天使のアルバイト-106-
そして右へ左へ走ること30秒。“賃走”状態を解除。
「はいどうも」
顔にしわの目立つ運転手は、車寄せに止めて言った。
「どうも」
母親が機械的に金を払い、二人はタクシーを降りる。
とはいえ周囲は当然真っ暗、無人。
タクシーが転向して去り、少し離れた夜間出入り口の鉄ドアがキィと開いた。
父親。
「急ぐんだ」
急ぐ……その理由を、二人は絶対に聞こうとしない。
小走りに父の元へ向かい、院内に入る。白い壁、白い蛍光灯、直角と直線の廊下の作り。文字と矢印だけの看板類。古く素っ気ないデザインは、こちらの建物が古い証。
エレベーターを呼び、すぐにドアが開く。
「11階じゃ……」
父親が8のボタンを押したのを見て、エリアが呟いた。
「違う。一般病棟に移った」
父親が言う。でも、理由は言わない。
言わないが、エリアには判る。
それはすなわち。
“家族に会わせる”のに、ICUでは不向き。
直面する現実に涙が溢れ出そうになる。背中が寒い。突如極北に放り出されたように背中が寒い。胴震いが出、歯が勝手にガチガチ鳴り出しそうになる。しかしエリアは歯を食いしばり、筋肉の勝手な動きを押さえつけようとする。それでも顎が動こうとするので両手で覆う。
ご両親の方が、自分なんかより、もっと、ずっと、つらいはず。
ううん、それよりも、由紀子ちゃん自身が。
着床を告げるチンというチャイム。
開くドア。待っている女性看護師。
一行の顔を確認し、しかし何も言わず、ただ、会釈だけして足早に先導する。
一番端の部屋。
狭い部屋であり、中にはベッドがひとつだけ。心電図関係の計器があり、医師が傍らでそれをじっと見ている。
「どうぞ」
医師のひとことで一行は室内に入る。ベッドの上に、いつもの眠りのように仰臥している由紀子。
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