アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-104-
果たして窓枠ひしゃげて斜めになった一室にそういう光景はあった。
船からワイヤーフックを出して窓枠に引っかけ、少し吊るようにして固定。
大男二人が入り込む。座卓を持ち上げる。
『人……いや、トリアージ黒』
二人が見たのは、びしょ濡れでぶるぶる震えて見上げる犬と、彼が抱える和服の男性の……描写は控える。顔だけ見ると寝ているようだが一見して死と判る状態。“トリアージ黒”は、災害等の患者優先度選別において、ご遺体に付ける黒のラベルの意。
人体に対してトンの質量を有する漂流物が衝突すれば、応じた結果となる。
犬が動こうとしない……二人の報告を受け、レムリアは甲板から降りた。
むごい有様にもある種の慣れがある自分は“良い”のか。
犬が自分に気づいた。
〈あんただね。声が聞こえるのは。ご主人は?何で動かないんだ?〉
〈眠っているのよ〉
〈心、を感じないけど?〉
心を感じない状態、動かない。そういう状態は判っている。
だが、死という概念は彼にはない。
死を認識する悲しみ。死を理解できぬ哀れ。
〈深い、深い、眠りなの。こっちへいらっしゃい。何か食べさせてあげる。君のケガを治さなくちゃ〉
甲板へ上げて身体を洗う。油の混じった波に浸り、血液を浴び汚れたその姿は、くしゃくしゃに丸められた紙くずのようであったが、シャンプーして乾かすと、ようやく栗毛色したラブラドールレトリーバーと判明した。特徴的な耳たぶが切れている。
「この辺は人間と一緒だろ」
医師が縫合。
操舵室の子供達のところへ連れて行く。オートミールがあるから作って食べさせて……と言おうとしたところで、犬の方が顔見知りに対する反応を示した。
「あ、犬だ」
誰かが言って、子供達が一斉に振り返る。
「え?江崎さんちのラブじゃね?お、ケガしてんじゃん大丈夫かラブ」
男の子が気付いた。
〈碓井晴人(うすいはると)君だ〉
果たしてラブは尻尾を振った。
「やっぱそうだ。ラブだよ。ラブ、生きてたんだね。おじいちゃんは?」
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