【理絵子の夜話】差出人不明-2-
「すいません。数学で判らないことがあって二人で唸ってました」
理絵子は立ち止まって答えた。その一方で左手を小さく振り、クラスメートに“行って行って”。
「じゃあお先に」
クラスメートがそそくさとその場を離れる。
「あ!……もう、数学なら佐久間(さくま)先生にお尋ねになれば」
志村教諭は小走りで去る女生徒の姿を、階段まで目で追いながら尋ねた。
「彼女は塾なんです。ええ、おっしゃる通り、先生にお伺いしたいのは山々ですけど、手取り足取り聞いてしまっては自分で考えたことになりませんし、考えて答えを出さないと身につきません」
理絵子は真顔で言った。
すると、志村教諭は“負けました”と言わんばかりのちょっとあきれた顔。
理絵子が自分をうまく言いくるめたと自覚しているのだ。
「なるほど、ね。あ、そうだ。あなたのクラスの桜井優子(さくらいゆうこ)、さっき屋上にいたわ。何が“見舞い”よ。ったくウソばっかり」
この言葉の通り志村は理絵子の担任ではない。見回りで通りがかったのである。
「あら、そうでしたか。でも私はそう聞きました。それに、彼女のお父様が病気なのは本当ですよ」
「それは判るけど……言っておいて。出席時間危ないって。このままじゃ、また」
担任ではないが、そうした“懸念行動”は把握している。
「判りました」
理絵子は答えると、志村教諭に一礼し、教室を後にした。
階段を降り、1階昇降口に出ると、その桜井優子がいる。
年齢不相応に濃い化粧をした少女であり、セーラーは襟元を改造、スカートはひざの上までで、ぺちゃんこのかばんを背負い、靴はかかとを潰したスニーカー。
「よぉ」
男のように喉をつぶした低い声で理絵子に話し掛け、ガム風船をぷかり。
「やっと帰るよ」
理絵子は立ち止まって笑顔で応じた。
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