【理絵子の夜話】圏外 -29-
流しそうめんを食べ終わった後、理絵子を除く少女達は川へ降りていった。
夫婦がその、陰陽師向坂を迎えるための準備を始める。鯛の尾頭、酒を用意し、玄関を清掃して塩を盛る。
それは、儀式の後に、陰陽師某が“飲んで食う”のが定番になっていることを意味する。
俗っぽいことこの上なし。
午後1時33分。
クルマが宿前の砂利道に入ってくる。ゴムが砂利を弾く音から、そのクルマは重いと判る。
クルマの左側から下車する。桜井優子宅所有と同じドイツ製の高級車であろう。
理絵子は断じた。こいつは決してまっとうな陰陽師ではない。
夫婦が迎えに出る。
「こちらです」
「お待ちしておりました」
ドアが閉まり、某が歩いてくる気配。理絵子は玄関脇に正座し、頭を垂れ、一言も発しない。見もしない。
“汚れて”いるから。
「お前か」
映画の安倍晴明の真似か、とでも言いたくなる、甲高い声が上から降ってきた。
理絵子は頷くのみ。漆塗りの木靴だけ見える。平安装束に身を包んでいるようだ。衣冠束帯(いかんそくたい)というヤツである。ちなみに安倍晴明(あべのせいめい)は、平安期に活躍した著名な陰陽師だ。
「他の者は」
「それが……午前より外へ出ていまして。この娘さんだけ残ってらしたので、部の代表ということで。なにぶん、携帯が通じませんので、どこにいるやら」
女将さんはこわごわ、という感じで言った。全員呼び戻せ言われるのではないか、というわけだ。
でも理絵子には判っている。それはあり得ない。
なぜって時間が掛かるから。その点で携帯不通は説得力有り。女将さんグッジョブ(good job)。
「……よかろう」
案の定。1人でも8人でも、お金がもらえて飲み食い出来ることに変わりはない。しかも短時間で済めば“時給”も高い。
では早速、となり、2階に上がって、神棚の前で夫婦と正座。
儀式が始まる。
理絵子は、気づいた。
某が意識をこっちに向けている。それは経験のある方もいるであろう、“コイツ背中でモノ聞いてるな”という印象そのもの。超自然的な感知能力……テレパシーで探りを入れに来ているのである。
その時もし、霊的なパワーの状態を磁力線のように表すことが出来れば、陰陽師某から理絵子へ向かう磁力線が、理絵子を避けるように迂回し、後ろへ流れる。そんな様子が見えたであろう。
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