【理絵子の夜話】圏外 -19-
しかし、実際には、老女の話は、冷えた麦茶がすっかりぬるくなるほどの、時間を要した。
それは運転手の言っていた、金鉱山に関係があった。戦国時代、この地で金が見つかり、現代風に表現するなら“従業員住宅街”が形成された。
増加する富と男手は、やがて遊郭をこの地に欲した。遊女は全国各地の貧農から供出された女の子でまかなった。要するに人身売買市場から少女を買い集めたのである。
だが、金鉱山という富の源の存在は、当然ながら他国の攻撃目標となりうる。
“彼の国で金が出ているらしい”…そういう噂が周囲に広まっていると知った時の大名は、金山の閉鎖を命じた。この際、遊女達の“処置”が問題となった。
自由の身とすれば、彼女たちは故郷へ戻るであろう。しかしそれは、全国各地に向かって“ここに金があります”と宣伝しているようなものだ。
「まさか……」
先が見えたか、窪川が乾いた声を出した。
「その通りさ。鉱夫たちは、この上の“三つ叉沢(みつまたざわ)”に縄で吊った舞台を用意し、最後の酒宴と偽って遊女を全員集め、舞いを踊らせた。そして、縄を切って舞台ごと沢に落とした。娘達の歳は14か15か、そんなもんだろう」
少女達は息を呑んだ。
自分たちと同じ年頃の少女達が、欲望のために金で買われ、欲望のために殺された。
「だからこの土地は弔いの地だ。三つ叉沢に行ってはならぬ、奥底を見てはならぬ。塚より奥に行ってはならぬ。塚の石をいらってはならぬ」
老女はそれだけ言うと、後ろを向き、去った。“いらう”とは弄ぶの意味だ。
「……ありがとうございました」
理絵子は言った。
入ってはいけない領域がある……それは、“彼女達”がまだこの地にいるという意味だ。
御札の意味がよく判った。そして同時に、今、こうして老女に話を聞いたことが、何かの転機になるという気もした。
少女達を包む空気は一気に重苦しいものになった。
「ごめんねぇ。せっかく来てくれたのに…」
女将さんは困ったように言いながら、麦茶を新しいものに淹れなおしてくれた。
「ちょっと、ショック」
窪川が言った。同じ年代の女の子達が口封じのために殺される。それが一体どんな気持ちであったか、容易に想像が付くのだろう。
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