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2020年8月

【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -02-

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 湯気立つケーキをリビングのテーブルに置くと、程なく父親がカップにコーヒーを入れて持ってきてくれた。父親の入れたコーヒーはやや濃いので、ザラメ砂糖をスプーン一杯加えるのが、理絵子のパターン。
「あ、おいし」
「理絵子」
 父親が改まったように言い、コーヒーカップをテーブルに置いた。
「ん?」
「お前、オレが白昼幽霊を見たと言ったら、信じるか?」
 その時点で、理絵子は今夜のこの時間が、父親からの折り入っての相談、と理解した。
「ウソ言うためにわざわざ難波まで出る父さんだとは思ってないけど?どんな幽霊?」
「女の子、だ」
 おんなのこ、という語感から幼いのかと思ったらそうではなかった。父親の言うには、気配がして振り向く、呼ばれた気がして振り向く、等すると、ミニスカートにブレザーという、学校の制服とおぼしき姿の髪の長い少女が見え
「……たかと思った瞬間、見えなくなるんだ」
「時間は?ひとりでいる時か、逢魔が時とか」
「時間はまちまち。夜勤の時もあれば朝。昼飯時にもあった。ひとりでいる時だけだな。トイレで手を洗って鏡を見た瞬間、残像だけある、みたいな」
「なるほどね」
「悪いな。試験時の忙しい時に。もちろん、最近寝不足気味だから、何か記憶が引き出されているとか、そういうのはあるかも知れん。実害はないし、急がないから、結論はテストが済んでからでいいよ。考えられるお前なりの見解だけ今は教えてくれると助かる。………前しか、相談できない事象からな」
「判った」
 父親をじっと見る。“そういう系統”なら、こう話しているだけで容易に判るという自信がある。
 しかし、今の父親からはそんな感じは受けない。
“そういう系”ではない?
「疲れすぎると、単に思い浮かべたものと、現実と、ごっちゃになったりするよ。その彼女、以前捜査の関係で出会って、印象に残ってるんじゃないのかな?すっごい美人さんとか」
「急がないから」父親のその言葉もあっただろう。理絵子は特に疑いを持たず、軽い気持ちで言った。期末テストという物体が、頭に重くのしかかっていたせいもある。
「おいおいオレがまるで女に飢えてるみたいじゃないか。口から出任せは困るぞ」
「男性は疲労の度が過ぎると、生命の危機近しと本能的に思うらしく、子孫残さなくちゃと、昂進、なさるそうです」
「そういうもんかなぁ。なんか中学生の男の子みたいだぞ?」
「今すぐ私の出る幕とは感じないよ。でも冗談はともかく、父さんが凄い疲れてると感じるのは確か。私が関わるとすれば、父さんの疲労が解消されてもなお、の時。少しでもいいから身体を休めてね」
「う~ん、わかった。ありがと。はぁ、そこだけは中学生のままなのかオレは……」

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -01-

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 ドアノックの仕方から、父親であることはすぐに判じた。
「理絵子(りえこ)」
 夜半過ぎ。
 デスクスタンドを点け、学校の体操ジャージにはんてんを羽織り、ノートに文字を走らせていた彼女は振り向く。
「はい」
 振り返った彼女は初めて見れば息を呑むであろう。やや長めの黒い髪。真っ直ぐな瞳は黒曜石を思わせる輝きを蔵す。ふんわりとまるみを帯びた横顔は、中学生でも身を装飾してナンボの昨今では、古風というか、少し懐かしい感じと書けるか。幼子の面影と、シンプルさも手伝い、無傷の天然水晶のような透明感を漂わす。悪者には正視できない巫女のようだと評す男子生徒もある。
「コーヒー、飲むか?」
 ドアを開け、長い背丈を折りたたむようにして、浅黒い肌の父親が言った。
「うん、母さんは?」
「静かに降りてこい」
 つまり、就寝済み。
「判った。解いたら行く」
 書きかけの方程式xにどうにか答えとなる数字を与え、彼女はスタンドの明かりを消して席を立つ。
 父親が帰宅してかれこれ15~6分というところであろうか。警察官であり、ドラマでおなじみの捜査一課でこそないが、事件を担当する分には変わりなく、勤務状態は不規則だ。午前1時であるが、この時間に家にいる方がむしろ珍しいほど。
 階下に降り、リビングのドアを開けると、コーヒーメーカーがゴボゴボと最後のラッシュ。
「期末試験か」
 父親は食器棚からカップを出しながら、言った。
「うん」
「どんなあんばいだ?」
「ダメだろうと思っていれば、思ったより良かったという結果になるかと」
「はっはっは。まぁ、無理することはない。だが、手は抜くな。ベストを尽くしての結果であれば、オレは何も言わん。いい点に越したことはないけどな」
「判ってるよ。あ、これいい?」
「おう、切ってくれ」
 理絵子は父親の土産であろうか、大阪難波、“りくろーおじさんのチーズケーキ”のパッケージを開いた。中には冷えて水分が抜け、しわしわになったチーズケーキ1ホール。

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「あっためる?そのまま?」
「あっためようか」
 切り分けて電子レンジ。これで、出来たてふわふわチーズケーキの状態に戻る。

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(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】デジタル -02-

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 積極的に目撃・感知の情報を聞きに行くことにします。
 小川沿いに下って行きましょう。マスが数匹泳いでいます。
 彼らの答えは「感じたことはない」。
 すれ違ったトンボ。この近所が縄張り「知らない」。
 ビワの木陰で実を拾うリスたち。
〈あれかな?見られてる気がするのに誰もいない〉
「それはいつのこと?」
〈ここの実が落ちるようになってから。でも、オオカミたちかなと思ったけど〉
 ここのオオカミは動物を捕食しません。どころか、常に神々の守護として控えているので、野に降りる必要は無いのです。
「詳しく教えて、場所はここ?」
〈そうです〉
「他には?」
 栗の木。100メートルほど向こう。リスたちにとっては遠い遠い場所です。
「ありがとう」
 地図にプロットして飛びます。そこは小川から少し離れ、大きな栗の木が一本と、クヌギやコナラなど、どんぐり属が集まって雑木林。
 樹液に集まる昆虫たちがたくさん。
 の、はずですが。
 樹液は出ているのに誰もいません。昼間だから?昼間活動する虫たちもいるはずですが。
 “意識”を探します。テレパシーで〈誰かいませんか〉
 すると。
〈エウリディケさん。お話しをしたいなあ、と、思っていたところです〉
 ゆっくりした、ご高齢の男性、という感じの語り口。
 栗の木の精。木霊(こだま)さんです。動物担当である私たちニンフ属に頼みごととはよほどのこと。
「おそばに参りました。どうなされました」
 私は大きな栗の木の根元に立ち、見上げました。枝葉が風にそよぎ、サラサラと音を立て、木漏れ日がキラキラ光ります。
〈ここは危険です。虫と動物は私が精気を出して払っているところです〉
 すなわち、故意に追い払っている。
「と、おっしゃいますと?」
〈雷の時、何かがここへ来るのです。何かを欲しそうにしている様子。だが、姿が見えないのです。何が欲しいのか判らない。気がつくと、もういない〉
 それは、みんなの証言と同じです。
“存在感”だけ。
「雷と連動している、ということですか?」
〈恐らくは。ただ、気がつくと感じないので、雷が合図なのか、それとも目的なのか、判然としないのですよ〉

(つづく)

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土曜枠について

最近「理絵子の夜話」で固定されてますが。

引き続き「午前二時の訪問者」を流します。8/22スタート。毎週土曜更新。

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【理絵子の夜話】知ってしまった(かも知れない)-08・終-

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「どうもありがとう。さぁ、みんな行くよ」
 王子様が立ち上がる。と、王子様のネコ“ますむらくん”が、中井の腕から飛び降り、彼の肩の上に。
 次いで、集まっていた老いたネコたちが、王子様の周りに集合。まるで団体旅行の集合時刻。
 それこそマンガばりの異様な光景。少女達は目が円くなり、声も出ない。
 一陣の風。
 王子様のマフラーが吹かれて飛んだ。
「あっ!」
「ほーら部長風吹かすから」
 すっかり暮れた空に舞い上がったマフラーを彼女たちは追った。
 少し離れた場所に落ちる。
 拾おうとして、中井が気付いた。
「へ……」
 それはマフラー、ではない。
 鳥の羽根、否、羽根ペンがふわっと人数分ひと盛り。
 ペンの山から紙が一枚。メッセージ有り。

“差し上げます。ありがとう、優しい彼女たち”

 振り返ると、王子様も、ネコの姿もない。
 無人の公園に自分たちだけ。
「な、何この状況は」
「まぁ、そのままお話に出来る、んだろうね」
「文芸部きっての超リアルショートミステリーってか?」
「どうよ部長」
「死期を悟った野良猫は、人前から姿を消すという。さ、ラーメン屋は空いたかな?」
 理絵子は、それだけ言うと、ぺろっと舌を出して歩き出した。
「なにそれ!」
「腹立つ。自分だけ知った風に」
「こら待て!いっつも自分だけおいしいとこばっかり!」
 なんと言われてましてもお話しすることは出来ない“約束”ですので。

知ってしまった(かも知れない)/終

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【妖精エウリーの小さなお話】デジタル -01-

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 妖精族は私たちニンフのように人間界で活動する者も、そうでないものも、基本的な住居自体は“フェアリーランド”にあります。天国の一角で大地の女神であるガイア様をいただき、森と水と草原の中、虫や動物、そして私たちで暮らしています。
“それ以外の知的生命”は、まれに人間さん、とりわけお子様が迷い込むことがある程度。不思議な夢を見た、という子供さんがたまにいると思いますが、多くの場合ここへ来ています。
 なのですが。
〈「いる」んですが「見えない」んですよ〉
 取れたての蜜を指先に分けてくれながら、ミツバチが教えてくれました。勿論彼女らは人語を喋りません。意思だけの疎通……テレパシーです。
「存在は感じるわけね」
〈困ってる風なので助けてあげたいんですが、姿がないのでなんとも〉
「どこで見かけたの?じゃない、感じたの?決まった場所?」
 私の質問には理由があります。似たような相談はミツバチだけではないのです。トンビや他の昆虫たちからも。何かいる気配はするけれども、見えないし、聞こえないし、意思の疎通も出来ない。
 ただ、みんなの言うことに共通点があれば、ヒントになるはず。
〈川向こうのレンゲの咲いてるところです〉
「いつも蜜集めしてるところだね」
 私は白い一枚布を巻きつけた着衣、トガの袖からタブレット端末を取り出すと、地図を表示させました。東から森があって、抜けると一面の草原、小川が横切って更に草原、もう少し西へ行くと大きなクスノキが一本生えていて、そこから丘が始まります。
 小川向こうの草原に赤い丸印を指で描いてマークします。同じマークは森の中、森と草原の境目、小川の近くにも。
 境目に集中、と言えるかも知れませんが、バラバラで特徴がないよと言われるとそのようにも見えます。
「他に同じことを感じた子はいる?」
〈いるかも知れません。巣の中で展開して報告しに来させます〉
「ありがとう」
〈いいえ〉
 ミツバチは飛び去りました。
 この空間に住む生き物達に、姿無き存在への不安が広がりつつあると感じます。早いところエンカウントして敵味方ハッキリさせる必要がありそうです。天国の一部と申しました。応じて“魔”があって、常にここを狙っています。

(つづく)

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【理絵子の夜話】知ってしまった(かも知れない)-07-

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 以下分業。笛に続いて理絵子が手を洗い、田島がアルコールで笛を消毒。大倉の持っていた刺繍糸を中井が三つ編みにし、笛の紐を新調。
「あの、みなさん、すいません」
 王子様が少女達の作業を見ながら言った。服とマフラーの修繕は程なく終わりそうだ。
「いいええこのくらい全然」
「はい笛いいよ」
 田島はアルコールでピカピカにした笛を王子様に渡した。相手がヘドロで、口に含むものだけに、何度アルコールを通したところで不安感は拭えないが、クリスタルというのが幸いしてか、見た限り汚れは残ってないようだ。
「どうもありがとう」
 王子様は早速、笛に紐を通し、口にした。
 息を吹き込む。が、音は聞こえない。
「鳴らない?壊れた?」
 うろたえる田島。
「違う。犬笛の類かと」
 理絵子は言った。犬笛は一般に、人間には聞こえない、超音波域の音を出す。但し、この笛はメロディを奏でるようだ。理絵子にも音としては認識出来ないが、超感覚のなせる業か、雰囲気の変化として感じ取れる。“音を色のイメージとして同時に感じる”という“共感覚”の人の気持ちが判る気がする。
 更に。理絵子は気付いた。
「ネコ」
「え?うわいつの間に?」
 見れば周囲に光る目がいくつも。
「ここネコ集会場?」
 違う、呼んだのだ、という言葉を理絵子は飲み込んだ。
 王子様が自分を見てウィンク。
「な、何今の」
「りえぼーばっかり!」
「ちょっと待って、お前確かおでん屋のギャーじゃ……」
「これ南口のコンビニによくいる奴だよねぇ」
「年寄りネコばっかくない?」
 服とマフラーの修繕が終わった。

(次回・最終回)

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理絵子の夜話シリーズ【作品リスト】

超感覚学級委員理絵子の夜話

「城下」(12/09・隔週土曜更新)

-01-05-
-06- -07- -08- -09- -10-

「禁足の地」(全11回)

-01-05- -06-11・終-

「サイキックアクション」(全19回)

-01-05- -06-10- -11-15- -16-19-

「聞こえること見えること」(全4回)

-01- -02- -03- -04・終-

「午前二時の訪問者」(全20回)

-01-05- -05-10- -11-15- -16-20・終-

「知ってしまった(かも知れない)」(全8回)

-01- -02- -03- -04- -05- -06- -07- -08・終-

「圏外」(全56回)

・あらすじ
文芸部の夏合宿は部員の親戚が経営する民宿へ。携帯の電波届かぬその土地には、「肝試し」に使われる悲劇の場所があった。

-01-05- -06-10- -11-15- -16-20- 
-21-25- -26-30- -31-35- -36-40-
-41-45- -46-50- -51-56- 

「見つからないまま」(全42回)

-01-05- -06-10- -11-15- -16-20-
-21-25- -26-30- -31-35- -36-40-
-41- -42-

「差出人不明」(全15回)

01-05 06-10 11-15

「新たな自分を見つける会」(全25回)
01-05 06-10 11-15
16-20 21-25

「犬神の郷」(いぬがみのさと)
.
・あらすじ
本橋美砂の住み込みバイト先の民宿に正装の紳士達が訪ねてくる。以前この民宿で巫女として儀式を行った娘に用があるというのだ。理絵子のことだと知った美砂は彼女を呼び寄せる。理絵子は行動を共にしていた高千穂登与と共に紳士達から話を聞いた。古い伝承に従い人身御供が必要なのだという。超能力娘が3人揃って持ち込まれた話。自分たちの使命であろう。3人は紳士達の集落へ向かう。
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【第1話】へ
(全52回)
.
21世紀になってまさか。あなたは今どこにいるの?超感覚学級委員理絵子の夜話2009
「桜井優子失踪事件」
. 
・あらすじ
理絵子にとって夢とは、超常感覚の発動による何らかの示唆。
年明け新学2期、寝汗にまみれて残った感触は「ごそっと抜け落ちた」。
しかし正体に対する示唆がない。腑に落ちぬまま学校へ行き、最大の友人が消息不明になったことを知る。
理絵子の知る限り、彼女は、伝承の足跡を求めて千葉へ向かったはずだが。
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【第1話】へ
(全78回)
. 
携帯電話禁止論議に参戦。超感覚学級委員理絵子の夜話2008
「彼女は彼女を天使と呼んだ」
.
・あらすじ
黒野理絵子は中学2年生。教員が逮捕される猟奇的事件が発生、伴って彼女が霊能者であるという噂が立った。事件の背景にいわゆる〝学校の怪談〟があり、解決に理絵子が一枚噛んだからだ。
クラスの娘がこれを聞いて恋の協力を依頼してくる。やんわり断ると、彼女は〝天使〟と称される他のクラスの霊能娘の元へ向かった。
そんな折り、市内の生徒を集めてネットいじめの討論会なるイベントが持ち上がり、理絵子の相方として男の子が立候補。そのクラスメートの王子様なのだが、彼は他ならぬ理絵子に気があった。
そしてイベントの打ち合わせをした帰り道、彼は強引に理絵子の手を取り。
その状況を、彼女が見ていた。
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【第1話】へ
(全110回:このサイトとしての係る問題への意思表明はこちら
.
番外編・戦争と平和…宿題として勉強するもの?8月15日に寄せた読み切り短編
「武蔵野にて」
. 
こうして二人は知り合った。新学年についての彼女の考え。
「出会った頃の話」(全20回)
このお話の目次のページへ
第1話へ
.
■全作品リスト(目次のページ)へ

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