【妖精エウリーの小さなお話】アイドル-07・終-
「え?涼?……涼だ。本当に涼だ……」
涼の姿を見るなり、男の子は言って小さく笑みました。
「リクエストはこのボク?」
涼は私に訊きました。
「そう」
私は答え、手品の要領でバイオリンを手にします。
「やれやれ……」
呆れたように、足音もなく、言いながら入ってきたのはミレイさん。
手にはフルート。
つまり、何のかんの言いつつ、協力してくれる意思表示。
「いつでも」
「え?曲を知って……」
「るよ。何でも」
「涼、『未来へ』聞きたい」
男の子が言いました。
「え?私はいいけどでもあれ早いよ。ギターと打ち込みだし……」
BPM148のギタートラック冒頭を私は演奏してみました。
「すごい……」
「足りなきゃピチカート。準備良ければ」
「あ、ちょっと待って」
涼は少し発声練習。
前奏無しでいきなりサビのリフレインから入るので涼に合わせて付いていきます。♪信じて開いた扉の向こうは絶望の崖だったなんて生きていれば何度もあること……
男の子は笑みを見せ、リズムに合わせて首を振りながら聞き入り、やがて幸せそうに目を閉じました。
そしてCパート、終曲前のリフレインでフッと姿が消えます。
♪朝日が照らす君の未来を。
「……男の子は?消えちゃったけど?」
汗をにじませ、荒い息で、涼は私に尋ねました。
「安心して、天国へ行ったよ」
「は?」
言わなくてはならないでしょう。
「ここは、本当の天国に来る少し前、心だけが先に来るところ。大好きと、幸せの中で、心は身体から少しずつ離れて行く。そして、天国へ旅立つ」
「天国へ旅立つって……」
「文字の通りです」
「じゃぁ、この男の子は……」
「大好きな涼の歌を聞きながら、天国へ」
「そんな……」
涼は口元を抑え、その両目から涙がぽろぽろと。
そして、叫びました。
「だったらそう言ってよ!もっと、もっと一生懸命歌ったのに。一緒に踊ってあげられたのに!めいっぱい楽しませてあげたのに!」
良く通る声でそれだけ怒鳴り、次いで涼は私を睨み、そして気付いたように目を見開きました。
ある種の示唆……天啓の類いが彼女を訪れたと知ります。
「私……歌うことが大好きで、聞いてもらえることが嬉しくて、オーディションに応募したんだ」
「うん」
「でも……なんだろ、そのうち、だんだん、“仕事”になっちゃった。一定時間、その場所にいて、ニコニコしてるだけでいい、みたいな。そういうの、見透かされるよね。自分も判るもんね。あ、こいつ真剣じゃねーなって。嫌ってたくせに、自分がなっちゃった」
その目に涙一粒。但し意味の違う涙。
私は頷いて、
「私、翅で人間さんの世界とここを往復して200年」
それだけ言いました。そして、フッと理解が訪れます。それ以上何か言う必要は無いこと。
私たちの間に永遠の別れが近づいていること。
「呪文を唱えます」
「はい」
「あなたは再び歩き出す。大丈夫、戻っても誰もあなたを責めない」
「信じるよ」
「ありがとう。じゃぁ、行くよ、リクラ・ラクラ……」
呪文の最後は、涼には聞こえなかったでしょう。
“鼻につく態度”をスキャンダラスに書かれていたトップアイドルが、深夜、病院を訪れたらしいというネットのうわさ。
アイドル/終
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