に詰まっているのを口で吸い出す。
「すげ……」
小学生達が信じ難いという目で見ている。
「吉井さん。さっきのお米の袋ちょうだい」
エリアは呆気に取られているレジ娘もう一人に指示を出す。
「あ、はい」
教員に指示された児童のように、吉井がエリアに従う。彼女は大学生であり、エリアの仮称“19歳”より年齢が上ではある。しかし、エリアの指示には、相手にそうと意識させず行動させる力がある。店長が包帯を用意した時と同じだ。それはエリアの言葉に真実と、それに裏付けられた自信が宿っているからに他ならない。ちなみに、交通機関の乗務員向けマニュアルには、非常時の乗客の避難誘導は“自信を持って『指示』せよ”と書いてある場合が多い。これはお願いではなく、従わせて行動させろという意図によるものだ。
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