【大人向けの童話】謎行きバス-15-
クリを一つ。たしかに、固くてガシガシかみしめる必要はあるが。
味が〝濃(こ)い〟。お母さんがスーパーで買ってくる〝あまぐり〟とは「格」が違う。
「すごくおいしいです。お店のクリなんか食べられなくなりそう」
「君はこういう野性の木の実なんかは初めてかな?」
「はい…」
雄一の町は、200万人が住む県庁所在地のとなり。田んぼの中にじわじわ住宅が増えてきたところで、雑木林はない。整備された自然公園みたいなものはあるが、木の実を取って食う、なんて経験はない。
と、説明すると。
「都会のとなりか。それにしちゃ、虫や動物にくわしいみたいだねぇ」
「小さいころは周りにいっぱいいましたし、おばあちゃんが埼玉(さいたま)の秩父(ちちぶ)の方に住んでいて。それで」
「あのSL走ってるところだな?」
「そうです」
「そうかそうか。それであつかいも慣れてるんだな。さっきの由美ちゃんの虫…何て言うんだい?」
「マルカメムシです」
「カメムシか、なるほどな。そういう、〝そこにいる〟というだけできらわれるのを、不快害虫っていうんだが、むやみに殺さず大切にしたもんな。都会っ子にしちゃ立派だよ」
立派。言われて雄一はおどろいた。虫のことで立派だと言われたのは初めてだ。それに、マルカメムシだって、ふだんなら、ふみつぶす。あんなもんクサイだけだし、カメムシ…すなわち草木のしるを吸って生きるのだ。特にコイツはマメ科によく付くので、枝豆などを農家の人が育てていると思うと、1ぴきでも少ない方がいいんじゃないか、と思うからだ。
でも、そういう風に言われてしまうと、殺してやる、という気がだんだん無くなってくる。ちなみに、不快害虫とは、カやハエなどとちがい、ニオイや外見が気持ち悪い、ただそれだけの理由で殺される昆虫や虫たちのことである。その点で、彼らがかわいそうだ、と思う気持ちは、雄一にもある。例えばガはチョウと同じ仲間であるが、方や愛(め)でられ、方や足でふまれる。もっと言えば、同じチョウでも地味で茶色のヒメジャノメや、翅(はね)の形がパピヨン形をしていないセセリチョウなんか、ガとまちがわれてやはり足でふまれる。クモやゲジゲジも同じ。
| 固定リンク
「小説」カテゴリの記事
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -023-(2024.10.05)
- 【魔法少女レムリアシリーズ】アルカナの娘 -13-(2024.10.02)
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -022-(2024.09.28)
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -021-(2024.09.21)
- 【魔法少女レムリアシリーズ】アルカナの娘 -12-(2024.09.18)
「小説・大人向けの童話」カテゴリの記事
- 【大人向けの童話】謎行きバス-63・終-(2019.01.30)
- 【大人向けの童話】謎行きバス-62-(2019.01.23)
- 【大人向けの童話】謎行きバス-61-(2019.01.16)
- 【大人向けの童話】謎行きバス-60-(2019.01.09)
- 【大人向けの童話】謎行きバス-59-(2019.01.02)
コメント