【理絵子の夜話】圏外 -33-
呼応してか、消滅している感覚がある。宿を決めたと聞いた時点より存在した嫌な感じであり、警告だ。田島の顔に缶コーヒーがかかった不思議な現象、それにまとわりついていた違和感も消えた。
その代わり、たった今感じているのは願い。あるいは思い。
希求。
風はそう、結界が存在するがゆえに、思いを風に託した結果。さっきも、そして今も。
「りえぼ?」
一言も発しない理絵子に田島が首をかしげる。不安と不思議が田島の中に芽生え、場所が場所ゆえ、まさかの思いが頭をもたげる。
「なんてね」
理絵子は笑って振り向いた。“取り憑かれたのではないか”そんな思いが田島に生じたのだ。
風の思いに応じてあげたいが、仲間の不安を煽るわけにも行かぬ。
「びっくりした……」
田島は言うと、帽子を取ってうちわのようにパタパタ扇いだ。
「あら綾ちゃん。帽子取っちゃだめじゃん」
理絵子は自分の麦わら帽子を田島にかぶせる。
沢水に濡れた麦わら帽子を。
「……!」
悲鳴が田島の口をついて出、理絵子は逃げ出す。
「待てっ!りえぼー。人が真剣に……」
あとでね、と思いながら、理絵子は走り出す。そう、ここには再度来なくてはならぬ。
いや、来ることになる。I'll be back.
お三時の時刻。
水遊びから帰った少女達を待っていたのは、両腕で抱きしめたくなるような、巨大なプリンであった。
「すっご~」
「バケツプリン。名古屋の方で作ってる店があるらしいって聞いて取り寄せてみたの」
女将さんがニコニコ言う。とっておきの正体はこれか。
「ば、バケツですか」
「そうあれ。感心したよ。できるもんだねぇって」
流しの角に小型のバケツ。小さい子が水遊びに使うサイズ。
「……ところでさっき、出来の悪い雑巾が破れるような悲鳴が聞こえたけど?」
「絹を裂くような声ならわたくしが出しましたが」
田島、姫君の如く気取って言う。
「絹を裂くような声など聞こえていませんが」
「ゴリラが吠えてたなぁ」
「北京原人の生き残りという話も」
「北京原人に失礼だ」
主人氏が笑った。
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