【大人向けの童話】謎行きバス-32-
ヤマカガシは、『オレおこってるぞ!』とばかりに口を開いていたが、やがて落ち着いてきたのか、おだやかな表情になり、舌をぺろぺろ。
ちなみに雄一は、ヤマカガシのこの可愛らしさは、そうやって獲物(えもの)を油断させるためでは?と思ったことがある。真実が分かっているたった今でさえ、絶対に毒ヘビには見えない。
子ども達が遠巻きに、雄一とヘビを見つめる。
「何か割りばしみたいなのありませんか?」
雄一は言った。
「これはダメかい?」
センター長が取り出したのは万年筆。その額には、あせのしずく。
本気でこわがっていらっしゃるようだ。
雄一はペンを受け取ると、ヤマカガシのくちびる(?)をそのペンでぺろっとめくった。
注射針が植わっているような、するどい歯、というか、トゲ、と言うべきか。
みんなのぞきこむ。
「これのそばに毒を出す穴があります。この歯でかまれて、傷ついたところに毒が入るわけです。ヤマカガシの毒は、かまれたしゅんかんのあいたっ!てのはありますが、毒そのものは痛くなりません。しびれてズキズキするくらい。だから余計に、まさか毒ヘビにかまれた、とは思わないのかも」
雄一は言うと、ペンをセンター長に返し、ヘビをガケににがした。
ヘビはするりとガケに身を下ろしたが、そのまま、動かない。
「こうやっておとなしいから、つい油断しちゃう」
雄一は、ガケをクツでドカンドカンとけっ飛ばした。
ヤマカガシが動き出し、子ども達がワッとのけぞり、その子ども達と逆の方向、雑木林の中へ、ヤマカガシはにげて行く。
おー、という、感心とも安心とも取れる声が、子ども達からあがった。
雄一がヤマカガシの逃走(とうそう)を見送ってふりかえると、自分を見つめるまなざしは、みな尊敬に満ちている。
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