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2018年6月

【大人向けの童話】謎行きバス-32-

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 ヤマカガシは、『オレおこってるぞ!』とばかりに口を開いていたが、やがて落ち着いてきたのか、おだやかな表情になり、舌をぺろぺろ。
 ちなみに雄一は、ヤマカガシのこの可愛らしさは、そうやって獲物(えもの)を油断させるためでは?と思ったことがある。真実が分かっているたった今でさえ、絶対に毒ヘビには見えない。
 子ども達が遠巻きに、雄一とヘビを見つめる。
「何か割りばしみたいなのありませんか?」
 雄一は言った。
「これはダメかい?」
 センター長が取り出したのは万年筆。その額には、あせのしずく。
 本気でこわがっていらっしゃるようだ。
 雄一はペンを受け取ると、ヤマカガシのくちびる(?)をそのペンでぺろっとめくった。
 注射針が植わっているような、するどい歯、というか、トゲ、と言うべきか。
 みんなのぞきこむ。
「これのそばに毒を出す穴があります。この歯でかまれて、傷ついたところに毒が入るわけです。ヤマカガシの毒は、かまれたしゅんかんのあいたっ!てのはありますが、毒そのものは痛くなりません。しびれてズキズキするくらい。だから余計に、まさか毒ヘビにかまれた、とは思わないのかも」
 雄一は言うと、ペンをセンター長に返し、ヘビをガケににがした。
 ヘビはするりとガケに身を下ろしたが、そのまま、動かない。
「こうやっておとなしいから、つい油断しちゃう」
 雄一は、ガケをクツでドカンドカンとけっ飛ばした。
 ヤマカガシが動き出し、子ども達がワッとのけぞり、その子ども達と逆の方向、雑木林の中へ、ヤマカガシはにげて行く。
 おー、という、感心とも安心とも取れる声が、子ども達からあがった。
 雄一がヤマカガシの逃走(とうそう)を見送ってふりかえると、自分を見つめるまなざしは、みな尊敬に満ちている。
 

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【大人向けの童話】謎行きバス-31-

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 ヤマカガシ。二〇世紀の末まで、無毒と言われた、ほぼカエル専門に食するヘビ。
 その目はくりっとして丸く、そのせいか顔立ちは可愛らしい。スズランの花といっしょで、ぱっと見て毒があるとはとうてい思えない。
「え?じゃあ……」
「毒ヘビですよ。ハブより強いというのが最近の説です」
 雄一は言いながら、ガケの中程に足をかけ、じっとしているヤマカガシの背後に手をのばした。
「どうするんだい?」
 心配そうなセンター長。ちなみに、ヤマカガシは舌をべろっと出して動かない。死んだフリ。
「基本的におとなしいヘビです。よほどいじめつけない限り、キバを立てたりはしません」
「だからって……」
「つかまえてお見せします。ちなみに、かまれると、そのうち、びぃんとしびれてきて、ずきん、ずきん、としてきます」
「かまれたことあるのかい?」
「小さいヤツですけどね。半日ズキズキしてました。でも大じょうぶ、それまではふつうにつかまえて遊んでましたし、その時は、ちょっと、ひどいことしましたからね」
 雄一は言い、自分の背よりも長いそのヘビの、首根っこをひょいとつかんだ。
 おおっ、という声があがる。ヘビはあわてて体をくねらせ、のたうち、雄一のうでにからみつき、口をカッと開いた。
 その表情はまさに肉食のどうもうさ。
「おい雄一君!」
 センター長の声が、心配する親父のそれに変わった。
 しかし、雄一は平気である。この辺は経験だ。なお、雄一はかれこれ十ぴきからのヤマカガシを手づかみした経験がある。だから、体であつかいを覚えているのである。でもそれは、毒ヘビとされていなかったから出来た話。今はちがう。
 雄一はヤマカガシを持ってガケから降りた。
 
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★死亡例もあるので、絶対に真似してはいけない。これは青大将の子供
 

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【大人向けの童話】謎行きバス-30-

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 それは雄一の経験に基づく、単なる実感。
 しかし、センター長は感心したように、目を丸くして大きくうなずいた。
「君が命を大切にあつかう理由がよく分かった」
「……そうですか?」
 言いながら、雄一は水そうのすみっこに文字通り〝巣食った〟寄生バチのマユを、アオムシのなきがらごと、棒でからめとった。
「そうだよ」
 センター長が言う。
「選ばれて生きているという実感があるから、むやみに殺せない。君も『命を大切にしなさい』っていうのを良く聞くと思うけど、そう言われたから殺さないだけ、ではダメなんだ。重みがちがうんだよ。ゲームの主人公が死なないようにするのとは、わけがちがう。
 おかしな話だが、〝死ぬ〟ってことがどんなことか分かってこそ、〝生きる〟ってことの重さに気付くんだよ。その点で最近はペットとか……」
「センター長!ヘビがいた!」
「すっげーでっけーやつ!」
 男の子たちの声が、割って入った。
 
 
 センター長もふくめた、ご一行様で向かったのは、運動場のすみっこ。そこは雑木林のはしっこに当たり、小さなガケが立ち上がっている。ガケは赤土がむき出しで、わき水がちょろちょろ流れ、周辺の土はしめってジメジメ。
 そのジメジメに生えている草の中に足をふみ入れたら、小さなカエルがぴょんぴょん飛んだ。アカガエルの未成熟なヤツだろう。なるほどヘビがいて変ではない。
「ほらこれ!こいつ!」
 男の子がガケの真ん中を指差す。赤黒模様で相当に長い。雄一の身長より確実に長い。
 じっと動かない。センター長がのぞきこむ。
「これはさっきの……」
「いえ、ヤマカガシです」
 雄一は言った。
 赤黒がほぼシマシマのパターンをえがく。ニジマスの腹部の模様に似ている、と書いた方が、分かる人には分かるのではないか。
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レッドデータブックなごや2015 動物編 より。デジカメ時代になってから見てないわ)
 

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【大人向けの童話】謎行きバス-29-

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「これ」
 と、女の子が持ち上げた水そうの中には、キャベツの葉っぱと。
 すみっこで、がんじがらめに糸がからまり、動かないモンシロチョウのアオムシ。
 アオムシの体の前には、黄色い糸の小さなマユが、ズラズラいくつも並んでる。
 あーあ。雄一が最初に感じたのはそれ。
「これ、幼虫を見つけて取ってきたの?」
 女の子はうなずいた。
 だったらまちがいない。
 残念ながら。
「あのねぇ、これ、アオムシ サムライ コマユバチってヤツに、体の中食われちゃったよ」
「え?」
 女の子は泣き顔。
「ああ、ちがうのかい」
 センター長が口をはさんだ。アリジゴクのウンコについての説明を聞きながら、こっちにも耳をかたむけていたわけだ。
「ええ、寄生バチにやられてます。この小さいマユ一つ一つがそれぞれハチになります」
 女の子は泣き出してしまった。
「チョウチョになると思ったのに~」
「そう泣かないで。ぼくも良くやられたよ」
 雄一は言った。
「モンシロチョウってなかなかうまく行かないんだ。卵からなら大じょうぶだろうと思って取ってきても、半分死んだりしてね。そのせいかも知れないけど、モンシロチョウは卵を百以上産むんだ。生まれてきて、生き延びて、ちゃんとサナギになって、そして成虫のチョウチョになる。その全部が命がけ」
「ほぉ。そんなに死ぬかい」
「ええもうそりゃあっさりと。なんで?ってずいぶん思ったんですが、その代わり卵たくさん産むって聞いて納得しました。選ばれて選ばれて、本当に体がじょうぶで、運のあるやつだけが生き残るんだって。生きているだけすごいんだって。だからそれはしょうがないし、君のせいじゃないよ。生き残るだけで大変なことなんだから。だから今度は、卵を見つけて10個くらい取ってきてごらん。3つか4つはサナギになるよ」
 

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