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めーるぼっくす

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2018年7月

【理絵子の夜話】見つからないまま -04-

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 自分の家族以外では彼女にしか話していない、自分の特質……特異能力に関わる話だ。
 まずはその拝み屋の排除ということになるだろう。そして次は、そのおばあちゃんの変化についてだ。
 実は理絵子自身、おばあちゃん云々の部分を聞いて“ピンと来る”ものがあった。
 これは医学で解決できる話ではない。
 ただ、引き受けて自分だけでどうにかなるかというと、自信を持ってイエスとは言えない。
 そういうことに能力を生かしたことはないので、どうなるか判らないからだ。
 但し、良くあるその手のテレビ番組みたいな、大げさな儀式をする必要はないとは思う。
「やったことないから、保証はできないけど。私で何かできるなら」
 理絵子は言った。そんなことを相談できる人間は、そうそうはいないだろう。
 断る理由はどこにもない。
「悪いな、ごめんな、恩に着る」
 桜井優子は言うと、テーブルに両手をついて頭を下げた。
「そ、そんな大げさだよ」
 理絵子は慌てて言った。
 
 
 喫茶店を出て桜井優子の家へ向かう。
 彼女の家は、新興住宅地の最も奥、細い道を突き当たった場所にある。
 土塀で囲われた大きな平屋で、二階建てにせずとも面積充分、を如実に物語る規模である。資産家一族と聞かされているが、なるほどもっともとうなずける邸宅だ。
 道を行き着く。門の前、車寄せスペースにライトバン一台。
 ナンバーは千葉、ドアに宗教法人云々宗と書いてある。
 木の焼ける匂い……護摩焚き(ごまたき)か。
「くそったれが」
 桜井優子はライトバンのドアを蹴飛ばすと、門扉の右方、潜り戸をカギで開けた。
 日本庭園。
 手入れが行き届いており、すなわちお金もかかっている。欲に目のくらんだ宗教法人某が狙っておかしくない。
 

【大人向けの童話】謎行きバス-36-

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「……そしてね、多分、こうも思ってるよ。さきちゃんなら、必ず、優しいお母さんになれるって。だから、ぼくの代わりに別のアオムシを育ててねって。今度こそ、ちゃんと生き延びるからって。そうだろ、雄一先生」
「え?……」
 いきなり水を向けられて、雄一は何を言ったらいいか、いっしゅん考えた。
 でも、虫が生き延びようとする話なら。
「あ、はい。モンシロチョウの幼虫は敵が多いし、ひょっとしたら少し弱いというのもあるのかも知れない。育たずに死んでしまうのがとても多い。だから、たくさん卵を産む。さっき話したよね。それは、ガクジュツテキには、生き延びる数を増やすのに一番いいのは何か、何億年もかけて進化した結果。
 でもそれって、別の見方をすれば、チョウのお母さんからのメッセージだと思うんだ。少しでも生きてねって。だって、チョウのお母さん、自分の産んだ卵が幼虫になって、育って行くところ、見られないんだもの。メッセージしか残せない。
 だったら、さきちゃんが、優しく育ててあげることは、少しでも生きてねっていう、チョウのお母さんからのメッセージに答えることになると思うんだ。アオムシだって敵をこわがらなくていいし、葉っぱもいつもちゃんとある。とても安心できると思うよ。
 ある程度死んじゃうのは仕方がない。それはチョウのお母さんも分かってるから、悲しいとか、くやしいとか、思ったりしなくていいよ。逆に、そういうものなんだ、と受け止めてあげて欲しいくらい。そう、大事なのは、ありのままを受け入れることと、優しく育ててあげること。それだけ。また育ててあげられる?」
「うん」
 さきちゃんはうなずいた。
 センター長と、そのとなりの尚子さんが、ためいきを付くように、かたを大きく動かしているのが分かる。それは多分、さきちゃんがたった今まで、受けたショックから立ち直っていなかった、ということだろう。
 

【理絵子の夜話】見つからないまま -03-

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「うん」
 理絵子が答える。
「そうか」
 マスターは女子大生たちをチラと見た。
 携帯電話の着信音。女子大生の一人が身じろぎ。
「あ、来たよ」
 呼応して別の一人が言い、次いで両名立ち上がる。と、外の道に車が一台現れ、ハザードランプを点灯し路上駐車。
 女子大生たちは車に向けて手を振ると、会計を済ませ、出て行った。
「またどうぞ~」
 車が発進したのを見、マスターがドアの札を“close”に変え、ドアガラスに掛かったカーテンを閉める。
「ちょっとケーキの生地作ってくるよ」
 マスターは言い残すと、店の裏に姿を消した。
 気を遣って、いなくなってくれたのである。
 桜井優子が、ゆっくり、理絵子の方へ目を向けた。
「私でなければ、って話なんだね」
 桜井優子が頷いた。
 理絵子はコーヒーをちょっと飲んだ。
 それは、つまり。
「千葉にさ」
 桜井優子はいきなり言い、一旦ちぎった。
「父親の両親……つまりじいちゃんとばあちゃんがいるんだけど、最近ばあちゃんがおかしくなっちまって」
「え?」
「いきなり怒ったりいきなり泣き出したり、ばあちゃん自身もどうにもできないらしい。病院にも行ったけど、年齢上ホルモンバランスのせいで感情が揺れることもある。特に異常はないと。それで、じいちゃんが、どうも近くの拝み屋に相談に行ったらしいんだ」
 霊感商法トラブルである。理絵子はまず理解した。
「お金ばかり要求してくると」
「うん。しかも……じいちゃんがウチの父親の病気のことまで言ったらしいんだな。それで今、来てるんだよウチへ、その拝み屋が」
「家系全体が何かの霊に取り憑かれてる。強い悪霊を追い出すには大金を出せ」
「その通り」
 理絵子は桜井優子の依頼内容を大体把握した。
 

【大人向けの童話】謎行きバス-35-

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 さきちゃんは、自分がめちゃくちゃにひっぱたかれ、投げ飛ばされ、その挙げ句、母親から引きはなされてここに来た、と言った。雄一はそういう大人達が実在することに、まずきょうふを覚えた。そして同時に、彼らのそうした行動は、面白がって虫の脚や翅をむしっていた、幼いころの自分に近いのかも、とも思った。
 でも、雄一がショックを受けたのは、その部分ではない。
 さきちゃんが続ける。だから自分は、〝優しいママ〟になりたくて、モンシロチョウのママになったと。
なのに、当のアオムシには、死なれてしまった。
 ショックだったのは、この後のセリフである。
「悲しいし、くやしかった。それで思ったの。お母さん、ひょっとして、私がお母さんの思い通りにしてあげなかったから、たたいたりしたのかなって」
 なんで!
 雄一はさけびたくなった。悪いのは君じゃないでしょう。
『悪口言わないし、小さな虫を大切にするし、優しい子だね』…その堀長恵のお母さんは、自分に対して、良くそう言う、と聞く。
 でも、実際には、虫差別をして、ふみ殺している自分がいるので、なんだか自分がウソつきみたいな気がしていた。
 対して、この女の子はどうだろう。そこまでして、そこまでして…。多分、この期(ご)に及んで、という言葉を使っていいのだろう、なんでそれでも自分の母親をかばうの?
 ここまで優しい子がいるの?
 この声は、この子のお母さんに届かないの?
「きっと、アオムシ君は、天国でうれしいと思っているよ。さきちゃんみたいな、優しい子に、育ててもらえて」
 センター長が、雄一にもそれと分かる、どうにかしぼり出したような、声で、言った。
 だれも、何も言わない。ヘタなはげましの声もない。他にも少なからず、〝自分も同じ〟な、子どもがいると見られる。
 尚子さんと佐伯運転士は、目を真っ赤にしている。
 

【理絵子の夜話】見つからないまま -02-

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 放課後。
 理絵子はいつもの通学路を外れ、となりの学区へ通ずる坂道を下る。雑木林を切り開いてできた道で、両脇の見上げる斜面には、一面芝生が植わっている。
 桜井優子が指定した“ロッキー”という名の喫茶店は、この坂道の途中にある。白塗りのログハウス風の小さな店で、おいしいコーヒーで知られており、客の数は多くはないが、逆にとぎれることもない。ちなみに、理絵子たちの学校は生徒だけでの入店を禁止しており、時折PTAによる巡回があることもあって、中学生が入ることはほとんどない。
 ドアを開く。ドアベルがカランコロン。
「いらっしゃ………あ、りえちゃん、優子待ってるよ」
 ひげのマスターが陽気に言った。
 二人はここでは常連である。桜井優子が元よりマスターと知り合いであり、理絵子は理絵子でモニター……味見係だからだ。これは、マスターの過去と理絵子の父親の仕事……警察……の関係による。なお、入店禁止はそうしたマスターの過去に伴うが、二人はマスターと直接の関係があるため、PTAの巡回も二人に文句を言えない。
「コーヒーでいいかな?」
「うん。あ~、ケーキなんかある?」
「今日はシフォン」
「食べる。優子は?」
「……別にいいよ」
 桜井優子は窓際隅っこのテーブルにあり、窓の外を見たまま、どうでもいいという感じで言った。お冷やの氷が溶けて動いて小さな音。
「待たせちゃったね」
 桜井優子の向かい側に座る。店内には他に女子大生の二人組。
 桜井優子は何も言わない。二人組が出るのを待っているのだと理絵子は知る。
 カウンターでコーヒーサイフォンがぼこぼこと音を立てる。
「お待たせ~」
 程なく、マスターがそのコーヒーとケーキを持ってきた。
「深刻な話?」
 マスターが桜井優子を見て言った。
 

【大人向けの童話】謎行きバス-34-

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 昼になった。
 昼食は、他の子ども達といっしょに、食堂で取った。
 カレーライス。
「みんな、どうだい、先生の昆虫授業は」
 センター長がたずねた。
「虫ってすげぇ」
 1つ学年が下だったか、男の子。
「ゲンゴロウが翅の下に空気をためてとか、マジ感動した」
「そうかそうか。特にどこがすごかった?」
 センター長の問いに、男の子は、雄一が話したことをほぼそのまま話した。
 聞いただけでまるまる覚えてしまったのだ。興味を持ったことに対し、子どもが発揮する知識吸収力はこんな感じである。なのに大人は、自分が大人になるまでの間に、いつの間にかこのことを忘れるらしく、〝子どもは何も知らない〟と考えている方が多いようだ。
 だから子どもだましのいろんなものが店で売られている。子どもは、子どもだましの商品は、レベルが低いとちゃんと分かっている。
『だからお前にはこれを買うことにした』
 雄一はお父さんからそう言って、原色日本昆虫図鑑をもらった。
 男の子の話が終わった。センター長は、ニコニコ顔で大きくうなずいた。
「なるほどなるほど。それで長いこともぐっていられるわけだ。教科書に書いてないぞそんなこと。他には?」
「はい」
 手を上げたのは、モンシロチョウに死なれた女の子である。
 そういえばさっき、この子は納得したのだろうか。…雄一は思った。何せヤマカガシが出てウヤムヤになってしまったからだ。
「お、さきちゃん」
 少しおどろいた風に、センター長が女の子を指さす。
「お母さんて、大変だなぁって」
 その女の子、さきちゃんがその後言ったことは、雄一にとって、ものすごいショックだった。
 
児童虐待(じどうぎゃくたい)
 
 その言葉は、新聞やテレビで知ってはいた。ただもちろん、当の本人から話を聞いたことなど、無い。
 

【理絵子の夜話】見つからないまま -01-

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 雨の午後。
 5時限目が始まるまで、あと5分。
「りえぼー」
 自分を呼ぶ低い声に、彼女は顔を上げた。
「ん?」
 キラキラした黒い瞳に、ふっくらとした曲線を描く頬。
 幼さが残ると評することのできる小造りな顔立ち。
 髪の毛は、今時の中学生にしては古風とすら言える、黒髪のストレート。
 初めて彼女を目にする者は“見た瞬間ハッとした”と感じるであろう、子猫に通じる愛くるしさを備えた少女である。名を黒野理絵子(くろのりえこ)という。14歳。学級委員。
「オレばっくれる」
 ガムを噛みながら、理絵子を呼んだ少女は言った。
 濃い化粧。眉毛は半分剃られ口紅は暗赤色。夏服のセーラーは襟元が改造され、鞄はぺちゃんこに潰れている。
 名を桜井優子(さくらいゆうこ)という。
 理絵子は自分たちが会話をしているとき、クラスからの自分たちに対する“この取り合わせ”という、やや嫌悪感を帯びた視線集中が我慢ならない。
 なぜなら、その視線が、この濃い化粧の少女に、疎外感を与えていることをよく知っているからだ。
「ちょっとオススメしない」
「出席なら知ってるよ。でも、“また”なんだよ」
 それを聞いて理絵子は目を伏せた。
 桜井優子の家庭にトラブルがあるのは知っている。それに彼女が翻弄されているのも知っている。
でも、彼女は、その内容を絶対に口にしようとはしない。
 しかし。
「もうお前しかいないかなぁって思うんだ」
 思わせぶりに桜井優子は小声でつぶやくと、逡巡を隠すようにガムの風船をふくらませた。
「終わったら“ロッキー”に来てくれよ」
 桜井優子は学校近くの喫茶店の名を口にし、立ち去った。ばっくれ……“自主休校”だ。昭和の不良言葉である。
 理絵子は彼女を呼び止めようとし、やめた。
 出席日数うんぬんとは、恐らく次元が異なる話だからだ。
 

【大人向けの童話】謎行きバス-33-

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 まぁ、知らないならそう感じるだろう。雄一は思った。ヘビ以外でも、昆虫ではない虫類、特にゲジゲジやアシダカグモといった、〝第一級〟の不快害虫を追いはらうと、良くこういう目で見られる。
「良くいるの?」
 雄一は子ども達にきいた。
「うん」
 答えた男の子は3年生くらいだろうか。
「基本的には、ほっといてやって。でも、ボールが飛んで行ったとか、どうしても近づく必要がある時は、地面をドンドンけったり、手をパンパンはたいたり。そのしんどうでまずにげる。死んだふりしたら、ボール取るのは少し待って別の遊びを。そうすれば気が付いたころにはにげてるから。絶対やっちゃいけないのは、どつき回したり、ぼくがやったみたいにとっつかまえること。あれは色々やってみてのコツがあるので、こうすれば安全って一口に言えない。大体、さっきつかんだ首根っこだって、皮ふから毒出てるからね」
「うそ!」
「わ、わかりました」
 男の子達は、雄一の見せた手のひらに目を丸くし、たじろぎながら、敬語でうなずいた。
「すいません石けんで手を洗いたいんですけど」
 雄一はセンター長にきいた。
「ああ、いいよ。おいで案内しよう。さぁみんなも手洗いだ。おやつにしよう」
 おやつ?雄一がしせつの時計に目をやると、10時半近く。午前の間食タイムという事か。
 
 
 午前中残りの時間は、しせつの菜園に飛んでくるチョウを観察した。目立つのはキャベツとブロッコリーに来るモンシロチョウ。ミカンの木にはアゲハの仲間。
「コオニユリに止まったアゲハは、花のみつを吸うのに夢中になるのか知らないが、たやすく手づかみできる」と言ったら、面白がってみんなやっていた。ちなみに、ついでに、念のため、野菜類の根元を少し掘って確認したところ、モンシロチョウと同じアオムシでも似て非なるモノ、ヨトウムシのイモムシがゴロゴロ出てきたので、センター長と相談して処分した。このヨトウムシ、ヨトウガ、というガの幼虫のことで、夜行性。昼間はエサにしている葉っぱの根元や土にひそむ。漢字で夜盗虫と書くが、一カ所にたくさん卵を産む上、サナギになる直前には、信じられないほど食欲を発揮し、一晩で畑が全めつという事態もあるとか。まさに畑の作物を〝夜盗(ぬす)まれる〟のである。
 

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