さーて来週の「理絵子の夜話」は?
……壊れよんかワシは。
「令和最初の土曜日」より「圏外」をお送りします。彼女が所属する文芸部の合宿での話です。なお、今回から1回あたり1000文字表示でお送りします。
……壊れよんかワシは。
「令和最初の土曜日」より「圏外」をお送りします。彼女が所属する文芸部の合宿での話です。なお、今回から1回あたり1000文字表示でお送りします。
理絵子は博物館でもらったコピーを住職に見せた。
「……なるほど。200年前でしたっけ」
「正徳5年ですね」
「探してみましょう」
住職は言うと、その場を去り、本尊の奥へと向かった。
出されたお茶とお菓子を頂く。
「お前といると何時代か判らなくなるよ」
と優子。
「まぁ、古いままだからねぇ」
待つこと5分。
「お待たせしました」
住職はすっかり茶色くなった過去帳を持ってきた。
「夫が大工の伊平、妻がはなというんですけど……」
「待ってくださいね……」
住職は手に白手袋をはめ、過去帳をめくった。
「伊平伊平……あ、ありますね。えー、はなは行方不明。夫伊平は落下事故で翌年に死んでいますね」
「え……」
二人は顔を見合わせた。
妻を古井戸に突き落とした夫が落下事故。
因果応報とはこのことか。
「それで、このはなさんのことはこちらに書き加えますか?」
「いえ」
理絵子は目を伏せた。
「むしろ、この子たちと一緒にしてあげてください。一緒に見つかったわけですし」
「わかりました」
住職は言うと、立ち上がり、受付窓口そばの机に向かった。
パソコンを叩く。
「本当、何時代なのやら」
言ってる間にプリンタが動き、1枚印刷。
「これでよろしいですか?」
鬼籍に並ぶ三つの名前、ようへい、ゆきえ、そして、はな。
「ありがとうございます」
二人は頭を下げた。
壺を納め、お経を上げ、住職の車でマンションへ向かう。
予定の2時に少し遅れて到着すると、既に祖父母、そして不動産屋の男性が待っている。
お経を上げて供養。
その間に二人は海岸へ降りる。
姉弟と、はなさんの“住んで”いた場所。
満ち潮なので中へ入れない。そばの岩場に三人へ贈り物。
ミニカー、ピアス、そして簪。
「ようへい君はいっぱい遊んで。ゆきえさんとはなさんはおしゃれを楽しんで」
手を合わせ、冥福を祈る二人を巡るように、夏の到来を告げる潮風が吹き抜ける。
見つからないまま/終
彼は彼女と同じ目的で、既に自分でルートを調査済みという。学校より住宅街の中を横切り、端にある公園を通り、造成前のまま残した山の斜面を下って、斜面に沿った遊歩道を歩いて行く。
「ただ、そんなわけで下見してないのでぶっつけ本番」
諏訪君ははにかんだ。すると、同じく「送っていこうと思って」聞いていた男子の学級委員、辰野(たつの)が腕組み。
「それ、まずいなぁ」
「え?どして?」
「指定通学路じゃないんだ。公園の南側から公団住宅の東側の道を通らないと」
公園の東側には鉄筋アパート群が並ぶ。その前、ガードレールで区分けされた歩道のある道が所定。但し、この学校のある住宅街ではクルマの通りが多い方。
「あたし公園横切って来ますけど?」
彼女は反駁してみた。
「公園は黙認。車は来ないし、いつも誰かの目があるから。でも公園の向こうの歩道は茂みが多くて人目に付きにくい。だから厳しく禁止。実際“おちんちん仮面”が出たしね」
言うまでもなく露出狂である。イチモツを手で振り回して「おちーんちん仮面!」と叫ぶそうな。
「ちんぽこ?こちとら何百とちんちん見とるわナンボのもんじゃ。車道を避けたいわけで。諏訪君に喘息悪化せえと?」
彼女の淀みなく流れ出た“ちんぽこ”は幾らか教室内女子の目が集まった。一方、辰野君に随行許可を促す効果は薄かった。
「オレが一緒に帰ってることにすりゃいいじゃん。名前ロンダリング」
平沢は自らを指さし、当人を特徴付けるのど仏をぐびぐび動かした。
彼女はぷっと笑って。
「名前だけ悪者になっても見られたらバレるじゃん」
「あ、そうか……姫ちゃんと帰ってるってウワサになりたかったんだけどな」
「こらこら、諏訪君のサポートとちゃうんけ」
「OK判った」
ため息混じりに、締めくくるように、辰野君は言った。
「今日は僕が同行するよ。で、今後について先生に仲介する」
「辰野君家逆じゃん」
「相原さんだって激しく遠回りじゃん。送った後、一旦公園まで戻る感じだろ?」
「スーパーの脇の塾に行ってるからいいってば」
嘘ではないが正確ではない。すなわち、塾に通ってはいるが、学校帰りに寄ることはない。
「なら、逆に好都合か」
スーツ姿の男性係員がプレゼンソフトを操作する。50インチに映し出される達筆で読めない本文。
「これによると『伊平は自ら妻の捜索を依頼しておきながら日夜……まぁ風俗通いですな。これにうつつを抜かしていた。まるで妻がいなくなって好都合と言わんばかりの有様で、一番怪しいのだが、何せ仏があがらない』とあります。当局は夫が怪しいと踏んでいたようですね。また、村人たちの証言録があって『祝言を挙げてしばらくは仲むつまじくしていたが、子どもができて口げんかが絶えなくなった』と。まぁ子ども生まれるとそればっかりですし、子どもってうるさいですからね。最近でもほら、虐待とかあるでしょう。あれに通じるものですね。まぁこういうの見てると、男って“女が好き”なのであって、それ以外はどうでもいいって感じがして同じ男として恥ずかしい限りですわ。ひょっとすると、同じ結婚でも、単に女とくっつきたいのと、家族を持つというのと、2通りあるのかも知れませんね。お嬢さんたちも……まぁずいぶん先でしょうが、男を見る目を磨いてください」
「はぁ……」
およそ現実的でない話に二人は生返事。
「これ印刷出来ますがお持ちになります?」
「あ、ください」
プリントアウトをもらい、博物館付属の喫茶室で昼食を取り、午後からは桜井家近くのお寺に。
姉弟の埋葬である。調査した結果、お母さんがこのお寺に葬られていることが判ったのだ。そこで桜井家の方で二人を引き取り、お寺に永代供養を依頼したのである。大きな寺で、かれこれ300年になるという。
「これも一緒に」
理絵子は住職に独鈷杵を差し出した。
「ほう。お若いのに珍しいのをお持ちですね」
50過ぎと思われる眼鏡の住職は、少し感心したように言った。
「しかしどうしてこれを?」
「お守りです。二人の」
「なるほど。承知致しました」
「それと…過去帳って保管されていますか?」
「檀家さんの方ですか?最近はプライバシーの問題があって…」
「いえそういう最近のものではありません。例の事件で同時に見つかった古い女性について、古文書にはこちらで埋葬と」
拒否の気持ちと、待っている気持ちが、ない交ぜになっていたのはそのせい。
〈警察には奥の方まで探すように言います〉
理絵子は言った。今、自分にできることは、それだけ。
マンション前の公園に戻る。
〈さ、ようへい、帰ろう〉
〈うん〉
姉弟がマンションへ入って行き、すぅっと姿を消す。
そして多分、二度と出てこない。
思いを遂げた姉弟の行くところは、当然、先に行った母のところ。
〈迷惑かけたね〉
はなさんが言った。
〈いいえ〉
理絵子は目を伏せた。自分がいかに幸せに暮らしているか、痛切に思い知った。
家も、食事も、抱きしめてくれる腕も、泣かせてくれる胸もある。
それが当たり前だと、それがどんなに素晴らしいことか、気付かない。
〈物の怪どもは消えちまったよ。あいつらはあいつらで、私らを守ってくれようという気持ちがあったのか、守るフリして何かしようとしたのか。私らも利用してたからお互い様かな?ああ、長かったなと思ったら消えたよ。さぁ。私も行くよ。もう今生に用はないさ〉
はなさんは言うと、朝日の最初の光と共に、すうっとそこから姿を消した。
「さよなら」
パトカーのサイレンが、遠くから聞こえてきた。
捜査の結果、二人は3年前に行方不明となった13歳と7歳の姉弟であると判った。
同級生のクラス名簿から住所が明らかとなり、黒背広の男は典型的な地上げ屋で、各地で強引に住民の追い出しをしていることが判明した。但し別の詐欺で服役中であり、獄中で再逮捕となったようだ。
一方、はなさんの方は、鑑定で200年以上経過していると判明したため、官報“行旅死亡人”に掲載の後、亡骸は警察から大学の研究機関へ移された。その上で、民族博物館で保管されている村の捕物帖と照らし合わせた結果、7代将軍家継の時代である1715年(正徳5年)に不明となった、大工伊平の妻「はな」さんである可能性が高いことが判った。
ドタバタした動きに諏訪君が咳き込む。
「ああ、少し離れた方がいいよ。窓際へ」
廊下から最も遠いところ。レムリアは背中に手を回して促した。
彼はゆっくりした動きで窓際へ移動して行く。クラスメートが教室横切る彼を見、
ただ、話しかけようとはしない。
彼女は違和感を持ったが、机の準備を急いだ。
平沢が積極的に手伝ってくれ、机の再配列完了。
ここで普通なら席に着け、であろうが、浮遊する塵埃が目に見える状態では、呼吸器の疾患を持つ彼には問題。
手のひらにスプレーでミスト一吹き。
「え?」
見つけたクラスメートが驚いて声を出し、
「相原さんなんですか今のは?」
担任奈良井が気づいて詰問調。香水の類いは持ち込むな、がここの校則。
「はい?」
とぼける。
「手を見せて」
彼女は奈良井に両の手のひらを開いて見せた。何も無いよ。
「……いつぞやのチョコと一緒ね。錯覚かしらね」
「いい、ですか?」
「仕方ありませんね」
手を腰にしてため息。彼女は彼を席に座らせた。なお、実際には手品である。ブレザー制服の下に隠れて見えないが、ウェストポーチを身につけており、そこに何だかんだ入っている。“見えないように”出し入れできる。チョコ、の手品は自分が転入時にやったこと。
この辺りの小技は彼女の出自による。追って説明する機会があろう。
奈良井が咳払いして改める。
「では、連絡事項から……」
学年はじめはオリエンテーション。教科書の配布。すぐ終わる。
「で?家はどこなの?」
彼女は帰り支度の諏訪君に訊いた。
その目的、彼がこの学校に来たのは喘息軽減に少しでも良いように。ならば、通学路の選定でもその辺アドバイスできれば。および、途中でもしもアクシデントがあっても自分なら、というのもある。
一人歩きはさせたくない。うまく言えないが複数の要因によって。
果たして、彼の話した住所からして、通学の所要距離は1キロ。
聞いていた平沢が、
「結構遠いじゃん。歩くの?」
「どのくらい掛かるか判らないので、朝は車で送ってもらいました。でも、出来るなら、歩いて通いたいので……」
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