【理絵子の夜話】見つからないまま -01-
1
雨の午後。
5時限目が始まるまで、あと5分。
「りえぼー」
自分を呼ぶ低い声に、彼女は顔を上げた。
「ん?」
キラキラした黒い瞳に、ふっくらとした曲線を描く頬。
幼さが残ると評することのできる小造りな顔立ち。
髪の毛は、今時の中学生にしては古風とすら言える、黒髪のストレート。
初めて彼女を目にする者は“見た瞬間ハッとした”と感じるであろう、子猫に通じる愛くるしさを備えた少女である。名を黒野理絵子(くろのりえこ)という。14歳。学級委員。
「オレばっくれる」
ガムを噛みながら、理絵子を呼んだ少女は言った。
濃い化粧。眉毛は半分剃られ口紅は暗赤色。夏服のセーラーは襟元が改造され、鞄はぺちゃんこに潰れている。
名を桜井優子(さくらいゆうこ)という。
理絵子は自分たちが会話をしているとき、クラスからの自分たちに対する“この取り合わせ”という、やや嫌悪感を帯びた視線集中が我慢ならない。
なぜなら、その視線が、この濃い化粧の少女に、疎外感を与えていることをよく知っているからだ。
「ちょっとオススメしない」
「出席なら知ってるよ。でも、“また”なんだよ」
それを聞いて理絵子は目を伏せた。
桜井優子の家庭にトラブルがあるのは知っている。それに彼女が翻弄されているのも知っている。
でも、彼女は、その内容を絶対に口にしようとはしない。
しかし。
「もうお前しかいないかなぁって思うんだ」
思わせぶりに桜井優子は小声でつぶやくと、逡巡を隠すようにガムの風船をふくらませた。
「終わったら“ロッキー”に来てくれよ」
桜井優子は学校近くの喫茶店の名を口にし、立ち去った。ばっくれ……“自主休校”だ。昭和の不良言葉である。
理絵子は彼女を呼び止めようとし、やめた。
出席日数うんぬんとは、恐らく次元が異なる話だからだ。
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