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2018年5月

【大人向けの童話】謎行きバス-28-

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 指先に乗るサイズ。なのに似つかわしくない、どう猛(もう)そうなアゴ。そこだけ見ればメスのクワガタのようだ。そして、サングラスをかけているみたいな、大きな複眼(ふくがん)。
「ハンミョウだよ。人の歩く先を先回りするみたいに飛ぶから、道教えともいう」
「へぇ~」
「きれい」
「あ、かみ付かれると痛いよ。これの幼虫もアリジゴクみたいに土の中にいて、近づいた虫をこう、ガッと」
 雄一は手指を使って、体をのばしてエサをつかまえる、という様子を説明した。ちなみに、ハンミョウの幼虫はイモムシタイプで長い穴の中にひそむ。穴のそばを虫が歩くと、スケートの〝イナバウアー〟よろしく、体のけぞらせて穴から現れ、親ゆずりのでっかいアゴで虫をつかまえるのだ。
「にがすよ」
「うん。ハンミョウさん。ばいばい~」
 手をつっこんで指先に乗せ、網から出してやると、大あわて、という感じで、ハンミョウは飛び去った。
 つーっと飛んで少し先に降りる。
 女の子たちは面白そうに、ハンミョウを追って走って行った。
 その向こう、子ども達といっしょにしゃがみこんでいるセンター長の姿。
 センター長が自分に気付いた。
「先生に聞いてごらん」
「せんせー」
「せんせーこれってサナギ?」
「あ、センター長。アリジゴクってウンコしないんだって」
「ほうそうかい。おやこらまたずいぶん探検隊が増えたなぁ」
 センター長は笑って言った。
 そのやりとりに雄一はすごいと思った。ふつう、大人の人はいきなりアリジゴクのウンコの話をされたりしたら、面食らってイヤがるものだが。
「どうしてウンコしないのか教えてもらったかい?……ところで先生、この小さいマユがモンシロチョウのサナギかどうか、見てもらえるかい?」
 センター長は、下級生の男の子にたずねながら、別の女の子が持っている飼育用水そうを指差した。
 

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【大人向けの童話】謎行きバス-27-

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「虫とかってさぁ、手のひらとか乗せるとすぐウンコとかしねぇ?」
 自分と同学年くらいであろうか。いつの間にか背後からのぞきこんでいた、男の子が言った。
「こいつ、腹の中ほとんどウンコ」
 雄一はアリジゴクの腹部をエノコログサでつんつんして言った。
「マジ?」
「なにそれ」
「ずーっと土の中で待ってるわけだから、ウンコするところがない。それと、つかまえたアリの体液を吸うから、ウンコの元になるもの食わない。だから、ウンコが少ない。成虫になるとき初めてウンコする。それまで腹にためこむ」
 雄一は言うと、アリジゴクを砂の上に下ろした。
 アリジゴクが、早速そのアゴで、砂をはじくようにして穴を掘り始める。尻(しり)から砂にもぐると、体の上に砂がサラサラ落ちてくるので、そのままアゴではじき飛ばすのだ。
このくり返しで、穴を深くして行く。
「おもしれぇなぁ」
「あとは放っておけば元通り」
 雄一はアリジゴクの作業が順調に進んでいるのを確認すると、立ち上がった。
 気が付けば背後には子ども達が何人か。
「あ、せんせーだ」
 向こうで声がし、自分を見る幼い目。
 女の子が何人か。
「これ、何?」
「きれいな虫」
 土の上を指差す。
「あ、飛んだ!」
 見れば確かに何かが地面から飛び立ち、つーっと向こうへ、そして降りる。
 翅のきらめきで雄一は何か知った。
「あ~近づかないで。また飛んでっちゃうよ」
 雄一は、網が届くぎりぎりまで近づき、網をふるう。
 素手だと難しいが、網があれば、わけない。
 網の中でバタバタ暴れ回る。にげ出さないように網ストッキングの根元を手でにぎり、しぼるようにして、すみの方へ追いつめて行く。
 進退きわまった。緑に赤に、いろんな色がキラキラ光るきれいな背中。
 

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【大人向けの童話】謎行きバス-26-

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 そこは、確かに位置的にはアリジゴクがいそうな場所。ただし図鑑の記述であって、実際に見たことはない。
 雄一はプールの上から下級生たちと飛び降りた。
 下は砂地。雄一はそれだけではは~んと思った。まずマチガイなく、そこにいるのはアリジゴク。
 果たしてカベ沿い、兄妹の指差す方向を見ると、砂に作られた、小さなすりばち。
 そばに生えていたエノコログサ(ねこじゃらし)を引っこぬき、すりばちの中心をつん。
 手ごたえあり。
「何か動いた?」
 エノコログサを引き上げがてら、すり鉢の中に手をもぐらせる。
 この遊びをアリジゴクつりという。別の図鑑で見て覚えていたのを、実行してみたまで。
 白っぽい虫が出てくる。まず目立つのはギザギザした大きなアゴ。クワガタを思わせるスタイルで、その大きさは体のサイズと同じくらい。それは、人間で言うなら、胴体と同じサイズのクワガタみたいなアゴが、首から上についている、そんな感じ。
 巨大(きょだい)アゴ生物。これで図体がデカければ、相当コワイ怪獣(かいじゅう)状態のはずである。
でも、その体は指先に乗る程度。
「アリジゴクちゃんで~す」
 雄一は言って、手のひらに下ろした。
 アリジゴク。ウスバカゲロウの幼虫。
 カゲロウが成虫でいられるのは数日から1週間、というのはよく知られているが、幼虫はこのアリジゴクの状態で、2~3年を過ごす。その過ごす長さは食べられるエサの量で変わる。エサが豊富なら早く成長するが、少ないと長くなる。ちなみに、1年もの差が出ることで分かるように、エサが少ない個体は、空腹でエサを待つ期間が長くなる。その期間が1ヶ月に及ぶ場合もあるという。
「指出したらはさまれそう」
「ツメの間とかに歯が入ったらマジ危険かもね」
 手の上でごそごそ後ずさり。アリジゴクの移動はバック一本やり。
 

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【大人向けの童話】謎行きバス-25-

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 ショウリョウバッタを水から出す。バッタは〝何すんのよ!〟と、おこったかどうか、水にぬれた目や触角(しょっかく)を、必死に前脚でふきふき。
 ゲンゴロウもろともにがす。
「へぇ、本当に博士だなぁ」
「え?でもこのくらいなら図鑑に書いてない?」
 雄一が持っているのは〝原色日本昆虫図鑑〟。上下2巻に分かれ、ラテン語の学名も書かれた〝ドカーン〟とばかりに存在感のあるすごい本である。
 ただし50年も前のもの。お父さんが東京神田(かんだ)の古本祭りで買って来てくれたものだ。
対し、しせつにあるのは〝ようちえん向け〟とかで。
「尚子おばさんがキャーって言うから……」
「あまりくわしいのとか、たくさん絵がのってるのは、気持ち悪いって…」
 彼らの表情は、さえない。
 だったら。
「それじゃ今度オレの……うおギンヤンマだ!」
 雄一は視界を横切るいっしゅんで、その虫を見ぬいた。
 証(あかし)は、胸の部分の水色だけで十分。
 ギンヤンマ。赤トンボなどより一回り大きいトンボである。高速で飛ぶことで知られる。
 雄一は網を持った。これとアオスジアゲハだけは、どうやってもつかまえられない。
 ヤゴから育てれば成虫そのものは手に出来るだろうが、それではプライドが許さないのである。〝飛んでいる〟のをつかまえたいのだ。
 しかし。
 雄一は2度3度と網をふるったが、ギンヤンマはまるで小バカにするがごとく、網のわずか数センチ先をかすめ飛んでかわし、挙げ句にはプールから飛び去ってしまった。
「にげちゃった」
「あれだけはどうやってもつかまらなくて」
 すると。
「ねーせんせぇ」
 プールの下から、別の男の子の声がかかった。
 
 
「はい?」
 鉄さくの上から下をのぞきこむ。
「これってアリジゴク?」
 男の子が、その妹だろうか、幼い顔立ちの女の子と立っており、プールのカベの下方を指差している。
 

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【大人向けの童話】謎行きバス-24-

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「空気の気と、入場門退場門とかの門ってあるでしょ。くっつけて気門。単なる穴なんだけどさ、昆虫はその穴がお腹にいくつか開いてて、そこで息してるんだ。あとでバッタでもつかまえて見せてあげるよ……って、いるじゃん」
 近くのススキの葉っぱにショウリョウバッタ。
 大形で長い、緑または茶色のバッタだと言ったら心当たりのある人も多かろう。オスメスの体格差が非常に大きく、オスはキチキチと音を立ててすばしこく飛び、メスは飛ばない。
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 のが、常識とされていたが。
 今雄一が発見したメスのショウリョウバッタは、図鑑がウソ付きと思うくらいに良く飛んだ。
「まただ」
 雄一は思わずつぶやく。21世紀になった辺りから、こういう〝良く飛ぶメスのショウリョウバッタ〟が増えている気がするのだ。それより以前は、一生けんめい翅を広げてバタバタしているが、容易につかまる。そんなのばかりだった。
 温暖化で飛ぶ力が付いてきたのか?
 とはいえ、まだまだオスほど飛行能力がないのは確かである。網を使わず、次はつかまえた。
「ほい」
 翅をめくってお腹を見せる。相手がメスだけにスカートめくりしている気もするが。
「お腹に点々があるでしょ」
「うん、あ、ふくらんだりちぢんだりしてるね」
「この点々が気門。オレらは鼻から息するけど、こいつらはこの気門の点々から、そのふくらんだり縮んだりに合わせて、空気が出入りする。だから」
Baka
※これはトノサマバッタ
 
 雄一はショウリョウバッタの頭を水の中につっこんだ。
「あ、死んじゃう」
「大じょうぶ。息してるのお腹だもん。オレらフロに入って首までつかっても、頭だけ出てれば大じょうぶでしょ?それと同じで、こいつらはお腹さえぬれなきゃ大じょうぶ」
「ふ~ん」
「つーても、虫にとってはエライめいわくだぁね。はい、ごめんよ」
 

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