【理絵子の夜話】見つからないまま -12-
細い腕に力を感じたのはその時。
理絵子はマッサージを止めた。
お父さんが自分を見ている。
「すまない、ね」
か細い声。
「いいえ。お役に立てるか判りませんが。できるだけのことは」
「お父さん喋れるの?」
びっくりしたようなお母さん。
ということは?
「ああ、うん。さっきから身体があったかいんだ……」
安堵の声。
理絵子は理解した。お父さんは働きすぎたのだ。資産家に生を受け、会社の経営を任された。お父さんはろくに家に帰らず、文字通り身を粉にして働き続けた。その間、ゆっくりと落ち着く場所はなかった。
加えて、父親不在は子供……優子の心理をマイナス方向へ引っ張った。
父親としての責務を果たせなかった。頑張ってきたのになぜ。その落胆はお父さんから張りつめていたものを奪った。その結果、元々過労でガタガタだった身体は、それを鼓舞するものを失い、動けなくなってしまったのである。
「学級委員さんなんだ」
お父さんは理絵子のバッジを見て言った。
「ええ、こういうのは一番おとなしそうなのが押しつけられます」
そのセリフにお父さんは笑った。
ふすまが性急な勢いで開く。
「今の親父か?」
「ああ優子、お前、いい友達ができたな」
まるい目で驚く桜井優子。“父親が笑った”というのは極めて驚嘆すべき現象だったようだ。
そこで理絵子は気付く。数分前からぐんぐんとお父さんが元気になり始めている。
「どうしてこんな放蕩娘と友達に?」
「気が合ったんですよ。何か特別な理由があったわけじゃないです」
理絵子は軽く笑って答えた。
お父さんは明らかに変化している。か細かった声に“芯”が戻ってきている。
「そうか。気の合う友達か。オレも欲しかったな」
玄関チャイム。
「お客さんか?」
「寿司とったんだよ」
「寿司か……食べたいな」
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