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2016年5月

【魔法少女レムリアシリーズ】転入生(但し魔法使い)-44-

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「え、あの、俺、夏は臭いと言われるんですが」
 先の平沢。“ボケ”たのだ、レムリアは気付いた。彼は笑いを操るクラスのムードメーカー。
 その話は知られているのだろう、クラスの中だけでなく、鈴なりギャラリーからもひそひそクスクス。
「何?俺超有名?」
「知らない奴はこの学校にいないと思う」
 誰かが言って爆笑。
「お前エンピツ臭いんだよ」
「うそマジで?男の香りじゃ無いのか?」
「私にしてみりゃみんな青臭いけどね」
 奈良井まで冗談合戦に参加する。そして、こう爆笑連発では自分だけふて腐れている理由もない。
 及び、多分、今の彼に正面から言えるのは自分。
「平沢君」
 レムリアは呼んだ。
「はい」
 平沢は並ぶ机の間をカクカク曲がりながら歩いて来、気をつけ。
 レムリアは小笑いして。
「ウチのフィアンセがそうだから言えますが、それは腋臭、いわゆるワキガです。しかも自分で判るなら周囲はもっとだと思います。薬を塗るか、脱毛などの処置をした方が良いと思います」
 平沢、制服ブレザーの上着をはぐってクンクン。
「……相原さんがそう言うなら。えと、みんなごめん。親と相談して対策します」
 和んだような雰囲気。お開きは間近ということのようである。レムリアは平沢にVサインをしてみせると、大桑の元に歩み寄った。
「ひどいこと言った。ごめん」
 手を差し出す。
 大桑は目を逸らす。
「自分、見てよ。ムネないじゃん。これでそれなりのコンプレックス。でもフィアンセはそれが萌えるとかロリコンなこと言う。でも言いたいのそれじゃない。彼が言うには、自分が、誰かのために一生懸命になってること、それが好きなんだってさ。私はそれを誇りに思う。だから、私は、あなたにコソコソ陰口叩く奴も同じく許さない」

次回・最終回

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天使のアルバイト-059-

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「体温計です」
 薬剤師は店頭サンプルの電子式……通称“耳温計”を持ってきた。
 早速耳に入れ、温度を測る。
 41・9度。
「それ以上出ないのよ」
 言われてエリアは頷いた。確かに、一般に42度以上の体温は存在しない。
 なぜなら死んでしまうからである。そして、赤ちゃんの温度は恐らくその死の領域。
 危険であることに変化はない。ただ、ただ、ひとつ言えるとすれば、触った感じでの比較ではあるが、少なくとも運び込んだ時より体温は下がったと思う。
 ハッと気が付く。
 それはつまり、このつたない心臓マッサージでも奏功しているということ。
 それと。自分よりこの子が熱いならば。
 まだ出来ることがある。エリアは気付いて制服を脱いだ。
 Tシャツ姿になって赤ちゃんを胸に抱える。
 何という熱さ。薄い衣服を通じて感じる体温はまさに炎。
 エリアは赤ちゃんを抱きしめる。自分の身体と赤ちゃんの身体でタオルを挟み、冷却を促進しようというのである。単にタオルを載せるだけよりは、冷却効果は恐らく高い。
 信念が戻ってくる。ドアを開いた時と同じ、太く強い確信が再び身体に宿る。
 不安が消える。そして訪れる、炎のような認識。
 この子に動かす力がないのなら。
 私が、心臓動かして血を巡らせる!!
「茂樹ちゃん」
 涙声の母親。
「大丈夫……頑張って。助けるから。必ず助かるから……」
 エリアは言いながら、抱いた信念に絆されるまま、マッサージを再開した。
 その炎のような信念は、特殊な能力の持ち主が見たならば、恐らく本当に燃え上がる炎として見えたであろう。
 エリアは今、自分の手がこの子の心臓を動かしていると、信じた。
「茂樹」
 子の名を呼ぶ母。近付いてくる救急車。
「茂樹っ!」
 何も言わないエリアに不安を感じたのだろう。母親の声がヒステリックな調子を帯びる。
 そこで、エリアは母親に目を向けた。
 

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【魔法少女レムリアシリーズ】転入生(但し魔法使い)-43-

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「だから私、別に自分のそういうこと隠しはしません。だってただの事実だし。相原さんに、姫ちゃんに、友達になってもらえた。それで十分だし。こんなに自分のこと聞いてくれた人いないし、話した人いないし。
 すごく幸せになれました。だから私のことコソコソ言わなくてもいいです。言われても何とも思わないし。ただ、一つだけお願いしたいです。誰かに、自分との違いが見つかっても、それで悪口を言わないで。以上です」
 溝口が座った。
 奈良井が教室を見渡す。廊下のギャラリーもそのまま見ている。
「発言したい人は他にいないかな?」
 無言。
 奈良井は教壇に戻った、
「じゃぁ、私が喋るね。まぁ、ショックでしたわ。仲の良いクラスだと思って安心してました。気づけなかった私の過ち、ごめんなさい」
 頭を下げる。
「先生そんな……」
 そこまですることはない。言いたげな学級委員長。
「いいえ。私はこの教室でこの学校で、あなた達の心身の健全を保証するという責任を持ちます。みんな一人一人がかけがえのない家族の一員、家庭の宝なのです。傷つけてしまうなんてとんでもないこと」
 それは素直な気持ちであると共に、ある種の説教であるともレムリアは気付く。
 いじめ、イコール、傷つけてしまうなんてとんでもないこと。
「今更ですが人はそれぞれです。皆同じだったら逆に怖い、ロボットじゃあるまいし。そんなクラスになれといった覚えはありません。ただ、誰もが誰もを傷つけまいとすれば、誰も傷つきません。言ってる意味は判りますね。そこんとこよろしくお願いします。まぁ確かに思い通りにならないとムカつくし、誰かに当たりたいと思うでしょう。でも、それを実行に移すのは他に手段が見当たらない幼い心のすること。面白がってアリの行列を潰してみたりね。そんな歳じゃないんだからおやめなさい。誰かの行動が不快というなら、本人に直接か、私にコソッと、言って下さい」
 

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天使のアルバイト-058-

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 そこでようやく救急車のサイレンが聞こえ始める。この間5分だが、その5分が異様に長い。
 怒鳴られてキョトンとする母親。
「お前車にこの子置いていっただろうが」
「でもクーラー付けて……茂樹ちゃん!?。ちょっと茂樹ちゃんに何して……」
「ドアホかお前は!クーラーなんかオーバーヒートですぐ止まるわ。おかげで赤ちゃん死にかけてるんだ」
 そこまで言われて、ようやく、母親は事態に気付いたようである。
「……そんな!クーラー……」
「機械を責める前に子供置き去りにした自分を恥じんかい!」
 店長が、その恰幅の良い体格の迫力を存分に生かして、駆け寄ろうとする母親を押しとどめ、糾弾する。それは勿論、パニックになった母親の所作が、救命作業の邪魔になるのを避けるため。
 母親の様々な声を聞き流しつつ、その刺さるような視線を受けつつ、エリアは赤ちゃんをずっと抱き、マッサージと呼吸を繰り返す。
 助けて……この子を助けて……。
「茂樹ちゃん!」
 母親が涙ながらに名を叫ぶ。
 無知で無責任……エリアは怒ろうと思った。母親を怒鳴りつけようと思った。
 しかし……次の瞬間出てきた言葉は違っていた。
「あなたが、うろたえて、どうするんですか」
 エリア自身驚くほど落ち着いた、ゆっくりした発声。
 周囲が息を呑む。似たような事例は毎年報道されるところである。エリアが母親を怒鳴り飛ばす……誰もがそう思ったであろう。
 しかし。
「過ちは仕方がない。でもこの子にとって頼れるのはあなただけ。そのあなたが取り乱したら、この子は誰を頼ればいいの?」
 エリアは幼子を抱き、その頬をゆっくりと撫でさすり、母親の目を見、言った。
 と、彼女の傍らに、白衣を着た中年女性が静かに歩み寄る。
 店内薬局の薬剤師である。
 

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【魔法少女レムリアシリーズ】転入生(但し魔法使い)-42-

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 中学生相手に性行為という意味でのセックスという言葉が極めて強いインパクトを持つことは百も承知。だが逆に女としてそれでよいという保証になることもまた確か。
 少なくともセックスしたいと思わせる肉体の持ち主は、メスとして魅力的である証し。
「だから、自分がされてイヤなこと人にもするな。大桑さん」
 大桑は一言も発すること無く、座ろうとした。
「あ、待った。溝口さんに言うことあるんじゃ?」
「……ごめんなさい」
 これでバトンは溝口。
「いいよ。隠してコソコソしてた私も悪かったし……でね、あの、聞いて欲しいの。彼女と、相原さんと喋ったこと」
 船のことを?レムリアは一瞬ギョッとしたが。
 
 
「相原さん、外国にいた頃、怒ると肌の色が変わってしまう男の子に会ったそうです。彼は、ちょっかい出されて、怒って肌の色が変わるとゲラゲラ笑われる。そんないじめを受けてました」
 それは船で出会った彼のこと。だが、
「相原さんは男の子とずっと一緒に居て、ずっと話を聞いて、我慢できないことがあったら孤児院へおいで、と言ってあげたそうです。そこに自分も行くからって。男の子はしばらくは、孤児院へ来たそうですが、そのうち来なくなりました。『我慢できなくなったら行けばいいや』なので、多少ちょっかい出されても我慢できるようになったそうです。すると、相手は、幾らちょっかい出しても怒り出さないので、つまらなくて、やめてしまった。私それ聞いてすごいなって思った。そして気付いた。誰かと違うと知ることは、違うことの痛みが判ってあげられることなんだなって。それ、そういう子の味方になれるなって」
 溝口は多少置き換え、そして、彼女自身の気づきを加えて話した。
 これに瞠目したのが二人の教員なのだが、レムリアを含めて、生徒達は気づいていない。
 

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天使のアルバイト-057-

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 ゾッとするような気持ちが全身を襲う。
 自分の体温が下がるのが判る。口に出したくない予感……。
 あきらめるのか?あきらめなくてはならないのか?
 
 否!
 
 エリアは不安につけ込んでくる諦念を振り払った。この子が“引き返し点を越えた”と誰が決めた。
 今、この子は、自分以外、誰に、何が頼める。
 自分を含めたここにいる人々に“心臓マッサージと人工呼吸”以外の何が出来る。
 心臓マッサージを再開する。“予感”を伴い、足下から揺さぶってくる気持ちと戦いながら、エリアは息を吹き込み、胸を押す。
 彼女エリアの、そうした動作眼差しは、少ない衆目をその動作に集中させ、まばたきもせずに見つめさせた。衆目の真剣な眼差しが彼女を捉え、固唾を呑んで推移を見守らせた。この金髪の娘を“信じる”。その光景は、そう表現できるであろう。
 そしてそう、エリアも信じている。しかし、手先に感じる幼子の命の状態が、すぐにでもその信念を不安で突き崩そうとする。
 ひっきりなしの不安の突き上げ。それを自分の意志で処理しきれないのなら。
 リテシア様!エリアは祈った。リテシア様、いや、リテシア様でなくて良い。ガブリエル様ミカエル様……いと高き地におられるセラフィム……。
 どなたでもいい。私にこの子を助ける力を貸して。
 エリアは祈る。そして信じる。
 なのに、この目からボロボロこぼれてくる液状のものは何か。
 声がした。
「あの……店長……」
 中崎青年…たこ焼き屋のお兄ちゃんが恐縮気味に声を発する。
「何だ」
 店長が振り向く。半ばいらだちを伴う声音。
「車の人」
 青年のその言葉に、その場の全員の目がそこへ向く。
 それは若い女。茶髪で厚底サンダルを履き、いかにも軽薄という印象の服装と化粧。
「うちの車に何を……」
「うるせえ!お前それでも母親か!」
 店長が一喝した。
 

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【魔法少女レムリアシリーズ】転入生(但し魔法使い)-41-

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 そこで手を上げたのは溝口。
 レムリアはその意図に気付いた。
 廊下には他クラス鈴なりそのままである。が、彼女の決意を止める必要は無い。
 私が守ると言ったのだから。
「今更ですけど。みんなに言っておきたいことがあります」
 何を言わんとしているのか、クラス中が判ったようだ。
“陰口”の遠因。
「私、男の人が好きになれない、っぽいんです。変な子、って幼稚園の頃から言われてました。ひどい目にも遭いました。そのこと、知ってる人、この学校にも沢山います。今朝、机に書いてあったこと、否定しません。でも、私、自分が、そういうタイプだと言うことを、自分で理解してます。だから、皆さんに迷惑と思われるようなことをする気はありません。なのでせめて、普通にいさせてくれると嬉しいです」
「気にすんなよ」
 男子の誰かが即座に言った。
「そうだよ。溝口は仲間だ。何か言われたら来いよ。俺たちが守るよ」
 男の子の強さ。レムリアは感じた。それは父性の目覚め、やがて家族を守る大黒柱へと成長する。こうやって始まるのか。
 相原学の場合は“自分を守りたい気持ち”が彼を男にしたと思っている。
 そしてやがて夫になる。
 さて、これでともあれ、溝口が“隠しておきたい”こと、“知られたくない”と思っていたこと、隠しておきたい故の“つけ込まれる隙間”全部消えた。
「座んなよ」
 レムリアは大桑に言った。今、立つ瀬が無くなったのは彼女。
「人の陰口コソコソ言うような奴は誰にも愛されないよ。私が言いたいのはそれだけ。それから、体格気にしすぎ。私は思春期でダイエットする方がよほど不健康だと思う。この時期に付いた脂肪が将来母体を保温し、いざというときの母乳の原料になる。その点であなたの身体は申し分ない。で、そういう身体が大好きセックスしたいという男は必ずいる。だから気にするな」
 

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天使のアルバイト-056-

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「ここに横向きに置いて」
「これでいい?」
「うん」
 エリアはレジ台に置かれた米袋の上に赤ちゃんの両足を載せる。これは心臓に戻る血流量を増やすためである。血液は栄養や酸素などと共に、熱をも運ぶ役目をしており、このような異常高温の場合、血液循環の促進が欠かせない。
 人工呼吸と心臓マッサージ開始。
 しかし、脈打つ反応はない。
「エリカちゃん濡れタオルだ!」
 バケツに山盛りのタオルと共に、店長と中崎青年が現れる。エリアはそれを見て赤ちゃんの衣服を脱がす。
 濡れタオルを首に巻く。更に脇の下に挟んで抱き上げる。
「他のを下に敷いて。並べて」
 男二人に吉井も加わり、レジ台にタオルを敷き詰める。この間エリアは赤ちゃんに人工呼吸を続ける。
 反応なし。それどころか、胸部の膨張収縮の反応が鈍い。
 筋肉の弾力性が失われている。たとえば太ももを押すと、指の形にくぼんだまま、元に戻らない。
 エリアは歯を食いしばった。
 タオルの敷かれたレジ台に、抱き上げた赤ちゃんを戻す。そして、残りのタオルで赤ちゃんの身体を覆い、心臓マッサージを繰り返す。
 それでも反応はない。
 再び呼吸をしようとして、その事態に気づく。赤ちゃんの口の中が全く乾ききっている。
 つまり、体に水分がないのである。その認識は、生命体の守護者として有する知見を引き出す。すなわち、脱水症状の末に血液中の水分すら失われ、
 
 血が巡らない。
 
 熱中症が危険な理由がここにある。体内の水分が失われ、血液が満足に流れなくなってしまうのだ。部活等の軍隊的しごきで良くある“暑くても水を飲むな”は甚だしい言語道断である。
 エリアは再び赤ちゃんを抱き上げる。その手が勝手にぶるぶると震え出す。ここで必要な治療は、実は“輸液”すなわち点滴だ。しかしそれは救急隊の到着を待たねばならぬ。
 

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