天使のアルバイト-056-
「ここに横向きに置いて」
「これでいい?」
「うん」
エリアはレジ台に置かれた米袋の上に赤ちゃんの両足を載せる。これは心臓に戻る血流量を増やすためである。血液は栄養や酸素などと共に、熱をも運ぶ役目をしており、このような異常高温の場合、血液循環の促進が欠かせない。
人工呼吸と心臓マッサージ開始。
しかし、脈打つ反応はない。
「エリカちゃん濡れタオルだ!」
バケツに山盛りのタオルと共に、店長と中崎青年が現れる。エリアはそれを見て赤ちゃんの衣服を脱がす。
濡れタオルを首に巻く。更に脇の下に挟んで抱き上げる。
「他のを下に敷いて。並べて」
男二人に吉井も加わり、レジ台にタオルを敷き詰める。この間エリアは赤ちゃんに人工呼吸を続ける。
反応なし。それどころか、胸部の膨張収縮の反応が鈍い。
筋肉の弾力性が失われている。たとえば太ももを押すと、指の形にくぼんだまま、元に戻らない。
エリアは歯を食いしばった。
タオルの敷かれたレジ台に、抱き上げた赤ちゃんを戻す。そして、残りのタオルで赤ちゃんの身体を覆い、心臓マッサージを繰り返す。
それでも反応はない。
再び呼吸をしようとして、その事態に気づく。赤ちゃんの口の中が全く乾ききっている。
つまり、体に水分がないのである。その認識は、生命体の守護者として有する知見を引き出す。すなわち、脱水症状の末に血液中の水分すら失われ、
血が巡らない。
熱中症が危険な理由がここにある。体内の水分が失われ、血液が満足に流れなくなってしまうのだ。部活等の軍隊的しごきで良くある“暑くても水を飲むな”は甚だしい言語道断である。
エリアは再び赤ちゃんを抱き上げる。その手が勝手にぶるぶると震え出す。ここで必要な治療は、実は“輸液”すなわち点滴だ。しかしそれは救急隊の到着を待たねばならぬ。
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