天使のアルバイト-117-
医師は言い、心電図装置の電源を切った。
「後で最後にもう一度検査して、退院だ。片づけに来させるよ」
医師と吉井看護師が部屋を出て行く、
の、途中、医師は立ち止まって振り返った。
「彼女は、美しい翼を持っていたよ」
「え?」
由紀子は首をかしげ、そして瞠目する。
「エリカ、見えるよエリカ、あなたの光の翼。いいえ、エリカじゃない、エリア……」
「あら、そういえば彼女、スーパーの制服着たまま行っちゃったんだ」
母親は、笑った。
20
懐かしいと言って良い雰囲気が彼女の周辺にあった。
静かな部屋。ふかふかの絨毯による吸音。高い天井。
重さを感じない自分。
戻ったのだ。彼女は別れの寂しさと、帰郷の安堵が綯い交ぜになった複雑な気持ちで、そうした造作を視界に収めた。
次いで自分を見回す。急ごしらえの肉体ではない。それは病院で光の塊と化していた“天上の身体”であるが、今は光ることもなく、普通の人体のような姿を見せている。
それはここ……天界が、地上の人間世界と次元を異にすることを意味する。言うなれば“空間の圧力”が違う、と書けようか。水は気圧が高いと100度を超しても沸騰しないが、逆に気圧が低いと手で触れられる温度でも沸騰する。同様にここでは光の振る舞いが抑えられ、身体が人間同様に見える。しかし、人間世界では光を抑制するエネルギーが不足し、輝きを放ってしまうのである。
気配が生じた。
彼女はそれが誰か知り、ベッドを降り、片膝をふかふかの赤い絨毯に突いてしゃがみ、手を胸に当てて頭を下げた。
音もなくドアが開く。
「エリアさん。顔を上げてください」
言われて、エリアは恐る恐る顔を上げる。気配の主、物静かな感じの年上の女性がそこに立っている。
守護天使リテシア。
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