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【理絵子の夜話】見つからないまま -30-

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「これで行こう」
 優子が庭の隅の倉庫から原付を引っ張り出してきた。
 新聞や郵便配達用として多く使われ、マニアも多いと言われる著名なバイク“カブ”。
「え?だって……」
「無免許運転8年のベテランだぞオレは」
 安心していいのか悪いのか判らない。
「それとも闇の中てくてく歩くか?」
「わかった」
 理絵子は“カブ”の荷台にまたがった。
 優子がペダルを蹴ってエンジンをかける。無免許ノーヘル二人乗り。ああお父さんごめんなさい。
「行くぞ」
 言われて優子に抱きつく。スロットルが開かれ、深夜のツーリングスタート。
 風がびゅうびゅうと音を立て、髪の毛がばたつく。風圧で後ろに引き倒されそうなのを優子にしがみついて耐える。
 ただ、風を切って走るのは悪い気はしない。
 国道へ出、坂をかけ下りて崖の下。左は海岸、右は草原。信号もなく交差点もない。
 すれ違うクルマもバイクもない。
 数分走り、あっさりマンションのエントランスに着いた。
 コンクリートの構造物に反響するエンジン音。
 バイクを降り、駐車スタンドを出す。
 エンジンを切ってライトを消す。
 音と光がゼロとなる。
「不気味以外の何ものでもないな」
 優子がマンションを見上げて言った。
 夜闇の中、わずかな光にぼーっと浮かび上がる白い垂直の“崖”。
 一般に、誰も住まない建造物は、ただ空虚というだけではなく、それ自身意志があり、何か訴えかけているような哀切さがある。言い古された表現を使うと、巨大な墓石の印象だ。
 ただ、この建物の場合、それに加え、何かを孕んでいる。待っているようで拒んでいる。そんな雰囲気が備わっている。
 要するに“姿無き住人”がいるのである。
「たくさんいるよ。たくさんね」
 理絵子は言った。子どもたちだけではない。蛇だ狐だと呼ばれる連中が無数に集まっている。
 

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