天使のアルバイト-060-
まっすぐに、落ち着いた、茶色の瞳で。
店長に“太陽”と思わせた瞳で。
そして。
「大丈夫」
彼女は、言った。
「大丈夫。この子は、必ず、助ける」
エリアは言った。先ほど同じで、根拠があるわけではない。だが、言って良いとふと思った。
「そう、絶対に大丈夫」
救急車のサイレン音が大きくなってきた。
すぐそばまで来たと判る。
そして止まる。
程なく、店の自動ドアが開いた。
救急隊員。
「たびたびすいません」
店長が入口に向かって声をかけ、救急隊員を店内に案内する。先ほどと同じ二人である。
エリアはそこで手を止め、救急隊に目を向ける。ストレッチャーと、そこに載せられたビニール製の簡易浴槽。中には敷き詰められた濡れタオル。
「あなたですか」
隊員の一人がエリアを見るなり言った。
エリアはゆっくり立ち上がる。胸に赤ちゃんを抱いて。
「心拍も呼吸もありません。蘇生動作を行っていますが苦しい状況……体温も……」
「診ましょう」
隊員が赤ちゃんを抱き取り簡易浴槽に横たえる。
耳の穴に体温計。
39・9度。
「望みはあります」
隊員は笑みを見せて言った。すぐに手動ポンプによる人工呼吸と心臓マッサージを開始。
同時に輸液のために手首を消毒。
「後はお任せ下さい……で、この子の親御さんは?」
「オラ、行け!」
店長が母親の背中を突き飛ばすようにして押す。
「あの……あの……」
「とにかくご一緒に。詳しいことは病院で診察を受けてから……」
うろたえる女性の腕を取り、隊員がストレッチャーと共に店を出てゆく。
クルマのドアがばたばた開閉する音。
サイレンが鳴り出し、救急車が動き出す。
そのまま徐々に遠ざかる。
エリアは、サイレンの音が聞こえなくなるまで、ずっとそこで動かなかった。
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