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2019年3月

【理絵子の夜話】見つからないまま -39-

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「悪かったよ」
 優子は言った。
「そんなつもりはなかったよ。ただ、あんたにも、近くに相談できる人がいれば……」
 優子は口をつぐんだ。
 理絵子は携帯電話のロックを解いた。ここから先の話は父親に任すべきだ。
「じいちゃん呼ぶのか?」
「ううん、父親」
「警察か」
「私たちの手に負えるレベルじゃないし……」
「それで黒背広つかまるのか?」
「確か同意無く追い出したりはできないはず。前の大家は登記簿とか見れば判ると思うし、ゆきえさんたちが住んでいたかどうかは学校の名簿にあるでしょう」
 理絵子は言うと、携帯電話の発信ボタンを押した。
「……黒野竜一(りゅういち)さんの携帯はこちら……ああお父さんあたし。優子ちゃんのおじいさまから借りたの。……うん、そう。悲しい出来事。住所言うから手配を」
 理絵子はマンションの住所と名前を告げ、電話を切った。
〈ありがとう〉
と、ゆきえ。
〈このくらいしかできないけどね。出てもいいかな。警察案内しないと〉
〈うん〉
 再び穴から外へ出る。
 夜明け間近を示す群青の空。
 立ち並ぶ岩と岩の間に海水が少し。潮が満ち始めたのだ。
「危なく閉じこめられるところだったぜ」
〈それなら大丈夫〉
 言ったのははなさん。
 ようへい君も一緒。
〈ごめんね。ようへい君がお姉ちゃんどこ、って言うもんだから。この穴はね、反対側は古井戸さ。元々ここには水が流れていてね。水汲みすぎて、降ったときしか流れない枯れ川になっちまったのさ。最も、そっちから出ようとすると、私もいるわけだけど〉
 はなさんは言った。はなさんがここで亡くなって200年。彷徨う彼女の前に現れた姉弟に対し、孫を持ったようなかわいさと共に、身の上に同情し、怒りを覚えた。以来、ここに共に住まい、ここを金儲けの道具に…地上げする者たちを攻撃してきた。同時に、いつか怒りに報いてくれる人を、と待っていたのである。
 
(つづく)

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【理絵子の夜話】見つからないまま -38-

 
 岩場へ足を踏み入れる。二人はゆきえを追い、岩と岩の間を飛び移り、飛び降りる。
 そこは、足下には波で運ばれたのであろう砂が堆積し、回りの岩には、理絵子の肩の高さくらいまでフジツボがついている。
 つまり、潮が満ちるとそこまで水につかる。
〈そこだよ〉
 ゆきえの意志に基づき、顔を崖のほぼ直下、岩がごちゃごちゃと入り組んだ部分の下方に向ける。そこには入り組んだ岩に隠れるように、人が四つんばいでやっと通れる程度の穴。
 懐中電灯片手に中を覗く。
 すると、そこから上方へ向かって続く広い空間。
「こんな穴知ってた?」
 理絵子は言うと、中へ入った。
「いや、知らねえ」
 優子が答え、後から続く。
「へえ…」
 優子は感心したように声を上げた。中は立てるほど広いのだ。
 下から上へ向かう穴。その入り口は引き潮にならないと出てこない。
「ここに住んでいたの?」
 理絵子の問いにゆきえは頷いた。
 理絵子はそこから進むことを躊躇した。
 懐中電灯で中を照らす。足下に古びたノート。名前はひらがなで“ようへい”と読み取れる。
 そして奥の方にぼろぼろのズックと。
 そのそばに、棒状の白いもの。
 生きていた証。
「りえぼーその靴の……」
 優子が言いかけ、やめた。
 わざわざ口にすることではない。
〈何とか仕返ししてやろうとして必死だった。何でもやったよ〉
 ゆきえは言った。弟を食べさせるため、夜な夜な町へ出ては、強盗や盗みを働いて、その日その日を生きてきたという。
 しかし、ある日大雨でこの洞窟は水没し、二人は息絶えた。
「生活保護とか……」
〈知ってたよ!でも自分だけで何とかしたかったんだよ!お前みたいなカッコだけ不良と違うんだ!〉
 優子の言葉にゆきえは強く反応した。
〈お前はただ学校がかったるくてそんな格好してるだけだろう?帰れば飯も寝るところもあって、親も友達もいるじゃないか。何もしなくても生きていけるのをいいことに甘えてるだけじゃないか。違うか!こっちは……〉
 

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【魔法少女レムリアシリーズ】転入生担当係(但し、魔法使い) -2-

 ぜんそく持ちなのである。
 ならば、自分が説明した方が早そうだ。
「福島にボランティアに行きました。諏訪君の元々の入院先は津波で利用できなくなりました。彼はその日たまたま検査で郡山の病院へ来ていて、そのまま臨時転院となりました。そこへ私がお手伝いに行った。そんな感じです。退院して学校生活に戻るに際して、郡山の病院も壊れていて大変なので、おじさまがいらっしゃる東京へお引っ越し。そういう流れです。ココとは思わなかった」
 ひとしきり喋った後、彼女はクラスの“異変”に気づいた。
 歓迎の声か、自分たちの関係を邪推して冷やかすか、どっちか来ると思っていたが。
 感じるのは困惑の念。隣同士に互いに顔を見合わせたり。
 どちらかというと拒否の念。
「あ、あの、体育とか見学になってしまいますが……よろしくお願いします」
 自分の喋るタイミングと考えたか、諏訪君はつっかえながら言い、頭を下げた。音量控えめなのは喉の調子とリンクしていよう。声変わりはまだかな、と思わせる。
「あ、うん、どうも……」
 男子日直の坂本が義務的に応じ、拍手。
 クラスメート各員から義務的な拍手が続いて起こる。
 その一連のぎこちなさ。
「じゃぁ、席は相原さんの隣の方がいいかな?」
 彼女は“視力はいい”と自己申告して窓際の一番後ろに座っている。諏訪君用とみられる空き机は廊下側一番後ろ。
「平沢(ひらさわ)、どけ」
「え?マジかよ……」
 平沢というのはクラス一背の高い男子生徒である。面長でのど仏が目立つ。体格に声変わりも手伝って胴太い低音。
 先期、すなわち2年生3学期に彼女が転入してきた時から好意を示しており、この3年生1学期の席は隣になって“涙流して歓喜”とこぼした。なお、彼女は居候先の男と婚約しており、その旨クラスにも公言している。彼の思いが叶えられる可能性はない。
「オレの悲願が……」
「なに、一生分の運を30分で使い果たしただけだ。気にするな」
 突っ込まれて、クラス中が爆笑。このホームルーム冒頭でくじ引き席替えをしたのだ。
「ごめんねぇ」
 彼女は言って口元に手をしてオホホと笑った。
「愛する人のためなら。仕方がないけど仕方がないよ」
 平沢は肩掛けカバンに腕を通した。露骨にしょげてうなだれるが、体格の分頭も大きく、その状況を模した絵文字のよう。
 次いで机を抱える。机ごと入れ替えるのである。机はSML3サイズあり、更にそれぞれ高さの調整が可能だが、ふたりは体格が違うので机のサイズ自体も異なり、応じた処置。

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【理絵子の夜話】見つからないまま -37-

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 ずきっ……言葉で書けばそんな痛みが、理絵子の胸を襲い、身体をぐらつかせた。
 抱きしめる。ただ何も考えず目の前の少年を抱きしめる。
 手のひらに、頬に触れるものは何もない。
 でも理絵子には判る。ここに男の子がいる。形はなくても彼はここにいる。
 理絵子は見た。
 男の子の楽しかった日々。父はいない。母と姉弟と、ここに元々あった家は古かったが、住むには充分だった。姉弟は、草原を海岸を庭に楽しく暮らした。
 そこへ悲劇が訪れる。母親が交通事故で亡くなった。
 収入源を失う二人。しかし、大家さんは優しかった。二人を養子としてひきとり、そのまま暮らして良いと言ってくれたのだ。
 だが、程なく大家さんはいなくなった。
 連日、黒い背広の男が現れるようになり、二人に立ち退きを迫った。ここは元の大家さんから借金のカタとして自分に渡ったと説明された。
 そしてある日、学校から帰るとそこには何も無かった。
 取り壊されていたのだ。
〈お姉ちゃん、こいつ泣いた〉
 ようへい君はゆきえに報告した。
 ゆきえがゆっくり“身体”を起こす。
〈もういいよようへい、もういいよ〉
〈うん。ザマ見ろ〉
 ようへい君は理絵子に向かってべーっと舌を出すと、ゆきえの元へ走り寄った。
〈お前みたいな奴初めてだよ〉
 ゆきえは言った。
〈見つけるって、本当か?〉
 理絵子は頷いた。
“排除”しに来たのでは、決してない。
〈こっちだよ。おばあちゃん、ようへいとちょっと遊んでいて〉
 ゆきえは言うと、海岸へ向かって歩き出した。
 
10
 
 マンションのプライベートビーチを左方へ向かう。
 そちらには先ほどバイクでかけ下った崖が伸びてきており、そのまま海へ落ちている。
 従って、砂浜はゴツゴツした岩場で終点。
「ここならオレしょっちゅう来てたぞ」
 と優子。
〈今は引き潮だから大丈夫だな。気をつけて〉
 ゆきえが言った。
 

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【理絵子の夜話】見つからないまま -36-

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 その拒否と反発は、自分の過去を見られたくない意識の表れ。
〈探るんじゃないよ〉
 トーンが低く、堂に入った、恫喝という表現が使える“声”で、彼女は言った。
〈邪魔するんじゃねぇよ。俺たちはここで金儲けしようとする奴らを永遠に苦しめてやるんだ〉
〈嘘〉
 今度は理絵子が言った。
〈だったらなぜ、桜井の祖母の前にずっと現れたの?私をここから追い出そうとしないの?しかも小学生くらいの姿だったでしょう?。苦しめるなら……〉
〈うるせぇんだよ!〉
 彼女……名はゆきえと判じた……は、理絵子の意志をかき消すように、声にたとえるなら怒鳴るように、強い意識を発した。
 が、次の刹那。
〈判るかよ。お前みたいな幸せ一杯の奴に判るかよ。家があって両親がいて友達がいて……お前なんかに判るかよ!〉
 理絵子は見た。
 闇の中から浮かび上がってくる少女、汚れたジャージを着、土の上に泣き崩れる少女の姿を。
 年齢は自分とそう離れておるまい。突っ張って突っ張って生きてきて、そしてついに力尽きた少女の姿を。
 ブランコから飛び降りる足音。
 こちらへ走ってくる。
〈お前、姉ちゃんに何やった!〉
 パッと目の前に現れる、鋭く糾弾する幼い男の子。
 こちらは桜井家に現れたそのままの姿である。やはり汚れた服を着た男の子。
 理絵子はしゃがみ込み、男の子の目をじっと見つめた。
〈ごめんね。……ようへい君か。あなたのお姉ちゃんに判ってもらいたくって〉
〈お姉ちゃんいじめる奴はオレが許さないぞ〉
 男の子……ようへい君は理絵子を殴ろうとした。
 しかし、小さな拳はすりぬけてしまう。
〈あれ?〉
 少女……ゆきえが、理絵子に向け意志を発したのはその時。
〈その子に真実を教えないで!〉
 イコール、ようへい君は。
 
 自分が死んだことを知らない。
 

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【魔法少女レムリアシリーズ】転入生担当係(但し、魔法使い) -1-

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 後に言う“東日本大震災”の地震の直後、彼女が空飛ぶ船に迎えられて救助に飛んでいった話は、クラスのウワサと思いきや、あの日同じ班で行動していた級友達の誰もが口外していなかった。
 彼女らはそのまま遠足先の遊園地で行動不能となり、一夜を明かすのであるが、点呼の際に彼女がいないことにつき、“信じてもらえない理由”を言うわけにも行かず、“けが人に付き添って病院へ行った”、と、とっさに嘘をついたからである。その後、現在の落ち着き先である相原(あいはら)家から、無事でありあちこち病院を回っていると電話を入れたため、“病院に行った”で確定した。最も、相原家の言った“病院”は被災地気仙沼(けせんぬま)であり、学校側が想像したであろう千葉県浦安(うらやす)とは異なるのであるが。
 3年生一学期。
 クラスは2年生のまま持ち上がり。担任も存置。多くの中学校が同様であろう。1年を共にし、見知った仲間・教員と、高校受験を乗り切ろうという方策である。
「転入生を紹介します」
 担任の奈良井(ならい)という女性教諭は、学期頭の事務連絡が終わった後、そう言って教室前側の引き戸を示した。
「入ってきて」
 引き戸が動き、おどおどした様子で顔を出す男の子。
 男の子、と書いたが中学3年生である。ただ、思春期のこの時期、男子における体格外見の“変貌速度”には個人差があり、彼はどちらかというと幼い印象。この中学の制服である紺のブレザーも少しブカブカ。
 と、思ったところで彼女は立ち上がる。勢いで襞の少ないブレザースカートがふわりと動くほど。
「あっ!」
 思わず男の子に指を差してしまい、クラスメートの視線が集まる。伸ばし始めてショートと言うにはちょっと長めの黒髪、原宿辺りを歩いているとスカウトされそうな容姿の持ち主であり、周囲に光を放つような雰囲気をまとう。
 応じて記憶に残りやすく、男の子の方も驚いた顔で固まった。
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(AIイラストレータ「彩ちゃん」に作らせてみた。黒髪じゃないが)
「相原……」
「姫子です。お久しぶり、諏訪利一郎(すわ・りいちろう)君」
 え~!!クラスは騒然となった。担任奈良井は一緒になって驚き声を上げ。
「はいはい君たちウルサイ」
「オマエモナー」
「黙らっしゃい。え、相原さんお知り合い?」
「ええ、郡山(こおりやま)の病院で。その後、確か信濃町(しなのまち)の……ああ」
 彼女相原姫子……帰化した日本名……は、ひとり合点がいって頷き、両の手を胸の前でパチンと合わせた。彼は津波で入院していた沿岸部の病院が使用不能となり、福島県郡山の病院へ移動。更に東京・信濃町にある大学病院の小児病棟へ移った。
 

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【理絵子の夜話】見つからないまま -35-

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 黒くて硬い、トゲのようなものが無数に生えた異形の生物。
 首筋に背中にそれらが落下し、足の爪を肌に食い込ませて止まる。ちくちくしたものが動き回り、やがて襟首から中に入り込むおぞまし……。
「違う!便所コオロギ!」
 理絵子の認識を優子が否定した。
 ハッと目覚めたように意識がすっきりする。
 焦点合わせればカマドウマ。翅のないコオロギの仲間。暗がりに集まる性質を持つ。
 それだけである。判ってしまえば慌てることはない。
「ありがとう」
 理絵子は言った。危うく欺されるところ。また優子に助けられた。
“何も判らない方がかえっていいこともあるかも知れない”まさにその通り。
 二人は頭や背中の動きぶりを感じつつ、ガラスのドアを、開けた。
 
 
 波の音が聞こえている。
 マンション前庭には遊具が少しあり、小さな子どもたちが遊べるようになっている。
 だが。
 海岸近くであり、無人のままで使われることのなかった遊具類は、錆を吹いてみんなぼろぼろ。
 滑り台、ブランコ、鉄棒、ジャングルジム。
 ブランコがキイと動いた。風はないが。
「電気消して」
 理絵子は優子に言った。
 ここからはテレパシーが必要になる。
〈あんたたち何しに来たの?〉
 とげのある、若い女の“声”がした。
〈おばあちゃん、この子は何だい?〉
 おばあちゃん……はなさんのことである。
 そして、この若い女こそ、桜井家で目撃された子どものうちのひとりだ。
 ついにたどりついた。
 だが、“声”だけで、超感覚で見ても姿が見えない。
〈この子はりえちゃん。お前たちを見つけてもらうために来てもらったの〉
〈嘘〉
 女の“声”が言った。
〈こんな、のほほんとした娘(こ)に何も判らないよ。どうせまたここを売ってひと儲けしようとする人間の手先でしょ〉
 女の“目線”を理絵子は感じた。
 

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