【大人向けの童話】謎行きバス-08-
その由美さんからであろうか、何かいいにおい。出かける時の母親と同じような。
何か、香(かお)りの出るものを、つけているのだろうか。
そんなんでコイツなんかさわったら……。
「テントウムシじゃないのかい?」
運転手さんがたずねる。確かに、大きさと形状は似ているかも知れないが、テントウムシではない。
その虫が紙に脚(あし)をかけたところで、雄一は素早く紙を引き寄せ、その中に包んだ。
とりあえず、道の反対側、のび始めたススキの葉の上に放す。ふだんなら、1秒も待たずにふみつぶすところだ。でも、今ここではダメだ。
なぜなら。
「こいつはマルカメムシです。さわったら最後、石けんでこすっても取れないくらいクサイですよ。大じょうぶですか?」
そんなもん、手でパッパッ、なんてやったりしたら最後だ。由美さんは、指先から悪臭(あくしゅう)をまき散らすことになる。いいにおいどころか、クサイキライと言われてしまう。
ましてや、つぶすなんてもってのほかだ。一度まちがえて指でやったことがあるが、残りのニオイで飯も食えなかった。
飯……雄一は自分の空腹に気付いた。何せ家を出たのは日の出前、朝ご飯なんか食べてない。
「そんなにクサイの?」
由美さんがおそるおそる、マルカメムシの止まっていたセーラーのエリに鼻を近づけ、理科の実験で習ったように、手先であおいで、ニオイをかいだ。
「…あ、大じょうぶ、みたい。ありがと。…で、あなたはだあれ?」
「あ、はい…」
と、そこで、背後からクルマのエンジン音が近づき、クラクションがプップ。
「おーい、どうしたんだい?」
肉付きのふくよかな、丸い顔でぼうず頭の男性が、大型国産乗用車の窓から顔を出し、こちらを見て言った。
「その子は?ようへいくん?」
「じゃぁないそうです」
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