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2020年9月

【妖精エウリーの小さなお話】デジタル -05-

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 手のひらのコンピュータは何も言いません。そりゃそうでしょう。内蔵の計測装置に掛かるほど急激な電圧や波動は出てこない。
 すると。
〈おいディケどうした。何勝手にパニクってる〉
 意識飛ばしてくれたのは友であるミレイ。よく一緒に楽器を弾く間柄。
〈宇宙より大きな生物に食べられようとしているかも知れない〉
〈言ってる意味が判らん〉
 とはいえ、ギリシャ神話には巨大な神々“ティタン”族が存在します。その母神こそは、このフェアリーランドを統括されるガイア様だったりしますが、そのような“極めて大きな存在”自体は誰も否定しません。
〈マジか。侵略者なのか?〉
〈判らない。ただ、明確に存在が見えたわけじゃない。ガイア様なら何かお感じになってることがあるかも〉
 そうだよ。私は言いながら思いました。ガイア様はこの地の精霊でもあらせられる。
 その存在を含めて“食う”?
「ご長老。星々と話がしたいのですが……」
〈星々は何も知らぬと申しておられます〉
「いいえ、数多星々の感じていることを集めたいのです。遠く離れた少しずつの違いも集めて縮めれば形を成すのではないかと」
〈なるほど〉
 私たちは普段、地球の丸さを感じることは出来ません。でも例えばある瞬間における、“月の見える方向と高さ”を世界中から集めれば、それは地球の丸さを反映した結果になります。同じことです。それを数多星々に尋ね、集めれば何か判るのではないか。
〈協力するぜ。みんなにも声を掛けるわ〉
 これはミレイさん。
「ありがとう」
 すると。
〈星々が答えて下さいます。あなた方に集めればよろしいですか?〉
「ええ、はい」
 私は答え、フェアリーランド全体へ向けて“願い”を飛ばします。星々の言葉を受け止めて、感じた言葉を私に教えて……。
 その意図。“受信”側も数を増やして感度を上げたい。
 仲間達の声が返ってきます。
〈これは星々の声だったのか?〉
〈やはり意思が存在したのか〉
〈魔の種族ではないのか?〉
 淡く大きな泡のような物が、形として集約する。
 数多重なった“わずかな違い”の集合体は私の身体を熱くしました。
〈エウリディケ様、お身体が光っておられます……〉
 オーラライトのこと。

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -06-

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 受話器を戻し、階下寝室へ。
 ドアを開くと、フットライトのわずかな明かり。
 そしてダブルベッドの真ん中で母親は大いびき。自分の高校進学の学費を今から、とかで、内職でwebサイトのデザインをやっている。……と、書けば今風でオシャレだが、実のところ結構しんどいようだ。見るからに起こすのは申し訳なさそうな寝入りっぷりであり、実際、ベッドサイドテーブルの電話子機は電池が抜かれている。要するに何があっても起きたくない、ということだろう。
 でも父親の一大事。
「お母さん」
 無反応。
 揺すりながら再度呼ぶ。
 変わらない。
 仕方ない。
 理絵子は母の額に手のひらを載せる。
 いびきが止まる。理絵子は手を離す。
「お母さん」
 母親は天井を向いたまま、静かに目を開いた。
 首を傾けて理絵子を見る。こういう目覚め方は理絵子の仕業と判っているのだ。
「理絵子……何かあった?」
 母親は問うた。それは子を守る母の顔。
「父さんが病院に運ばれたって。悪夢でうなされて、暴れて、骨折したとか」
 しかし母親は特段慌てず。
「……判った。着替えなさい。行きましょう。保険証出して。あと、入院するかもだから父さんの下着とパジャマを」
「うん」
 父の衣類は出張対応で常にバッグに用意してあるのでそれ。自分の服装は選んでいると時間が掛かりそうなのでジャージにはんてん。
 母親の小型車で出る。寝静まった住宅街の坂道を下り、アスファルトでなくコンクリート舗装の甲州街道を西方へ。街灯と、道路と、わずかな路上駐車。
 両脇の家々には人々が住まい、眠っているはずである。しかし今この時間、この場所で動いているのは、自分たち母子だけ。タイヤがコンクリートの継ぎ目を叩く、リズミカルな音が、唯一の鼓動のようにも思える。ちなみにコンクリートで舗装されているのは、旧日本軍が零戦の滑走路としても使えるように作った名残とか。
“鼓動”のリズムが落ち、信号待ち。
「何か感じる?」
 じっと前を見ている理絵子に母親が問うた。理絵子の両親は、娘の能力のなんたるかを把握している。そして、その能力の持ち主としての心構えを学ばせるため、修験道の場でもある東京・高尾山(たかおさん)で密教の門を叩いた。従い、彼女はその流儀で能力をコントロールできる。

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -05-

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-そうだな。
 苦笑と諦念が理絵子に届いた。
-オレはオレでしかない。オレなりのやり方を見付ける方がいいな。
 ふっきれた、という状態。
〈その方がいいよ。道は一つじゃない〉
 白い玉を手に持つ。
-ありがとう。君は……。
〈それは秘密〉
 超感覚を切ってしまう。これでこの男性からは何も見えなくなる。
 次いで男性の“存在感”が部屋から消える。
 ひとり、“送り出す”。理絵子はホッとした。

 数日経過した。
 期末試験はそれなりの結果であった。
 学級委員だから学業もさぞや、と思われている節があるのは承知しているが、語学文系はさておき、理数はからっきしだ。「結構理屈っぽい」と言われるのだが、直感を裏付ける根拠を探し、口にしているに過ぎない。与えられた情報から論理立てて説明し、組み立てて行くという作業は実は好きではない。ただ、それでも、うらやましがられる点数ではあるらしい。従って、通知表にもそれなりの結果が反映される。
 終業式の日。クリスマスイブ。天文学的に正確な日付では既に25日。
 午前2時。
 父親は署に泊まり。仮眠して事件発生に備える。そんな案配。帰宅は朝の7時だかになるので、通知表をダイニングに置いて眠りにつこうか、としていたところ。
 直感の閃きにFAX一体電話の受話器に手を伸ばす。消灯していた液晶ディスプレイに明かりが入り、“着信”の文字が出てところで受話器を取る。
「はい」
『え?あれ?』
 うろたえる若い男の声。あまりにも受話器を取るのが早すぎたか。
「どちら様ですか?」
 相手は警察署の人間だと名乗り、
『夜分に恐れ入ります。黒野(くろの)警部の……』
「そうですが」
 父親が搬送されたという。仮眠室でうなされ、暴れ、起こそうにも近寄れないので救急車を呼んだという。
 大学付属の医療センターに搬送。足を骨折した由。
 理絵子はこの時点でピンと来ている。父親の見た“幽霊”と接点がある。
 ただ、うろたえる必要は感じない。父は今、恐らくクスリで眠っている。
「判りました。母に伝えて病院へ伺います。わざわざすいませんでした」

(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】デジタル -04-

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 大いなる黄泉の星はブラックホールのことでしょう。大質量の星は自らの重力に耐えきれず超新星爆発を起こしてその生涯を終え、永遠に縮んで行きます。これがブラックホールです。その強大な重力の影響で、ブラックホールの周りの時間は外から見ると遅れて見えます。“止まった時を身にまとって”いるのです。なので、永遠に近い時が過ぎてもそこでは始まりの時のまま。
 その「差」が、何かを起こした?
〈時を経て生まれたとするならば、永遠の未来にのみ生きる物があるのでしょうか〉
 木霊さんが言いました。私にお尋ね?
 ただ、話の流れからして、永遠の未来は宇宙論スケールの遙かなる未来でしょう。王宮図書館でめくった分厚い本に書いてあったのは。
「形ある森羅万象は陽子と電子と中性子、の集合体です」
〈そのようですな〉
「ただ、永劫に近い時の果てには、その陽子も壊れるとされます。残るのは電子と、その反物質」
〈反物質の生命ですか……〉
「いえ、それすらも存在出来ない未来です。電子と、その反物質である陽電子の対とで形成される“ポジトロニウム”のみが存在できる、極寒で密度の少ない宇宙です。そのポジトロニウムのみで出来た生命」
 それは膨張宇宙論の果てに出て来た概念です。21世紀初頭のSFネタにされました。実験室で出来るポジトロニウムはプラスとマイナスの電気ですから、出来たそばから相互に引き合い、“対消滅”して光に化けてしまいます。比して簡単にくっつけないほど離れていれば、“ポジトロニウム原子”として安定して存在出来る。
 但し原子1個のサイズは数十億光年。
〈それでは、その生物は宇宙より大きくなってしまいますね……いや、もしかするとこの宇宙、既に虜であるのかも〉
 宇宙より大きな生命があって、宇宙そのものを食ってしまう。
 それはさながら、クラインの壺の姿。
 え?
「まさか!」
 私は目を閉じます。感じようとします。それは超常感覚的知覚の起動です。それでしか感じ取れない何かがあれば、“無”の中に“乱れ”として検出されます。“判ってしまう”などと言います。
 但し、純粋に電気的な乱れが検出出来るかどうか。
 仮に生命だとして、電気だけで出来た生命が検出出来るかどうか。
 電気だけで出来た生命があるとしたら、それは、コンピュータのソフトウェアと同じではないのか。電波を感じようとするのと何が違うのか。
 私たちは超能力ですら判らない大いなるピンチの中に居るのではないか。

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -04-

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〈好きという感情だけ押しつけられてもね。理解した、てのとはまた違うし、こっちは求めちゃいけないの?ってなるし〉
 固まりが小さくなり、放っていた白い光が弱くなる。
 委縮する気持ちの現れ。
〈理解してくれないならいいや。っていうなら、それまでだと思うよ。14の私ですら感じるんだから、職持って自活している年齢の女性ならなおさらじゃない?〉
 時代がかったことを言うつもりはないが、リーダーシップとか、多少強引でもいい“強権”を感じない男性ってのはやはりどうかと思う。最もこの辺は、太古率先して男性が外へ出、一族郎党を養うために食い扶持を取って(獲って)帰ってきた。それが女性にとって理想だった時代の遺伝子の記憶、とか父親が言っていた。
 父親。
 そのキーワードに、固まりが強い反応を示した。
 彼我……父と己を比較しての引け目、負けの認識。
 父親は医者であるらしい。対し自分はニート状態。
〈知り合いが友人に、友人が彼氏に、夫にそして父になる。意識的であれ、無意識であれ、女性はそこまで考えるんじゃないかな?。でも、その父ってのは誰かと比較して、ではなく、その人らしい父の姿であればよいはず。あなたの自己評価はいつも自分の父と比較して云々。あなたは決してお父様の劣化コピーじゃないと思うけど?〉
 核心を突いてやる。判っているが認識したくない己の姿。
〈離れてみたら?ひとりで生活すれば、そう毎日毎日ヤイノヤイノと言われない。自分には不向きだ断るって宣言すればいいじゃない。オレはオレなりのやり方で行くからガタガタ吐かすなって。オヤジだってそうやって今の道に入ったんだろう?って。養ってもらってあわよくば継がせてもらおうなんて虫が良すぎるよ。あなたなりの道を、歯食いしばって進む方が後々良いと思うけど〉
 逡巡。
〈すねかじりの負け犬か、男になるか。選択はあなた次第〉
 突き放すように言ってみる。慰めてあげるには、肯定すべき内容がちょっと乏しい。
〈内容の伴わない男には、どう外見取り繕っても、それ相応の相手しか見つからないよ。外車に乗って贅沢三昧でも、品性が低ければ単にケバいだけ。階段はね、上ってみないと上り方が身に付かないんだ〉
 白い固まりはラグビーボール状から小さな球形になった。なったがしかし、輝きはむしろ強まった。
 ラグビーボールはこの男性のそうした“中身はないのに、見てくれだけどうにかしよう”という“背伸び”に似た情動を象徴していたと理絵子は理解した。
 球形が苦笑する。男の子ではない。朴訥そうな黒縁メガネの男性の印象。
 本人である。心理に噛ましていた、上げ底の根無し土台を理絵子に引き抜かれ、ありのままの自分に戻ったのだ。

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -03-

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 苦笑する父親を残し、理絵子は自室に戻った。
 ドアを開け、しかし室内の明かりは点けずに机に向かう。
 イスに腰を下ろし、イスごとくるりと回転し、後ろを向く。
 普通の人間にはただの闇である。しかし、理絵子にとっては闇ではない。
 彼女にはそこだけ霧に包まれたような、ぼうっとした白い固まりが見えている。霧で作ったラグビーボール。そんな形状。
 超常感覚。父親が彼女に相談し、彼女が当然のように受け答えた理由もそれ。だから“容易に判る”のである。
「こっちいらっしゃい」
 理絵子はまるで、迷子の子でもあやすように、両の手をぼうっとしたものに向かって差し出す。この種の自分にしか見えない訪問者を、彼女は、良く現れる時刻から“午前2時の訪問者”と呼ぶ。
 今日は子ども、男の子。
 但しいわゆる“霊”ではない。誰か知らないが、男性の中にある“幼い気持ちの断片”が一人歩きし、人格に似た様相を呈しているもの。一つの感情だけの人格と表してもいいかもしれない。たいていの場合、当の本人は夢を見ており、夢の中の気持ち、夢の中の自分の年齢に応じて現れる。何か“判ってくれる”存在を探しており、夢の世界をさまよい歩いた挙げ句、自分の部屋にたどり着く。そんな案配。但し、理絵子自身は、彼らが自分を“判ってくれる存在”として見ているというより、自分になまじっかそれ系の能力があるので、それ系のアンテナに受信されやすいだけでは、と考えている。
 白い固まりのような男の子は、自分が呼ばれたと知るや、それこそ、“泣きながらしがみついてくる子ども”のような感じで、理絵子の元まですーっと動いて来た。強く感じるのは甘えの気持ち。ママに慰めてもらいたい。
……失恋ショックによる退行、理絵子は判断した。人間は人格否定系の強いショックを受けると、より幼い段階に人格が戻ることがある。それは母に抱かれていた幸せな頃に戻ろうとするからだ、と読んだことがある。ちなみに、理絵子は最近、自分の感覚が拾ってくる感情を理解するため、心理学のテキストに目を通すようになった。
「子どもっぽい」……それがこの男性を否定し、女性が去って行く際に放った言葉と、理絵子は知った。この、唐突にポンと判ってしまうのが、この手の能力の特徴。いきなり来ると面食らう事もままあるので、心理学に手を伸ばした次第。
〈でも確かに、あなたのしたことは、頼りないという印象を与える内容かな〉
 理絵子はカーペットにぺたんとしゃがんだ。両腿を揃え、膝から下を左右に広げて座る“女の子座り”という奴だ。これでぼうっとしたものと同じ目の高さになる。言い聞かせるように、ゆっくり、言葉を思い浮かべる。

(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】デジタル -03-

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「そうですか。実は他の生き物たちからも、似たような“気配は感じるが、存在が見えない”何かがいるという報告を受けています」
 私は遭遇箇所を地図にプロットします。その特徴を抽出というか、特異な内容を解析というか。マハラノビス・スコアという数値を計算させます。
 特徴キーワード“電気”。
「えっ?」
〈どうかされましたか?〉
「いえ、その、謎の存在は電気と関わりがあるようで……御長老はこれまで、電気と関わりの多い生命のようなものに御知見をお持ちでらっしゃいますか?」
 生命と電気。典型はデンキウナギの類い、および生物といえど神経信号の伝達は電気。
 ただ、生命そのものの構成体に電気が関わるというパターンは知らない。
〈夜、星々と言葉を交わしますが〉
「はい」
〈我々は大地に広げた根と、中空に広がる枝先との間に距離があります。天と地の間に大いなる電気が加わる時、それは雷がそうですが、根と葉先とで電気が異なります。それと同じことが輝く星空であっても起こることがあると聞きます〉
「それはオーロラ……」
〈ではありません。時を今に向かうに従い、多く起こるようになって来たものです。ただ、人間の言葉でなんと呼ぶのか我々には判らない。どうお伝えすれば良いか〉
 自然界以外の電気現象は、現状、人間さん起因以外にあり得ません。今に向かって増えてきた、というのも、それなら納得出来ます。
 ただ、人間の皆さんから天国が見えないことでお分かりのように、次元を隔てているので、空間に依拠する存在である電気も当然こちらには影響しない……。
 はず。
〈星々は語ってくれます。例えば、これはヒントになりましょうか『無から有が生まれた故に、全ての根源はただ一つ。なれば真の隔たりなどありはしない。時を超えるものは容易に往来する。大いなる黄泉の星はその身の回りに止まった時をまとい、彼方が永久を経ても古(いにしえ)のまま』〉
 その言葉、妖精族の私が語るに相応しいかどうか判りませんが。
 アインシュタインに端を発する宇宙論を思わせる言葉です。
 つまり、宇宙は“無”から多数生まれたとされています。“ビッグバン理論”および“インフレーション宇宙論”と呼ばれる物です。宇宙は無数あるとされ、そうした中に私たち妖精の暮らす“フェアリーランド”と人間さんの暮らすそれぞれ別の宇宙がある、なのかも知れません。その真偽はともかく、元が一つなのだから、時間を移動して始まりの頃を経由すれば行き来も出来るでしょう、というのが“容易に往来する”までの話と解釈出来ます。

(つづく)

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