【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -01-
ドアノックの仕方から、父親であることはすぐに判じた。
「理絵子(りえこ)」
夜半過ぎ。
デスクスタンドを点け、学校の体操ジャージにはんてんを羽織り、ノートに文字を走らせていた彼女は振り向く。
「はい」
振り返った彼女は初めて見れば息を呑むであろう。やや長めの黒い髪。真っ直ぐな瞳は黒曜石を思わせる輝きを蔵す。ふんわりとまるみを帯びた横顔は、中学生でも身を装飾してナンボの昨今では、古風というか、少し懐かしい感じと書けるか。幼子の面影と、シンプルさも手伝い、無傷の天然水晶のような透明感を漂わす。悪者には正視できない巫女のようだと評す男子生徒もある。
「コーヒー、飲むか?」
ドアを開け、長い背丈を折りたたむようにして、浅黒い肌の父親が言った。
「うん、母さんは?」
「静かに降りてこい」
つまり、就寝済み。
「判った。解いたら行く」
書きかけの方程式xにどうにか答えとなる数字を与え、彼女はスタンドの明かりを消して席を立つ。
父親が帰宅してかれこれ15~6分というところであろうか。警察官であり、ドラマでおなじみの捜査一課でこそないが、事件を担当する分には変わりなく、勤務状態は不規則だ。午前1時であるが、この時間に家にいる方がむしろ珍しいほど。
階下に降り、リビングのドアを開けると、コーヒーメーカーがゴボゴボと最後のラッシュ。
「期末試験か」
父親は食器棚からカップを出しながら、言った。
「うん」
「どんなあんばいだ?」
「ダメだろうと思っていれば、思ったより良かったという結果になるかと」
「はっはっは。まぁ、無理することはない。だが、手は抜くな。ベストを尽くしての結果であれば、オレは何も言わん。いい点に越したことはないけどな」
「判ってるよ。あ、これいい?」
「おう、切ってくれ」
理絵子は父親の土産であろうか、大阪難波、“りくろーおじさんのチーズケーキ”のパッケージを開いた。中には冷えて水分が抜け、しわしわになったチーズケーキ1ホール。
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