【理絵子の夜話】圏外 -18-
理絵子の超絶の感覚が、敵意と拒否の心理を背後に捉える。理絵子は女将さんと共に、しかし女将さんより一瞬早く、その方向を振り向いた。
「また覗きに来おったか!」
“老婆一喝”とでも書こうか、しわがれ、ささくれだった老いた女声が、彼女たちのポップで華やかな雰囲気を一変させた。
少女達がびくりと身体を動かし、声の主を見る。
その白装束は理絵子の語彙では“浴衣”と変換された。和装の白い寝間着に身を包んだ老女。
乱れた白髪に目は血走り、形相は般若を思わせる。その姿は失礼ながら“鬼女”と表現したくなる。
「おばあちゃん……」
「何が“肝試し”だ。何も知らないよそ者が汚し(けがし)に来おって……」
困惑する女将さんの声を遮り、老女が罵る。
「罰当たりめ。お前ら……」
「きゅうきゅうにょりつりょう」
理絵子が呟いたフレーズが、老女から流れ出る罵倒の語をせき止めた。
陰陽師扱う真言(呪文)である。
理絵子はこの辺りの知識を有する。彼女が幼い頃の話になる。“見えないものが見える”彼女の能力の正体を見抜いたのは、小学校の遠足で訪れた東京郊外、高尾山(たかおさん)に集う修験者(しゅげんじゃ)であった。修験者は彼女にその能力の何たるかを説き、“力持ちたる者の心構え”を教えた。そして、“力持つがゆえに狙われる”として、身を守る術をも伝えたのである。
要するに理絵子は真言密教のレクチャーを一通り受けている。関連で密教由来の多い陰陽道の呪文も把握した。これは扱うもの(超自然のエネルギー)が同一であること。及び、日本国内に併存し、相互に影響し合っていることから、持っていて損はないと判断したためだ。
果たして理絵子を見る老女の目が一変した。髪の毛逆立たんばかりの勢いは失せ、毒気を抜かれた表情で理絵子を見る。理絵子の一言は、“素人の遊び半分ではない”というサインになったのである。
「この辺りに悲しい言い伝えがあるらしいことは、ここに来る道すがら聞きました。私たちの目的はそれではありません。でも、滞在中の私たちが、禁忌に触れる行動を取ったり、行ってはいけない場所に間違って行ってしまわないとも限りません。よろしかったら、何があったのか、そして何をしてはいけないのか、教えて頂けますか?」
理絵子は言った。女将さんが驚きの目で自分を見ていることが判る。今この時、自分の言動以上に的確な応対は無かったと知る。
そしてやはり、タブーが存在したことも。
「いいだろう」
老女は、言った。
「じゃぁおばあちゃんここへ…」
女将さんが立ち上がり、席を譲ろうとする。
「いいよ。それほど長くない」
老女は言い、立ったまま、話し始めた。
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