天使のアルバイト-054-
「伊藤!売り場の氷だ。中崎!裏のホース駐車場まで持って行け。車に水ぶっかけて冷やす!」
「はい!」
「判りました!」
携帯電話片手に店長が指示する。レジ娘とたこ焼き屋のお兄ちゃんがそれぞれ動き出す。
一方エリアは駐車場……店の屋上へ向かう階段を駆け上がっている。
駐車場へ着く。止まって見回す。車は7台。果たしてどれ。
女性が追いついた。
「大きなグレーの……」
女性が言い出すより一瞬早くエリアは見つける。レジャー用の大型4輪駆動車。その後席にぐったりしている子供の姿。
全力疾走。
「あの、ロック……」
エリアは聞いていない。熱く焼けたガラスに手をつき、車の中を見る。
赤ちゃん。着ている服から男の子と見られる。ぐったりしており、肌が茹だった赤く、胸元には嘔吐の痕跡。
エリアはドアに手を掛けた。
信念がひとつ、意識にあった。
何が何でもこの子を助ける。
その気持ちは“雄々しいもの”と表現すればよいか。ドアロックの不可能性、状況の危機性、そのどちらも念頭になかった。ただ“助ける”という強い気持ちのみがあった。不安も恐怖もなく、太く強い確信だけが存在した。
エリアは“信じ切った”のだ。
だからエリアは、祈るではなく、念をこめるでもなく、ただ信ずるがままに、ドアノブを持ち上げて、そして、引いた。
全身が炎を噴いたような感触が一瞬、存在した。
がちゃり。
ドアが開く。同時に流れ出す、ムッと息詰まるような熱の塊。
チャイルドシートのベルトを外す。親に対する罵詈雑言が底なしの如く沸き上がる。憎いというのはこういう気持ちか。
赤ちゃんを抱く。その腕のその頬の、この熱さは何たることか。
人間の肌とは思えない、完全に体温制御を失調している。乾燥し、赤くなり、水ぶくれすら出来ている。
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