天使のアルバイト-105-
再び走り出す。堤防を駆け上がり、ドアの開いたタクシーの後席に身を折り曲げ座り込む。
「すいません道草しちゃって」
「何してたの?」
少しきつい調子の母親の声。
運転手が出発の可否を尋ね、母親が車を出すよう依頼する。
車が走り出す。
「あの子が自殺しようとしたから止めてた」
エリアは弾む息を落ち着かせながら、それだけ言った。
「え?」
「線路に立ってて電車が来て……どうにかなった」
母親はまばたきを止め、しばらくの間エリアを見た。
“まただ”、母親がそんな感慨を抱いていることがエリアには判る。
しかし、しかし今は、そんなことはどうでも良い。
「あの……それで……」
エリアは意識を切り替え、恐る恐る訊いた。
「危ないらしいのよ」
母親はボソッと事実だけを述べた。
エリアはまぶたがピクリと震えた。全身の血が止まるような……これは、恐怖か。
「え……」
「一度心臓が止まったって……頭の中で出血して、血小板って組織をどんどん入れてるんだけど、そのHLAの絡みでうまく働かず、出血が止まらないと。手術するにも脳の下の方で、この首に近いところですごく難しいんだって」
母親は自分のうなじの辺りを示した。脳底部、である。
エリアは言葉が見つからない。
可能であれば非難と糾弾を何者かに浴びせかけたい。抱えた病気の重さに加え、この事態、急坂を転げ落ちるような変化の加速度は何なのだ。
入院したのはほんの昨日。それから今まで、わずかに一昼夜。
48時間前。私は確かに彼女とトランプで遊んでいた!
それが……それが……。
なぜ?
なぜ!!
その後そのまま、二人とも何も言葉を発しない。ただ、タクシーは運転手の手慣れた操作で夜の街を病院へと向かう。
夜間入場ゲートへ回る。入口の警備員に説明し中へ。
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