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2019年6月

【理絵子の夜話】圏外 -09-

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「儲かりそうな路線ですね」
 理絵子は言った。普通に言うとイヤミだが、このちょっとおちゃらけた運転手なら大丈夫だろう。
「ああ、ここは元々金山の金を甲州街道に出す。それだけのために出来た道だからね。金鉱で寸止まりで、山向こうへ抜けてるわけでもなく、閉山で道だけ残った。鮎釣りしか能が無くなったから、鮎が下っちゃったら誰も来ないさ。最も、最近は夜になると、若者がクルマで来るらしいけどね」
「夜釣りですか?」
「なんかえっちい予感……」
「ハッテン場とか」
「違う違う。なんか有名らしいんだよ。心霊スポットって」
「え?」
 理絵子はピンと来た。
 予感、それだ。
「心霊スポット?」
「まじっすか?」
 女の子達が興味津々とばかり運転席に寄ってくる。過去現在を問わず、女の子は多くこの手の話が好きである。
 みんなで運転手を見つめる。無言の圧力“詳しく”。
「……オレ興味ないから詳しく知らないんだよ。何か悲劇らしいけどね。宿の人なら判るかも知れない」
「なんだつまんない」
「君ぃ。そういう沿線スポットの情報を詳しく説明できることが、乗客増加につながるのではないのかね?」
 ペットボトル片手の田島が言う。
「参っちゃうなどうも」
 運転手が苦笑する。
 と、穴ぼこか、それとも石か、何か段差を通過したらしく、バスがドシンと揺れた。
 ペットボトルの中身が跳ね、田島の顔にぴちゃっ。
「わう!」
 運転手がバスを止める。
「大丈夫かい?ケガした?」
「いいえ、でもメガネに“マックスコーヒー”が…あ~ん、べたべたになるよ~」
「んなもの入れてくるからでしょ」
 理絵子は言った。
 運転手は安堵の表情。
「ケガ無くて良かった。ちょっと見てきていいかな。パンクだといけない」
「はーい」
 運転手が降り、少女達が答える。
「マックスコーヒーって?」
 大倉が訊いた。
「千葉の辺りだけで販売の缶コーヒー。優子に一箱もらったん。そりゃもう何がマックスって……」

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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】転入生担当係(但し、-魔法使い) -9-

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 その教員が更に遅れてきたどこかの生徒といがみ合う。
「ダメだ。何年何組だ」
「何でだよ。あいつら聞かなかったじぇねーか。汚え」
「遅刻した分際で威張るな……」
 うるせえよ。
「……まぁいい。近所に迷惑だ。早く行け」
 このやりとりに諏訪君は振り向いた。
「チェッカー珍しく優しいですね」
「ウチらの所為にされたらたまんないじゃん」
 遅刻生徒が後ろから走ってくる。二人を追い抜きざま顔を見て行き……彼女レムリアに目を向け、
 小さく口を開く。驚いたように。
「……お、すげえ」
 遅刻生徒は思わずとばかりに口にした。男子生徒であり。
 何が起こったかレムリアは承知している“誉れ高き美少女転入生”に初めて遭遇したのである。自分の容姿に対するウワサは知ってる。そうなることは相原学が予告していた。
「おいおいオバケかわたしは。こけるよ」
 果たして遅刻生徒はよそ見のまま歩くが故に昇降口との段差に蹴躓いた。
「あっ!」
「言わんこっちゃない」
 が、前のめりになるも、転ぶことはない。そこからドリルのように身体を宙でくるりと回してバランスを取り直し、両足で着地成功。
「着地完璧」
「え?は?」
 遅刻生徒は目をぱちくりしておのれを見回し、彼女を見る。
 何が起きたか把握していない。何が起こったの?と問う目。
「急いでどっか行って下さい。相原見てたら遅刻したとか言い訳にされたら困るんで」
「お、おう」
 遅刻生徒は気を取り直してわずかな距離を走り、下駄箱で靴を履き替え、廊下を疾走。
 バタバタバタバタ……。
「誰だ!走ってる奴は!」
「うるせえ馬鹿野郎!」
「何だと!?」
 罵られた教員がトサカに来たようでガラリと戸を開け見回すが、遅刻生徒の姿は既に無い。
 代わりに、自分たちの方に目が向いた。
「君か今のは」
 んなわきゃあるか。
「うるせえ♡馬鹿野郎♪」
 しなを作って女の子~な声で言ってみる。罵るの意ではなく比較してご覧あそばせ……通じるか。
「そうか、そりゃすまん。遅刻だぞ」
「ええ。担任には話してあります」
 大嘘。
「そうか、判った」
 トサカ教員は自分の教室に引っ込んだ。
 隣でクスクス笑い。諏訪君である。
「何か面白い?」
「姫……ちゃんさんといると何だか色々面白い。ゲームのスキル発動してない?」
 嘘はつきたくないので微笑み返し。
 悪い予感。

(つづく)

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【理絵子の夜話】圏外 -08-

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 ロータリーをぐるりと回って彼女らの待つバス停に付け、前のドアを開ける。
「いやぁどうもすいません」
 運転席からペコペコする。“1日3本”の理由がよく判る気がする。ちなみに客は彼女たちだけであり、バスもシートに破れがあったり、壁紙をテープで補修してあったりと、年代物だ。広告なんか自社の宣伝と子供達の書いたバスの絵。
 と、そこで彼女たちは気付く。この熱気はひょっとして。
「すいません、冷房って」
「申し訳ない。10人以上乗らないとつけちゃいけないんですよ」
「え~っ!」(8人一斉)
「頭下げるしかないんですけどね。見ての通りボロですから。経費節減ってヤツです。でもそんなに暑くないですよ。窓開けて、渓谷の風を感じながら、乗って下さい」
「あ、それちょっとかっこいいかも」
「なんちゃって」
「あらら」
 騒音と、濛々たる黒煙を吐きながら、バスが発車する。駅前広場を出るとすぐに結構な上り坂だが、パワーがないらしく、煙ばかり吹いて速度は上がらない。エコロジーの時代に真っ向から異を唱えるような車輌である。
 信号停車。
「君たち、どこまで乗る?」
 運転手が話しかける。運転席横の注意書きには“走行中は運転士にみだりに話しかけないで下さい”とあるが、逆は良いのか。どっちにせよ、えらく“軽い”運転手ではある。
 理絵子は行程メモを見せた。
「……この宿なら真ん前につけてあげるよ」
 要するにバス停から宿までは距離があるが、バス停にはこだわらず、宿の至近でバスを止めるというのだ。
「いいんですか?」
「サービス第一ですから」
「居眠りチクったりしませんけど?」
「ばれちゃしょうがないな」
 バスが走り出す。クルマの多い街道を横切り、川沿いの細い道に入る。するとなるほど、風が涼しくなった。
 バス停をいくつも通るが誰も乗らない。彼女たちの貸し切り状態。
 道を行くクルマ自体が少ない。すれ違ったのは5台。後ろから来て抜いていったのが2台。朝早いということもあるかも知れないが、それにしても少ないという気がする。最も、理絵子の家は都内である上、旧五街道の一つ“甲州街道”に近く、24時間車が途切れることがないので、余計に少なく感じる。というのはあるかも知れない。

(つづく)

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【理絵子の夜話】圏外 -07-

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「はぁ、うるさかった」
 と、トンネルを出るのを待っていたかのように、熟年ハイカー達のお喋りが始まる。わいわい、がやがや。声だけ聞いていれば遠足バスだ。
更に5分で電車は湖畔の駅に着いた。
 ハイカーがどっと降りる。結果、車内は、彼女たちを除けばほんの数名という有様になった。ここがハイキングコースの起点なのだ。
電車が動く。
 そこから次の駅、そして下車駅までは、距離的には“常識の範囲”。
 下車する。降りたらすぐに改札が目に入った。“天狗の位置から乗れ”はこういう意図か。
 改札を通ると上り階段。しかも
「何この長さ!」
『駅を崖っぷちに作ったので、崖の上にある駅前広場まで階段です。頑張って昇って下さい』
「部長。先立つ不幸をお許し下さい」
 息を切らして階段を上ると6時8分。駅前広場にはタクシー1台と、ロータリーの真ん中に小型のバス。
 メンバーがぐったりと座り込む。
「朝も早くから何この虚脱感」
「ここからさらに1時間バス?」
「遠い日本より近くのグアム」
「部長、先立つ不幸をお許し……」
「勝手に抜けてなさい。勝手にグアム行きなさい。勝手に死になさい。私は念のためにトイレに行く」
「あっ」
 女の子達は気付いたように立ち上がった。

 小型のバスは定刻になっても動こうとしなかった。
 バス停は一つ、バスは1台。時刻表も合っている。バスに表示された行き先も予定のものだ。しかし、バスは動かない。
 どうしたことかと見に行くと、運転席で運転手が寝ているではないか。
 ドアをコンコンと叩く。
「……!?。わあああっ。すいません!」
 若い男性運転手は、慌てて居住まいを正し、帽子をかぶってエンジンを回した。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】転入生担当係(但し、-魔法使い) -8-

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 彼女の生来の名はメディア・ボレアリス・アルフェラッツ(Media Borealis Alpheratz)という。帰化して相原姫子。そして、ハンドルネーム、と彼女は言ったが、ある国際組織における通り名・コールサインがレムリアである。
 彼女がその名を自ら教えるのは友人以上の存在のみ。
「幻の大陸……」
「そうだよ」
「オンゲ(オンラインゲーム)か何か?」
 それを聞いて彼女はニヤッと笑った。なお以降彼女の意図により名をレムリアと記す。
「ゲームと言えばゲームだね。超高速の空飛ぶ船に乗り組み、世界中のピンチの元へ駆けつけて救う」
「へー知らない。スキルは?」
「科学に魔法超能力何でもござれ」
「面白そう。超能力ってテレパス?PKは?」
「PK、サイコキネシスか。うーん……って、おいおい。詳しい話はまた。遅刻するよ。行こう」
「あ、うん」
 夢中になると時の経つのも忘れるタイプ。メモ。
 さておきダッシュ!という訳にも行かぬ。彼の息づかい、心拍を探りながら、若干、早い程度で雑木林の中を行く。
 サクラを見せてあげられなかったのは残念だったが、各種の緑が形作るトンネルの中を行くのはリフレッシュ効果が高い。
 学校のチャイム。
「あ」
「予鈴でしょ」
 5分で校門はギリギリペース……の目論見通り、変わらぬペースで歩いた結果、本鈴の鳴り響くを聞きながら校門を横切る。チェッカー(と生徒らが呼ぶ遅刻監視役の教員。自動車レースのゴールで振られる“チェッカーフラッグ”の要素も含んでいる)の男性教員に睨まれ見とがめられながら昇降口へ。
「お前らもう少し急ぐ気持ちはないのか」
 ケンカ腰。胸元に学校名の刺繍の入った青いジャージ。体育教師で陸上部顧問の某。
「すいません彼の身体を気遣ってゆっくり歩いてます」
 一応、まっとうな理由。但し返事を待つまでもなく聞く耳持たず。
「何年何組だ、名前は」
 うるせえよ。
「……まぁいい、次は名前を聞くからな」
 返事しない。こういう“本質と離れた些細な部分に細大こだわる教員”というのが“各種”いるのが判ってきた日本の中学生生活3ヶ月少し。

(つづく)

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【理絵子の夜話】圏外 -06-

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「え?これっていいの?」
 足を踏み入れた瞬間、中井が車内のシートを指差して言った。
「いいの。ハイ座って座って。えーと、何だっけ」
 理絵子は、作ってもらった行程表を、リュックから取り出した。

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(クモハ115-301車内但し2019年)

『車輌は通勤タイプとボックスシートのごちゃまぜ配置になっていますが、別に普通の切符で乗って構いません。特別料金は取られません。ボックスシートの方がお喋りも出来るし楽しいでしょう。ちなみにこういうのをセミクロスシートと言います。トイレは3両目と6両目についているはずです』
 理絵子は読み上げた。彼をして『女の子はえてして電車に無知だから』と、やたら細かく書いてもらった行程表である。中井の『ここが終点』発言等から考えると、このくらい細かくてちょうど良いようだ。ちなみに、この路線の真の終点は遥か名古屋である。東京発のオレンジ色の通勤電車は多くここが終点であり、ここから先は別の電車が走っている、というわけだ。これは客の数が大幅に違うためで、無論、列車本数も大きく異なる。
「へぇ~」
「セミ苦労しろ?なんかいいね、これ」
 女の子達は8人で2ボックスを占めた。
『発車までの待ち時間含め、目的地まで20分ほどあるので、朝ご飯食べるならこの中で済ませましょう』
「はーい」
 めいめいコンビニおにぎりのビニールを切り裂く。程なく、隣接する私鉄駅に電車が着いたのだろう、乗り込むハイカーが更に増え、けっこうな数の客が立った。登山というのは概して朝が早い。
 ピロピロという発車チャイム。
 ドアが閉まり、電車が動き出す。その振動音には、いかにも鉄の塊と言おうか、ドンとかゴンとか言うごつい音を伴う。サスペンションをギシギシ言わせながらポイントを渡り、加速する。
 加速後程なく車窓は急激に山深い様相となり、風景を楽しむ間もなく、トンネルに突入する。
 走行音が反響し、車内は騒音の渦。
 ……しかもなかなかトンネルを出ない。
「長い!」
 今里あかねが言った。
「都県境のトンネルなんだって!。次の駅まで10分!」
 理絵子は言った。オレンジの電車も、併走の私鉄もそうだが、東京方向に向かう分には、隣の駅まで1分かそこいら。隣まで10分など、彼女たちの“常識”には存在しない。
「10分!?10分もトンネル!?」
「トンネルはそうでもないけど駅がないの!」
 5分ほどでトンネルは出た。ここはもう都内ではない。

(つづく)

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【理絵子の夜話】圏外 -05-

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 跨線橋の階段を下りる。プラットホームを少し歩くと、なるほど、ホーム上に石像がある。天井に達する高さを持った、大きな天狗の頭の像だ。長い鼻を突き出し、東京方面を睨み付けている。

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(じろっ)

「部長質問~」
 2年の中井茂美(しげみ)が手を挙げた。長い髪の娘で“赤毛のアン”よろしく、頬のそばかすを気にしている。
「なんでございましょう」
「東京行きは1番線なのになぜ4番線へ来たのでしょう」
「それはこっちに行くからです」
 理絵子は東京と逆方向を指差した。
「え?こっち走ってるの?ここ終点じゃないの?」
「オレンジのヤツはここが終点。で、こっちは“海もないのにカイの国”、の方向」
「へぇ~。こっちにも電車走ってるんだ」
 中井は感心したように言った。背後の1番線に、そのオレンジ色の東京発が到着する。通勤型の10両編成。朝ラッシュにはこれが身動き取れないほど人で一杯になる。土曜日であり、逆方向なので、さすがに一杯ではないが、客自体は多い様子。
 ドアが開き、ざわめきが吐き出される。見るからに山岳ハイクの旅客が多い。彼らは更に山奥へ向かうため、こちらへ乗り換えてくるのだ。
 程なく4番線は登山靴やステッキ、リュックといった装備の熟年層で一杯になった。
「なるほど混んできた」
 放送が入る。4番線に電車が来る。
 視界左方、留置線から電車が動き出す。東京行きとは色も形も異なる。編成も“6両しか”つないでいない。正面にドアが付いた武骨なデザインであり、ドア上の幕にはただ“普通”。
 ゆっくりと目の前にやってくる。それは氷菓子の“アイスキャンデーソーダ味”を彷彿させるツートンカラーであり、ボディ側面は歪んでベコベコ。おまけに床下では何やらファンの類であろうか、“ぐわーん”とばかりに機器が轟音を上げており、熱風が、車体とホームの隙間から、モワッと吹き上がってくる。
「ぼろくさー」
「うるさー」

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(ぐわーん。なに?形式が違う?こまけえこと気にするな)


 女の子達から忌避の声。ただ、理絵子の知る限り、オレンジの方だって自分たちが生まれる前から走っており、発車時やブレーキ時には、“ぶ~”という耳障りな音が床下から聞こえる。
 ドアが開いた。

(つづく)

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