【理絵子の夜話】差出人不明-8-
踏み切りに到着した。
しんとしており、誰かいる気配はない。
「あの……黒野ですけど……」
理絵子は小さな声で言った。最も、大きな声は必要ない。街灯の蛍光灯の音が聞こえるほどなのだ。
遅くなって帰ったか……腕時計を見る。
8時10分。
諦めるには早すぎはしないか。
それとも相手が遅いのか。
突然犬が吠える。
「!」
理絵子はびくんと身体を震わせ、首をすくめる。なんでいきなりという、少し怒りに似た気持ちが生じる。それは不条理という言葉が使えようか。“何でここはこんななの?”そんな風に誰かに言いたくて仕方がない。
レールを伝うかすかな音。
左方、駅を見ると電車が到着したと判る。まもなく、この踏切が作動し、電車が走って来よう。
理絵子は少し線路から離れる。電車の運転士に見つけられて、自殺志願者にされてはたまらない。
踏み切りがカンカン鳴り出した。
理絵子はまた身体をびくつかせる。鳴り出すと判っていたのに、身体は“驚き”の反応を示したわけだ。
もうやだ……理絵子はここから離れようと決意する。当人はいないわけだし、何か起きた形跡もないから、自殺したわけでもないだろう。ひょっとするとあの手紙自体、いたずらだったのかもしれない。
電車が近づいてくる。
踏み切りの表示が変わり、反対方向からも来ることを示す矢印ランプが点灯する。
駅を発車した電車が来、轟音と共に行き過ぎる。この時間の東京行きは車内ガラガラ。
と、線路際で何かが動いた。
花束。
遮断機の機械の後ろにあったらしい。風圧で線路の中にバサっと倒れる。
理絵子はそれを見てハッとしてギョッとする。
まだ新しいのだ。
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